その日の冒険者協会は騒がしかった。何せ、冒険者協会を創設した大英雄シルべスター・エニスの墓近くから聖遺物とされる代物が出土した知らせを受けたからだ。
彼についての伝説は数多存在する。聖女にも劣らぬ魔力で魔物を狩りまくったとか、マゴス討伐にも加わったというのはかなり知られている。また、大好物の春雨をいつでも食べたいという理由だけでお気に入りの店を買い取ったのはいいが、経営下手ですぐにつぶす羽目になり、店の元オーナーたちに追い回され続ける人生を送ったとか…聖女にフラれ、夜通し泣いていた声が野太すぎて魔物に間違えられたとか…大小さまざまなよく分からん伝説が語り継がれている人物なのである。
そして、彼は自身の魔力を好き勝手にあらゆる物に込める才能にもたけていた。
要は魔具製作の天才であり、彼の魔力が込められた品物は奇跡を起こすとも言われているのだ。
そんなわけで、ひょんな事から墓近くから顔を出した首輪もその類だろうと推測されたため、冒険者協会で保管される事になったのだ。
だが、それにしたって物好きな奴らが多すぎる。
朝からひっきりなしに取材やら、一目見せて欲しいという人々が押しかけているのだ。
これも聖女の出現の兆しかなどと騒ぎたてる奴らもいる。
「首輪は女性用の物に見える。つまり、これはシルバスターがかつての聖女を想って肌身離さずに持っていた証拠ではないのか?」
「二人はやっぱり恋仲だったのかしら」
あらぬ想像が協会内を飛び交っていた。
お前ら、暇かよ。
ジュリスは頭を抱えていた。質問攻めされたところで答えられるわけないだろうが!
第一、こういった事態への対応は得意ではないのだ。
だというのに、上層部はと言えば、
「お前、有名だから説明よろしく」
といった具合に押し付けてくる始末だ。
基本的に冒険者協会は肉体派重視で頭を使うのに特化した人間は少ない。
何より首をかしげているのは美しいデザインではあるが、何の力も感じないことだ。
魔力も邪力の気配も何もない。
ただの装飾品にしか見えない。
とはいえ、創設者の持ち物であるのなら、再び墓に戻すのが正解だろう。
しかし、そう思っている人間は少ないようだ。
美術関連団体からは寄付しろだの調べさせろなど言われる始末だしな。
こんな事に頭を使うぐらいなら、剣の稽古がしたい。
「ジュリス様。お疲れですか?」
「ああ、悪いな。エリオット。お前まで付き合わせて…」
お茶を差し出した男に向き直る。年若いが背筋が伸び、近くに来るまで気配を感じさせない。
その柔和な笑顔に騙される者も多いが、実力者である事をジュリスは知っている。
敵であれば、苦戦するであろう分類に入る目の前の男、エリオット・チャウンドについてはそう認識している。
「構いませんよ。暇でしたし…それに見てみたかったですしね。伝説の遺物を…」
「お前、そういうのに興味があったのか?」
「人並みにですがね。だって、大冒険家の墓に収められていたものですよ。そう考えるだけでワクワクします」
「そんな事、魔法使い連中に聞かれてみろ。はっ倒されるぞ」
エリオットは口が過ぎたという素振りで肩をすくめた。
英雄を魔法使いと捉えるか冒険者と捉えるかで長年論争が繰り広げられている。
馬鹿馬鹿しい。彼は魔法使いであり、冒険者でもあったのだ。
だからこそ、解せない。
てっきり、見つかった首輪の管理は魔法協会がやると言い出してもおかしくはなかったのに、今回は沈黙している。
不気味だな。
「ジュリス様?」
「ああ、すまない。お宝は協会の最奥に設置された魔法陣の中だ」
「では見られませんね。残念。あそこじゃ、僕の権限では入れませんから」
冒険者協会には古今東西から集められた宝と呼ぶにふさわしい代物が沢山保管されている。
その警備体制は万全で、いたるところに防犯用の魔法がかけられている。
その中でも、最も警備の厳しい地下に首輪は収められる事になったのだ。
まあ、代物から考えれば妥当だが…。
「それにしても、アイツら、本当にうるさいですね」
「そうだな」
窓から下を覗けば、さらに人が増えていた。
見物客はどこから湧いてきてるんだ?
「はあ…。それもこれもアイツのせいでしょう?豪商の息子かなんか知りませんけど、いい迷惑です」
「ハワナ家は協会の支援者でもある。お前も何度か顔を合わせているだろう?」
「ええ~。いい人達ですよ。息子の一人を除いてはですが…」
エリオットは無表情でそう言った。
首輪を運よく見つけた男。マイケルという名だったか?
奴は自分の手柄を様々な新聞社に売り込んで、広めていると聞く。
ちゃっかり、実家の宣伝もしているというし、商人としての才はあるのだろうが、こちらからすればいい迷惑だ。首輪を協会に引き渡す際にも記念だと言って写真に写り込んでいた。
正直、あの写真は首輪よりも奴の方が目立っていた。
苦手な男だ。
さらに、協会に所属する女性達にちょっかいをかけるのもセットときている。
実に騒々しい男だ。
親友とはえらい違いだ。
いや、アイツには少しぐらいマイケルという男のエキスを頂戴した方がいいのかもしれないな。
もどかしくて見てられない。
だが、相手がクラヴェウスの令嬢じゃどの道、勝ち目はないか。
聖女で王太子の婚約者。
寄りにもよってなんでそんな相手に惚れてしまったのか。
あの顔ならいくらでもいい女と巡り合う機会はあるだろうに…。
俺と違って、真面目で自由とは程遠い人生を送ってきたカデリアスだ。幸せになってほしいと思う。せめて、冒険者にでもなれば、少しは違ったのかもしれないが…。
いや、今それを言ってもしょうがねえよな。
冒険者になって一緒に国中を駆け巡ろうと誘ったがキッパリ断られたのは随分前なのだから。
思わず笑みをこぼすがそれも一瞬の事で終わりを迎える。
なぜなら、侵入者アラートが鳴り響いたからだ。
「招かれざる客が来たらしい」
「僕も行きます!」
ジュリスとエリオットは風のごとく、駆け出したのであった。
全く、思い出に浸る時間もないとは…。