「マニエル…まだ、貴女を殺した人間の手がかりは見つけられないわ。それとね、ナサリ…ソフィアの大切な親友もそちら側に行っているみたいなの。だからもし…」
バカね。会えたら仲良くしてほしいだなんて…。
半分死んでいるような私が何を言ってるんだか。
そもそも、彼女をマニエルと呼ぶべきなのか?
それともゆいなが正解なのか?
それすらも迷うわ。
第一、どんなに語りかけても、マニエルの名が記された墓石からは何も返ってこない。
ただ、日差しに照らされて、輝いているだけ。
はあ、それでも、会いたいわ。ゆいな。
「レディ?」
見知った声が背中を通り抜けて、思わず、流れた涙を拭いた。
そして、何事もなかったかのように振り返ればカデリアスが立っていた。
「警部さん?」
カデリアスは深々と被っていた帽子を脱ぎ、小さく頭を下げる。
そう言えば、ムーンレイルで鉢合わせして以降、彼とは顔を合わせていない。
あの夜の異様な空気感を思い出して、思わず赤面した。
けれど、それを悟られるわけにはいかない。
ソフィアは平常心を装って微笑んだ。
「こちらで何を?」
「彼女のお墓参りに…」
そのひと言だけでカデリアスはすべてを悟ったようだ。
「そうでしたか」
彼はマニエルの墓にも一礼した。
「レディはよくここへ?」
「どうでしょう。頻繁というわけでは…」
「申し訳ありません。まだ犯人も上げられずに…」
「いいえ。親身になってくださっているのは分かっています。むしろ、熱心なぐらいに…」
「慰めは結構ですよ。レディ。警察という組織が十分に機能しているとは私の口からはとても…」
「身内を悪くいうものではありませんわ。組織が大きくなればなるほど、様々な考えの者が集うのは仕方がない事ですから」
「レディのお優しさは時に残酷です」
妙な沈黙が流れた。いたたまれなさに身を翻したくなる。
寄りにもよって、マニエルが眠る地で初心な少女の真似事をする羽目になるなんて…。
何か話を振らなきゃ…。
「あの…警部さん?」
「なんでしょう?」
「巷で子供が消えているのはご存じでしょうか?」
「噂程度には…」
噂ね。まあ、街の人たちが被害届を出さないんだもの。
仕方がないわよね。
「その件で少し、情報を手に入れたんですの」
「情報?」
「ええ~。かなりの人が関わってるんじゃないかと思うんです。何せ、かなりの数の子供が消えていますから」
「人身売買の類なら今までもありましたが…」
「そうですわね。でも、今はマゴス復活も近い。闇に堕ちた者などごまんといるでしょう?」
唇を噛みしめるカデリアスに得体の知れない怒りが見て取れた。
「何かご存じの事がおありで?」
「私が?まともに事件も解決できないこの身で?」
「ご謙遜を…。確かに今の捜査機関に期待する事は少ないですけれど、貴方の事は信用しています。何度も助けて頂きましたもの。真っ黒な円とバツ印の刻印…どこかで見た事は?警察なら様々な事件の情報も数多く寄せられるでしょう?」
「その印とやらが何か?」
「先日、街で攫われそうになった子供の手の甲にあったんです」
そこまで言うと、突然カデリアスに腕を掴まれる。
「危険な事でもしているんですか?」
「まさか。自分の役目を果たしているだけです」
「聖女の…ですか?」
「そうですわね。一応、候補にあげられている身ですから」
なぜだか、カデリアスの瞳が静かに揺らめていると思った。見上げているせいかもしれないし、腕を掴まれているせいで、急に距離が縮まったせいかもしれない。
彼の吐息が頭上に抜けていく。
「何より、状況から貴族が絡んでいるようです。それも何年も前から…」
といってもその根拠はリオンが攫われ、ナサリエルの影武者になったのが数年前だからという理由だけ。そして、今回の子供が消えている件は最近だ。空白時間があるのは気にかかる。
いえ、把握していないだけで事件はずっと続いていたのかもしれない。
考えれば、きりがない。
「いいんですか?そんな話をして…。私も貴族なんですが?」
「私もそうですわよ」
「何をしてほしいんです?」
「今は何も…ですが、もし助けを求める日が来たら手を貸していただけます?その頃にはもしかしたら警察も少しはマシになっているかもしれませんしね」
「断られるかもしれないとは思わないんですね」
「だって、貴方は正義の人ですもの」
「そう評価してくださっている方の申し出を断るわけにはいきませんね」
「そうでしょう?まあ、そう難しく考えないでください。一応、情報を共有しておきたかっただけです」
「共にカーテンにくるまれた仲ですからね。我々は…。ですが、こちらも一つ言わせてください」
「なんでしょう?」
「あまり、危険な行動は慎んでくれ」
どうして、そんな切羽詰まったような視線を向けてくるのよ。
まるで、恋人に向けるような…。
バカバカしい。
思わず動揺する自分自身にツッコミを入れたくなった。
思い過ごしに決まっている。
これではマニエルにも笑われてしまうわ。
大体、急に砕けた口調になるのが反則なのよ。
この人、自分の容姿が整っているの絶対わかってないわよ。
惑わされてなるものですか。ここは辛抱の時よ。
令嬢の仮面をはがすわけにはいかない。
「なら、踊るのはいいのかしら?ムーンレイルのような場所で?」
今度はなぜだかカデリアスの顔が赤い。
「裸同然の恰好は辞めて頂きたい」
「まあ、それはさすがにしませんわよ。おかしな方ですわね。では、ご機嫌よう。警部さん」
カデリアスの大きな指から逃れ、スカートを翻す。
「送りましょうか?」
「結構ですわ。警部さんにも迎えが来たようですから」
遠くからユリウスという美しい少年がかけてくるのが見える。
やっぱり、警察官でいるにはもったいない。
それこそムーンレイルで踊れば、一発でスターになれそうなのに…。
まあ、彼にとっては大きなお世話だろうけど…。