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第97話 賊の知らせ

ソフィアが立ち去るのを見送ったカデリアスはユリウスに向き直った。

なぜだか敬礼する彼に眉が上がる。


「どうした?」

「いえ、お邪魔してしまい申し訳ありません。警部!」


その姿に鋭い視線を向ければ、ユリウスはこれでもかというほど、さらに背筋を伸ばす。


「えっ!だって、折角の逢瀬を邪魔するはめに…ぐえっ!」


余計なお世話と言わんばかりに部下が被るには少し大きめの帽子を思わず脱がそうとするが、ユリウスに妨害されてしまう。


「やめてください!警部!いくら、良い雰囲気の所にわって入ったとはいえ、やって良い事と悪い事があります」

「まだ、口を開くか?」


そもそも、仮にも上司に対してその態度はどうなんだ?


「いえ、やめておきます。折角、警部にも春が来たと…いえいえ、なんでもありません」

「楽しんでるだろ?」

「とんでもない!」


諦めたようにユリウスを放せば、彼は一応、体裁を整えるように肩ををすくめる。


「俺よりお前はどうなんだ?」

「僕は警察に一生を捧げる予定でありますから」


嘘つけ。


その見た目から一定数の人物から好意を持たれているのは知っている。

中には気色の悪い年長の男どもも含まれている事は知らないふりをした。


まあ、俺の部下であるうちは奴らの餌食になる事はないだろうが…。

危険はどこにでも存在している。だが、そんな事はユリウス自身が一番分かっているはずだろう。

それにしたって、なぜ警官なんかに…。

俺に言われても説得力はないだろうな。


そう思い、質問するのはやめた。

なにより、呑気そうに見えて、意外と使える奴でもある。

しかも、その実家は著名な伯爵家だ。

意外と、俺よりも出世するかもしれない。

媚びを売っておいても損はないかもな。

そんなバカな事を思いつつ、彼に向き直った。


「で、わざわざ非番の俺の所に来たのは事件があったからか?」

「はい。冒険者協会に賊が侵入したとの知らせが…」

「はあ?それなら冒険者協会内で処理すれば済む話だろう?あそこは歴戦の戦士ばかりが揃っている」

「簡単な事じゃないようですよ。なにせ盗まれたのは話題になっている首輪ですから」

「それなら余計に内々に処理したいはずだろう」


そこまで言って、カデリアスは押し黙った。

どうせ、呼びつけたのはジュリスだ。そうに決まっている。

アイツ、俺を使いっ走りか何かだと思ってるんじゃなかろうな。


そうイライラしながら、冒険者協会を訪ねれば…。


「ようこそ。警部さん。わざわざすお越しくださり申し訳ありません」


明らかに大げさに両手を広げたジュリスに抱き着かれそうになり、咄嗟によけた。


「ひどいな。唯一の親友に…」

「そう思っているなら、気持ちの悪い言動はやめろ」

「相変わらずジョークが通じないんだから」

「こんな時に洒落を言うとはな」

「こういう時だからだよ」


警察署よりも遥かに大きく立派な冒険者協会のロビーには人の気配は少ない。


「ジュリス様をお許しください。これでも、動揺しておられるのです。協会内でも、もっとも警備の厳重な最下層に保管されていたにも関わらず賊の侵入を許してしまったと上層部にこっ酷く叱られてしまいまして…」

「エリオット。お前、フォローしてるのか汚しているのかどっちなんだ?」


エリオットと呼ばれた男は何食わぬ顔で微笑んでいる。普通の者ならば顔の良い優男だと思うだけだろうが、端々から只者ではないオーラがほとばしってもいる。


「でも確かにそうなんだよ。正直、この件はすでに記者にすっぱ抜かれているだろうし、冒険者協会のバッシングは避けられない。だが、賊を捕まえたというニュースがあれば、それを上書きできる。そう思わないか?」

「はあ?」

「なあ、友人の頼みだ。警察も協力してくれるよ」

「そう言うからには賊に関する情報があるんだろうな」

「ない!」

「おい!」


呆れて言葉が出ない。


「心配するな。言っただろう?首輪が保管されていた場所はもっとも警備が厳重な場所だって…」

「つまり?」

「あそこに侵入した時点でトラップが発動するんだよ。逃げられないようにな。それこそ、歴代の冒険者たちが心血を注いで作り上げた要塞に近い。だから逃げ出すのは不可能なんだ」

「なるほど。要は賊はまだ最下層のどこかに隠れてるってわけか。そうなると余計に俺を呼んだ理由が分からない。上層部はそれこそ、内部で処理したいはずだろ。上手く行けば、首輪も取り戻せるし、すべてをもみ消せる」

「だからお前は友人だからだと言っただろう?」


意味深に耳元に顔を近づけてくるジュリスに嫌な予感がした。


「抜け出せなくなったとしてもトラップだらけの冒険者協会に侵入した奴らだ。お前の事情と無関係とは限らなくないか?」


誰にも聞かれることのないほど小さな声で親友が語った内容に思わず顔色が変わった。


「お前…その痕跡でもあったのか?」

「俺にそれが分かると思ってるのか?探査系が苦手なのは知ってるだろう?分かっても、協会の仲間達の魔法の匂いを見分けるぐらいがせいぜいだ」

「なら何を根拠にそんな…」

「首輪はマゴスとの戦いが激化した時代のものだ。だとすると…」

「それ以上は辞めておけ。冒険者協会の創設者を悪く言う事になるぞ」


カデリアスはジュリスの発言を制止した。

冒険者としての強さは持ち合わせているのに口で失敗するタイプなのか。こいつは…。

全く、人がいいんだか悪いんだかどっちなんだよ。


それにジュリスの心配は杞憂だ。

実家が関わっている事はまずない。

なぜなら保守派のアイツらが世間の関心を集める代物をこんな形で盗むとは思えないからだ。


何せ何百年…いや、何千年と隠れてこの国で生きてきた者達なのだから。

とはいえ、家族に限定しただけの話であって、他の連中は知らない。

もし、ジュリスの懸念が正しいのなら、首輪はもしかしたら先祖が残した物の可能性は高い。


立場が同じ連中は欲しがるかもしれないな。

俺には理解しがたいが…。


「賊探しに付き合えと?」

「そうだよ。たまには冒険者気分を味わうのもいいんじゃないか?」


冒険者?

バカ言え。こっちは慎重派なんだよ。


カデリアスは人知れず、頭を抱えた。

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