「マゴスの…あの方の力をわが手に!」
突如、壇上へと足を乗せた長身の男。不気味な真っ白な仮面で隠された素顔は分からないが胸元に光る金は存在感を放っている。ゴールドラッシュのメンバーたるその男は無意識のうち、その宝を追い求めていた。
「お客様!おやめください!」
司会者の声もむなしく、怪しく微笑むその男が初代王の懐中時計を手に収めたと同時に周囲の空気はさらにどんよりした物へと変わっていく。作られた…そう演出ではなく真の鬱蒼とした色に全身が染められていく。声をあげた司会者は倒れ、誰もが意識を失っていく。まさに異様な光景の中で、その男の心は不安と興奮の狭間にあった。
仲間達には偵察のみだと言ったが仕方ないじゃないか。マゴス様の封印に一役かった王の遺物。
しかし、皮肉な事にそのマゴス様の力が宿るお宝を前にして欲が芽生えないわけがない。仲間達だってこれを回収したのだと知れば笑ってくれるだろう。ルール違反に厳しい彼らだって俺を許してくれるはずだ。また一つ、邪力を手にできるという事なのだから。そもそも、この催しだって立ち上げ当初は我々の活動の資金集めのために作られたのだ。それがいつの間にか管轄を外れ、独立してしまった。出なければ、いわくつきの王の遺物が出品される前に回収できたはずなのだ。
だから、これは俺のものだ。
例え、この力の巻き添えで命を落とす者がいたとしてもな。
「あなたの出番はここではないはずなのに…」
静まり返っている空間の中で、ありえない澄んだ女の声が鳴り響く。
王の遺物を前にして興奮のあまり、無意識に放出した邪力はこの場にいる者達の意識を飛ばしてしまった。いや、命を奪ったと言った方がいいか。
そんな中で、意識を保っている人間がいる?
バカな!
「私が落札した物よ。返してもらいましょうか?」
ベールで顔を隠した女が手を差し出した。
男は警戒感を強めた。
「お前、何者だ?」
「私が分からないのね。やっぱり設定通り頭は弱いようね。名前も与えられてはいないモブだからかしら?」
この女…挑発してるのか?
わけの分からない言葉も口にしている。
無性に腹が立つ。
なんて、無礼な女だ。これでも建国当初から王家に使えてきた由緒ある男爵の跡取り息子だ。
その俺に名前を与えられていないと罵るとは…。とんだ間抜けだな。
だが、そこで男は気づく。こと切れているはずの者達の意識は確かにない。
しかし、至る所で寝息が聞こえる。
この女の力か?
ベールの下でほくそ笑んでいるであろう謎の女に男は気分を悪くした。
その女の姿を捉えているだけで胸やけを起こしそうになった。
そうか。これは聖なる魔法の気配だ。
邪力と似て非なる神秘の力。
だとするならこの女は聖女だ。それが誰の事を指すのか一目で分かる。
「クラヴェウスのご令嬢がまさかこのような場所におられるとは思いませんでしたよ」
「私も予想外の展開に驚いていますわ。この手のエピソードはどうしても発生してしまうようですわね」
やはりこの女の発言は意味不明だ。
クソ!やはり、欲望のままに懐中時計に手を伸ばしたのは浅はかだったか?
『お前は本当に頭が悪い…』
そうやって、常に自尊心を気付付けてくる父の言葉が頭を駆け抜けていく。
バカが…。自分だって大した役職にもつけず田舎でくすぶっているくせに…。
だが、俺は違う。マゴス様が力を与えてくれたのだ。名も上げられずに朽ちるのが運命だったこの身に友を授け、生きがいをくれたのだ。
そう、この心を満たすものを…。
『旦那様…』
美しい肌、まだ、育ちきっていない体…そして心。あの方が連れてきてくれた彼らには不安と恐怖が漂い、俺の次の行動に肩を揺らす。そのか弱い姿にドキドキさせられた。
それもこれもマゴス様の…。
その意を受けたあの方が導いてくれたからだ。
あの方が率いる楽園は居心地がいい。
だからこそ、楽園のために、なんだってできる。
邪具を収集しろと言われれば、当然、どこへでもいく。
今回は特に危険な代物のためにとりあえず偵察だけだと言われたが、邪具はこの手の中にある。
俺は無能ではないと示せれば、仲間達を出し抜ける。
表舞台に立てるかもしれない。
そうすれば、好きな子を選ばせてくれるだろう。
これまでのように、おこぼれだけで済まされるのはそろそろ、物足りないからな。
「私、貴方の事は何も知りませんが同情もしているんですわ。よく似ていますから」
誰と比べる気だ?分かったような口ぶりで…。
ああ、虫唾が走るよ。聖女なんていう本物の選ばれた者を前にすると本当に気分が悪い…。
今すぐにこの感情を仲間達と共有したい。
そういえば…。この女は以前“我々の宝”調達を邪魔したという噂もあった。
お高くとまった女だ。俺の趣味ではない。むしろ、生きがいを奪う害虫だ。
腹の中から得体のしれない悪臭がこみあげてきて、体中が痙攣する。
自由が利かない事に男自身は感づかない。
その瞳が魔物とよく似ているとも…。
その怒りの矛先は自然と聖女の方へと向かう。
害虫を消せと頭が告げている。
その刃が聖女を捉えた瞬間、
「お前、何なんだ!折角、盛り上がってきてたってのによぉ!」
男の予想と異なり目の前に飛び込んできたのは鍛え上げられた筋肉だった。
それもとても美しい。
なっなんだ!
計画のすべてを腕っぷしで阻止された事に一瞬、気づかなかった。
この男、どこから…!
聖女以外は確かに意識を失っていたはずだ!
痛みが通り抜けるのを感じながら、冷たい地面が背中に伝っていく。
やはり、体は思うように動かない。
さっきまで聖女へと向けられていた憎悪が空気に馴染んでいくのを感じる。
ああ、邪力が満ちていく。
視界が暗闇に染まる中、うっとりとしながら男の意識は遠くへと消えていくのであった。