「メロディちゃん。君はどこへ行ってしまったんだ?」
マイケル・ハワナはここ最近、うっ憤とした感情を抱えて日常を過ごしていた。
別にお金に困っているとか家族が亡くなったなどの悲劇に見舞われているわけではない。
ハワナ家の何代か前の当主は無名のどこにでもいる男だった。だが、その男は運と才覚と海が好きという特性を生かして、荒波を乗り越えて物を運ぶ仕事を始めたのだ。
それがハワナ家の伝説の始まり。
今では一族総出で盛り立てている。おかげで貴族という名誉はないが金だけは豊富にある大商人の代名詞として国中どころか世界中で知られている。
マイケルは今の社長兼当主の三男。やはり、他の道を選ぶ事なく家の仕事を手伝っている。次男は財務関連の知識が豊富し、次期当主は一番上の兄が継ぐだろう。いや、一番歳の近い姉が次の代表に選ばれる可能性もある。要はこの時代でもハワナ家の未来は明るいのだ。
何より、当のマイケルは権力欲もなければ、金に執着もない。とりあえず、言われた事さえやっていれば、それなりに金は入ってくるし、海に出るのは冒険みたいで楽しい。だから、兄達や姉に指図はしない。しかし、それでもマイケルの心は寂しくてならない。それもこれもすべてはメロディが忽然と消えたからだ。
彼女から預かった願い人形もいつの間にか無くなっちまってるし…。
屋台連合に顔を出しても誰も明確な答えを言いやしない。
ああ、マジで落ち込む。
「どうして、俺が推した受付嬢達はみんな姿を消すんだ!」
思えば、メロディの前任者も突然、いなくなった。
今頃、どこで何をやっているんだろうか?
「ああ、どこかに俺の心を満たしてくれる推しはいないのか」
「ハワナの坊ちゃん。まだ、受付嬢を追いかけまわしてるんすか?悪趣味だね。アンタなら、もっと近場で見つけられるだろうに」
薄暗い店内で多少の顔見知りの男が声をかけてくる。外から見れば普通の商店だが、地下のこの場所は別世界を演出するようにバーとカジノに興じる者達で溢れていた。
マイケルは首都に戻ってくるたびにここでお酒を楽しんでいる。
カジノはほどほどだ。
「分かってないな。彼女達は愛を語り合う相手じゃないんだよ。一言二言、話して心を癒してくれる。仕事に花を添えてくれる存在なんだ。だから、下世話な言葉で理解した気で話すなよな。酒がまずくなる」
「へいへい。それはすまなかったな。だが、相手は気持ち悪がっているかもしれんぞ」
「失敬だな。紳士的な態度を心掛けているつもりだ」
「だが、皆消えたんだろう?それが答えなんじゃないのか?」
「うるせえ!だから、こうして泣いてるんだろうが!去るならなんか、別れの言葉一つくれたって…」
「やっぱり、本気だったんじゃないか?」
「だから、そういうんじゃないんだって…。そもそも、俺が惚れたのは…いや、何でもない」
全く、嫌なもんだぜ。マイケル・ハワナとして生きて二十年と数年。
それなりに楽しんできたし、家族もそろそろ結婚しろとうるさい。
それさえなければ、ハワナの家族はいい奴らなんだがな。
それでも喉に引っ掛かりを覚えるのはなぜなのか。
海にいる間は忘れられるのにこうして陸に上がるといつも遠い昔に置き去りにした記憶が押し寄せてくる。それには何の意味もないと分かっている。
マイケルという男には特に…。
「マスター。その琥珀色のカクテルをくれ」
「まだ飲む気で?勘弁してください。暴れられると困るんですよ」
「バカ言え。俺がここで暴れた事があるか?」
「それでもダメです。何より今日は競売日ですから」
「ああ、もう、その頃か」
ここは様々な物が競り落とされるオークション会場でもある。見渡せば、いかにも金を持ってそうな奴らがウジャウジャと集まってきている。オークション自体は、合法だが、たまに違法な品物も出品されると聞く。この中にはハワナと商売している連中の姿もあるかもしれない。
もし、彼らと顔を合わせて妙に勘繰られても困るんだよな。
俺は困らないが兄貴たちの耳に入るとウルサイ…。
マイケルは大人しく肩をすくめて、お酒を飲むのを諦めた。
全く、金持ちも楽じゃないな。
むしろ、俺が真面目なだけか?
あの琥珀色に揺らめく液体はアイツの瞳に似ていると思った。
いつも怒らせてばかりで笑った顔が思い出せない。
『ギルドの受付嬢好きの男ってメジャーなの?確かに可愛いわね。でも、推し活もほどほどにしてよ』
何十年と共に生きてきたのに最後まで俺の趣味を理解してくれなかった女。
それでもこうして思い出すのは年月のせいなのか?
今の俺を見たらアイツは笑うだろうか?それとも呆れるのか?
それを確かめる術はない。彼女はとうに亡くなっているのだから。
「おや、珍しい。聖女様がお越しとは」
「聖女?」
「クラヴェウスのご息女だよ」
クラヴェウスといえばマイケルだって一度は名を聞いた事のあるほど大物。
「お前、貴族の令嬢すべての顔を覚えているのか?」
隣に座る男に呆れたような視線を向ける。
「バカ言え。有名な方だけだよ」
本当かどうか怪しいものだ。マイケルが受付オタだと表現するならこいつは貴族令嬢オタだ。
しかも、コイツは貴族とは無縁のしがない謎の男。どこで令嬢の情報を仕入れてくるのか疑問でならない。マイケルはそう思いつつ、顔をあげると質素なドレスと薄いベールで顔を隠した女性が目に入った。
その姿を見た途端、驚いて動けなかった。
「聖女の望む物がここにあるのかね。今回のオークションは一波乱ありそうだ」
男の言葉が耳を通り抜けて、波の用に溶けていく。マイケルは未だ微動だにしない。
だた、店の奥へとひっそり…されど、誰もが釘付けになるオーラをまとって消えていく聖女を眺めている。彼女と過去の女の姿が重なるように頭の中を駆け巡っていく。
見え隠れした紫の瞳も透き通るような白い肌も仕草も何もかも違うのに本人だと直感した。
最後の瞬間までRPGのギルド受付嬢を推す俺を呆れ、笑い、それでも否定はしなかった女。
そうだ。間違いない。
前世で長い時を共にしたアイツだ。
マイケルは消息がつかめなかった親友に再会したような高揚感を味わうのだった。