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第86話 懐かしい男?

どうして、ゴールドラッシュのエピソードがこんな所で発動してるのよ!


ソフィアは非常に動揺していた。シエラも影響を受けて、眠りにいざなわれている。


とはいえ、命まで奪われていないのは聖女の腕輪に感謝するべきなのかしら。


ゲーム内でも暗躍していたマゴス信者の謎多き組織。

その全容が明かされる事はなかったけれど、かなりの規模だったのは覚えている。

そして、彼らと相まみえる展開もゲーム内で用意されていた。

マゴスへの力の授与。その計画のために生者の命を捧げる儀式。

それを阻止したのはマニエルだった。あのエピソードと今の状況はとても酷似している。

たが、場所は異なり、巻き込まれている人数もかなり少ない。


死者は今のところゼロなのは幸いしているけれど…。


なにより、懐中時計を手にした邪術師たるゴールドラッシュの男が無意識に発動した結界内に飛ばされているこの状況も当然、既視感がある。


真っ暗で霧が立ち込めて、周囲の状況は分からない。


「なんだ?なんだ?珍しく酔ったか?」


呑気な声をあげるこの男、マイケル・ハワナと一緒にいると言う事以外はであるが…。


なんで、懐中時計をパワリに手渡す元凶とエピソード回収するはめになってるのよ。

しかも、よくも悪くもアホだし…。

あの状況下で動けるのも異常…。


「でも、まあ、お前と話せる機会に恵まれたと思えばいいか。久しぶりだな」

「はい?」


ソフィアとこの男の繋がりはないはずだけれど?


「分からないか?まあ、外見もすっかり変っちまったからな」


マイケルの顔をよく見てもやはり、思い出せない。


「会社の給湯室で愛を…」


この世界では似つかわしくない言葉でその男の正体に感づいた。


「まっまさか…」


愛だなんて、そんな単純なものではない。

いや、単純だったのかもしれないけれど、ロマンチックには程遠い。

この男は前世でその半生を無駄に一緒に過ごした男…。

旦那だ!いや、前世のがつくから元旦那という表現が正しいのかしら。

とにかく、衝撃で一瞬、意識を飛ばしかけた気がした。


「嘘!」


思わず頭を抱え込んでしまう。

この世界でもコイツと顔を合わせるなんて。

何!嫌がらせなの。


「その態度!ひでえ!」

「この状況で昔の友人に会ってテンション上がってます的な軽いノリなアンタの方が疑問だわ。大体、あの世でよろしくやってるはずでしょう!しかも、記憶持ちだなんて」

「よくわからん。確かにめっちゃ遊んでた記憶はあるんだが、なんか楽しくなくてさ…」


あれ?この人、こんなキャラだっけ?

まあ、私も前世と今世で性格が全く同じとは思ってないけど…。

しかも、よりにもよってマイケル・ハワナとかいうモブ中のモブに生まれ変わるってどういう星の元に生きてるの?


「で、お前はこんなところで何してるんだ?」

「何って…。自分の使命?を全うしているところよ」

「使命?」

「とにかく、この空間から出たいから手伝って!というより、平気なの?」

「何が?」

「分からないならいいわ」


頭が別の意味でズキズキ痛み出しそうになった。

どうも最近はうやむやになっていた前世の自分が久しぶりに表により強く出てきているようだ。


その時、マイケルとの間に風が通り抜けていった。


ガルルッ!


黒い獣。魔物の類が数十匹と群がっている事に気づく。


勘弁してよ。聖女の聖遺物を使ってもこの数を一人で相手にするには分が悪すぎる。

さらにここは結界内。このエピソード回収に必要な地点にいくまでに力尽きる方にかけたくなる。


ソフィアは思わず、懐に収めた小銃へと手が伸びた。


しかし、その瞬間、魔物が空高く吹っ飛ぶ光景を目にした。


それはもう、かなり綺麗で芸術的かつ滑稽な様子で…。


「よっしゃ…。このマイケル・ハワナの敵じゃねえ」


鍛え上げられた筋肉が魔物達へと襲い掛かる様子をただ茫然と見守っていた。


この人、生まれ変わる世界。間違えてない?

がっつりバトル漫画の主人公してるんだけど?

なんなの?ほんとマジで…。

令嬢とはおよそ不釣り合いな言葉が飛び出しそうになった。


まあ、これなら私の出番はないか。


「よく分からないけど、そのまま、飛ばしていって」

「おうっ!」


ソフィアはブレスレットへと意識を集中させた。

この空間の中で最も邪術が集中している所に懐中時計とそれを持つ男がいるはず。

あそこでもない。ここでもない。


見付けた。


「あっちに行くわ。面倒だからついてきて」

「ああ…」


先へと進む間も襲ってくる魔物はマイケルによって殴り飛ばされていく。

まさか、この男と共闘?するはめになるなんて…。

どんな人生よ。前世の私の心の方はかなり嫌がっているけれど…。


霧がさらに濃くなり、視界が悪くなるが足は止めない。


いた。


いくつもの時計の針が空中に浮かぶ異様な光景。

その中心部にいるのはこの状況を作り出した男。

彼についてはほとんど知らないし、ゲーム内でも語られなかった。

名もなき男爵の跡取り。ゴールドラッシュの信者たるモブキャラ。

本来、この光景はマニエルの瞳に映っていたはず…。


懐中時計の中に住まう魔物達。初代王が所有していた頃に何らかの理由で彼らの安住の地となった懐中時計は所有者を渡り歩き、人々の生気を奪って来た。

おそらく、私達も眠っている状態で意識だけが懐中時計の中に広がる空間に飛ばされているに過ぎない。今も無事なのは聖女のブレスレットの力で魔物達の力を下げているから。

でも、そろそろ限界だわ。

頭がガンガンする。気持ち悪い。

打ち込むとすれば、チャンスは一度きり…。


「ねえ、協力して」

「何が?」


この人、この状況を何にも分かってないわね。

もしかして、これ夢だとでも思っているのかしら?

しかし、説明してる暇はない。


「昔のよしみって事で、何も聞かずにアイツをぶっ飛ばして…」

「分かった」


やる気満々のマイケルに安心感と不安感が同時に押し寄せてくる。

もっと、質問ぜめにされるかと思ったけれど、記憶の中の彼よりアホになったんだろうかとどうでもいい感想が巡っていく。


それこそ今は不要だ。


ソフィアはすでにこと切れているモブ男に申し訳なさを感じつつ、覚悟を決めたのであった。

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