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第84話 ナイトキュラムへようこそ

ソフィアは薄いベールで顔を隠して、路地を進む。

その足元は鬱蒼とした霧が立ち込めていく。


以前にも増して、不気味な気配が濃くなっているわ。

マゴス復活の影響かそれとも…。

この場所に持ち込まれた物のせいなのか。


「お嬢様?お酒をお飲みになられるのですか?でしたら、このような所ではなく自室にお持ちしましたのに」

「シエラ。私、まだ未成年なのだけれど?」

「未成年…ですか?お嬢様のお歳でしたらお飲みになられる方も多いと思っていたのですが…」


そうだった。この世界は前世よりも成人年齢は早い。


「そもそも、シエラ?学院は飲酒禁止でしょう?私の部屋に密かに持ち込む気?」

「お嬢様が喜ぶのでしたら私はなんでもいたします」


うん?

何だか、シエラのキャラが崩壊しつつあるのは気のせいかしら?

まだ、邪術の影響が抜け切れていないとか?


けれど、シエラの顔色を窺っても真剣な面持ちとぶつかるだけだ。


「遠慮しておくわ。お酒を飲みにきたわけじゃないの」


名ばかりの街灯の明りに照らされた酒場の門をソフィアは見据えた。


銀と重そうな木の扉が二つ。一つは酒を飲みに来た者を迎える。

そして、もう一つは…。

ソフィアは銀の扉のベルを鳴らした。


「ここはお嬢さん方が来るような場所じゃないよ」


現れた細身の男はシエラたちを見下ろし、気だるそうに手で追い払おうとする。


「あら、客を追い返すなんて、随分とバカな人ね」

「なっ!」


ソフィアは男にアカシアの花を差し出す。

それは合図。


「失礼しました。どうぞ…」


男は態度を改めて、ソフィア達を中へと促した。


酒と色恋に準ずる者で溢れかえった店内。

仮にも聖女候補が訪れる場所とは思えない。

それでも、ソフィアは内心ホッとしていた。


アカシアの花はこの店の奥で開かれているオークションの招待状として使われている。

その事はゲーム内で語られる豆知識として記されていた。


意外と覚えているものね。


自分で思っている以上に前世の私はあのゲームにハマっていたのかもしれない。

ゲームの進行上に全く関係ない知識集めにも親身に取り組んでいたのだから。

そのおかげでこの場所に立てる。


『ソフィア…』


頭の中で幼馴染の呼ぶ声がする。


これはナサリエルと向き合うのが怖くて、逃げ出すために来たわけではない。


今日はゲーム本編でパワリを闇落ちさせる邪具の回収に来たのだ。

なんとかそう言い聞かせて自分を落ち着かせる。


必ずこのオークションに出品されるはず。

まあ、闇市に近いけれど、金のある者なら誰も拒まない。

とはいえ、今、この場にいるのはほとんど貴族だろうけれど…。


そして、仮面やベールに覆われた来賓者の中に混ざる金細工のバッチを身に着けた者達。


彼らもいるのね。


この国のほとんどの人間が知っている超巨大友好団体。

その名はゴールドラッシュ。


友好団体と呼ぶにはあまりにも異質で謎の多い秘密結社。

前世の私は都市伝説が好きだった。

だから、この手の人々に相まみえればワクワクもしただろうけれど、今は違う。

このメンバーの一人が関わるエピソードも覚えているからだ。

もちろん、マゴスがらみで…。


パワリの闇落ちアイテムを回収しに来ただけなのに、彼らと鉢合わせするなんて…。

タイミングが悪すぎる。

でも、ゲームでは語られなかっただけでこの催し自体が彼らの管轄なのかもしれない。

だって、主催者は一切不明で、売り買いされる物も多岐にわたる。

時に人だったり、服だったり、宝石だったり何でもありだ。

私が把握していないだけで、この世界は様々な事が複雑に絡み合っているのかもしれない。

人がナイトキュラムと呼ぶこのオークションだってその一つでしかないのかも。


ソフィアは背筋を伸ばした。


でも、だからって、引くわけにはいかない。ここにあるはずなのだ。ゴールドラッシュの件は気になるけれど、あの男の方が最優先だ。もうすぐくるはずなのだ。絶対にあれを落札させるわけにはいかない。


魑魅魍魎と言わんばかりの謎の出席者たちに紛れて、ソフィアは上等なソファーに腰掛けその時を待つ。


万が一、パワリの手に渡れば大変な事態になる。

彼を助ける事もまたは葬り去れる力を持つマニエルはいないのだから。


「紳士淑女の皆さま、今宵もナイトキュラムにお越しくださり感謝いたします。素晴らしい品物と巡り合えれば幸いであります」


仮面をつけたスーツ姿の男が壇上に上がり、高らかに宣言した。

暗い会場内に照らされるスポットライトにより、空間は幻想的な装いを演出している。


「まずはじめの商品は東の国の剣。カタナでございます。さあ、皆さま…」


会場中から手が上がり、金額が決まっていく。


この世界に刀の文化がある国があるなんてね。ちょっと、なつかしさがこみあげていく。

少し興味もわくが、狙いはアレではない。ソフィアはじっとその時を待っていた。

その間も次々と商品が運ばれては落札者が決まっていく。


「では続きましては、初代王が身に着けていたとされる懐中時計であります」


重厚な面持ちの金に輝く丸い小さな時計が運ばれて来れば、会場中がドッと湧き上がる。


来た!


建国の父。初代王は良くも悪くもこの国の歴史に不可欠な人物として語られる。

女神アビステアの命を受けてマゴス封印を成し遂げ、大陸に平安をもたらしたという話は子供だって知っている。だから、その持ち物は聖なる遺産として誰もが欲しがる。

そんな代物、一体どこから流れてきたのか。

いいえ。今重要なのはそこじゃない。女神の血縁者ゆかりの品だとはいえ、アレは邪力で満ちている。そのことは聖女の腕輪が激しく揺れている事からも見て取れる。


マゴスとの戦いが懐中時計に闇を植え付けたのか?それとも他に理由があるのか。

考えても答えは出ない。その原因はゲームでも語られてはいなかった。

そして、あの懐中時計はある男が落札した後になぜかパワリの手に渡る。


「500万ビアスドル!」


高らかに声が上がった方を向けばその男が手をあげていた。

前世の世界での金額で言うところの500万円という大金をいきなり提示する憎たらしい男。

豪商の息子、マイケル・ハワナ。

彼はゲーム内ではモブ中のモブ。パワリの回想シーンで少しだけ登場するキャラだ。

パワリが出稼ぎで乗った船の船長。成り行きで手に入れた懐中時計を荒波のどさくさで落とし、それをパワリが拾ったと言うどうでも良い、いきさつが語られるのだ。


なぜだか彼の視線がこちらに向いている気がするのは気のせいだろう。

そう言えば、マイケルという男は女好きだという設定があったような…。

本当にどうでもいい情報ばかり覚えている事になんだか、嫌になってくる。

ため息をつきたくなるが今はよそう。


「3000万ピアスドル!」


「いきなり!」

「あのお嬢さんは何者なの?」


方々からさまざな声が上がる。マイケルが落札した金額は2500万ピアスドルだったと思う。

その金額を越せば、私が落とせるはず。


「他にいませんか?」


司会者の声が上がる中、誰も手をあげない。


「では、そちらのお嬢様に!」


やった!


ソフィアが安堵の色を見せる中、落札の合図が鳴り響く。


しかし、その一瞬の緩みもつかの間、その事件は起きた。

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