マイケルの一撃で男爵だった男の体は吹っ飛んでいく。
その胸元で揺れる懐中時計からは禍々しい邪術の気配が漂っていた。
ソフィアはラルチェ・ガンを構えた。
何度となく撃ってきたとはいえ、今回は的が小さい。
ダメ!
手は震えて、焦点があわない。
「もう一回お願い!」
「分かった!」
マイケルの拳が再び、男の胴体を掴み上げ、上空へと投げ飛ばした。
意識を集中させなくては…。
自然と息が止まる中、小さな銃から弾が発射される。
それはまっすぐと男の方へと向かい、懐中時計を貫いた。
上手く行った!
だが、懐中時計が砕けても、男の体はユラユラと動いている。
さすがはゴールドラッシュの信者。
それとも、すでに発動してしまった邪具を破壊したところで意味はないと言いたいのかしら?
勝手に落ち込みそうになるわ。
ただでさえ、厄介なのに。本物の聖女と違って、そんなに聖遺物を乱発できないのよ。
なんとか頭をフル回転させようとしていた。むしろ、今までが上手く行き過ぎていただけだ。
本来、私には何の力もない。
邪術の塊たる男の視線は合わさらないものの、充血した瞳がこちらを捉えてもいる。
しかし、いくら待っても奴が迫ってくる事はなかった。
「はい!酔っ払いは退散!」
マイケルのケリ技が男の頭を殴り飛ばしたからだ。
「えっ!」
「助けてやったのに。その反応はないだろう?」
「あっ!ありがとう?」
いやいや。普通に返している場合じゃないわよ。
よくよく考えたらコイツ、素手で邪術関係者と戦ってるのよね?
ありえないでしょう?
普通は魔物に落ちるか、オリビアの治療を受けているマゴス汚染者のようになるはず。
邪術は感染するのだ。
だから、マイケルがケロッとしているのはおかしな話だ。
しかし、彼の全身をくまなく観察しても、元気そのものである。
ソフィアは首をひねるしかできない。
前世の記憶があるのもしかり、普通じゃないって事?
それとも、アホだから?
いや、それはさすがに可哀そうよね。
どんなバカげた言葉で考えをまとめようとても答えはでない。
「ねえ~。貴方は…」
その瞬間、立ち込めていた霧が消え、視界は歪んでいく。
気づけば、元居たオークション会場へと戻ってきていた。
しかし、事件を引き起こしたゴールドラッシュの男も彼と共にいた他のメンバーの姿もない。
いや、懐中時計の力を解放したあの男はあの空間に残されたと考えるべきね。
もう亡くなっているとはいえ、仲間をあっさり見捨てるなんてね。
やっぱり、闇を暗躍する集団なだけはあるわ。逃げ足が速い事だけは褒めてあげてもいいけれどね。
どちらしても脅威は去ったのだから。
「お嬢様?」
「シエラ。起きたのね。体調は?大丈夫?」
「はい…」
まだ寝ぼけてはいるが、無事な様子のシエラにホッとする。
他の来賓者も同様の様子だ。
「一体、何だったんだ?飲みすぎたか?」
相変わらず呑気な声をあげるマイケルに思わずため息が漏れた。
「前世よりもさらにバカになったの?」
「逆だろ。あの時より活動的かつ、男前になった」
屈託なく笑うマイケルに呆れてなのか頬が緩んだ。
全く、ポジティブだけが取り柄なのは変わらないのね。
まあ、前世の私はそう言うところもイラっとしてたけど…。
「でも、本当に不思議ね。世界どころか人間すら変わっているのにこうして、話しているなんて…」
「そう言う事もあるだろう?多分だが…」
「本当にそういう感じよね。アンタは…」
前世の頃の記憶が溢れてきそうになったが、寸前で止めた。
さっきまでピンチだったって事、分かっているのかしら?
おそらく、ちょっとしたハプニングぐらいにしか思っていないのね。
マイケル・ハワナには結構、敵意剝きだして構えてたのに拍子抜けだわ。
まさか、その中身が旦那だなんて…。
やっぱり、元って言う肩書でいいのかしら?この場合…。
「なあ…」
「うん?」
「これも何かの縁だし、またパートナーにならないか?」
「唐突ね」
「いいだろう?俺達の仲なんだし…。俺も家族から結婚しろってうるさくってさ…」
「その相手が私?」
「いいだろう?」
はあ…。これでも公爵家の跡取り?ていうのは大げさだけど、普通、”どこかに買い物行こうか”ってノリで口説く?
ないわ…。まあ、彼だから仕方ないけど…。
「嫌よ」
「即答だな」
「だって、私達の仲はあくまで前世の世界での話でしょう?今はそれぞれ違う人間として生きている。だから、その記憶に引っ張られる必要はないのよ」
マニエルに…ゆいなに固執している私が言っても説得力ないけれどね。
「確かにそうだな」
「でしょう?」
「でも、こうして会えたのも何かの縁だ。困った事があれば相談に乗るぜ。協力してやるよ。これでもうまくやってる商売人だからさ」
「そのようね。良いご家族に恵まれたようで嬉しいわ。前世仲間としてね」
「前世仲間か…。うん。良い響き」
「何よそれ…」
思わず笑みがこぼれた。本当に不思議だわ。黄色に近い瞳も顔立ちも声も記憶の中のアイツと何もかも違うのに旧友に会ったような懐かしがこみあげてくる。
そう…。黄色の瞳!
懐かしさと斬新さが交錯する中で別の疑惑が湧き上がってきた。
私…とんでもない勘違いを!
ムーンレイルのショーの炎で連想した疑惑が確信に変わる感覚がした。
「おい?大丈夫か?」
「ええ。平気。私達失礼するわ」
名残惜しそうなマイケルを残して、その場を後にした。
その肩に寄り添うようにシエラの腕が回される。
「あの男は誰です?お嬢様になれなれしい」
シエラの問いに答える余裕はなかった。
旧友と呼ぶには深い関係だった男との会話は良くも悪くもソフィアを動揺させる。
予想がもし…当たっていたら…当たっていたら…。
ナサリエル、貴方は一体…!
パワリを闇落ちさせる危険性がなくなったという事実を吹き飛ばすほどの衝撃が全身を駆け巡っていた。