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第78話 闇王

ハーラン・ジェフリー――


彼はゲーム攻略対象だ。けれど、そのストーリーは他のキャラと比べればとにかく地味なのも特徴。

それでも見せ場はある。特にハーランの生き別れた兄を中心に起こる騒動はよく覚えている。なぜなら他のルート以上に血なまぐさい連中が見え隠れするストーリーだったからだ。帝国の闇に紛れる謎の集団。いわばマフィアのような危険な匂いを漂わせていた印象を受けたけれど、乙女ゲームという側面からか、深堀される事はなかった。とにかく得体のしれない者達なのだ。ハーランは彼らに借りを作った兄のために奔走するのである。


そして、プレイヤーの分身たるマニエルの選択次第でエピローグは変わるのだ。


ある時はハッピーエンドで…。またはハーランに恋をしたパトリック王子の妹、つまり、この国の王女に助けられる事で、マニエルと破局。王女の奴隷として一生を終えるという物もある。はたまた、借金相手の寵愛を受けるエンドなど、なぜか、他のキャラクターよりもエピローグ後の設定がシビアであった。


そして、今、その得体の知れない連中の一人が目の前に立っているのである。ゲーム内でソフィアが彼らと関係を持っていたというシーンは何一つない。


この選択がのちにどんな影響を生むのか不安ではあるけれど、マニエルが死んだ時点でストーリーをたどる必然性はなくなってしまった。


それにしたってこうも簡単に奴らに会えるとはね。


支配人に目的の人物が来店したらすぐに知らせるように言いつけておいた。


ムーンレイルでつたないダンスを披露した甲斐があったと言うものね。

あそこに立たなければ、闇王を探すのも一苦労したはず。

とはいえ、ターゲットの男はゲーム画面越しで見るよりも小さく、覇気も薄い。

その男は虚ろともとれる視線でソフィアを見上げている。


「嬢ちゃん。肝が据わっているな。俺達と取引しようとは…」


はなはだ、おかしいというように鼻で笑う男に何の感情もわかない。


「取引だなんて。これは命令ですわ。この金と引き換えに今後一切、ジェフリー卿とそのお兄様には近づくなと言っているのよ」

「命令か?ますます面白い。お前は反論しないのか?女性の影に隠れているとは情けない奴だ」


荒れた酒場の最奥。下品な物言いの中年の男は嘗め回すように後ろに控えるハーランを眺めている。ゲーム内で語られる奴の嗜好を推測すると美男子がお好みであった。特に無理強いさせて、服従させるのが好きなのだ。


気色の悪い男だわ。


「随分ないい様ですわね。彼がその気になれば、あなた方などひとたまりもない」

「ソフィア様。それ以上は…。彼らを甘く見過ぎです」


危険を察したのかハーランは制しするが、彼らがソフィアに手を出せない事は把握している。同じく闇と表を行き来するサイと同種でありながら、奴はマフィアという言葉がよく似合う本物の悪党だ。義賊には程遠い。それ故に危険を察する能力は高い。弱い者は平気で足蹴りするが、権力者を無下には扱わない。自分の商売が潰される可能性があるから…。


こういう奴は世界が荒れているほど力を発揮し、どこからともなく大金を集めてくる。その手に落ちた貴族も多いだろう。しかし、すべてではない。そして、ソフィアの実家はそれらの貴族を排斥し、目の前のこの男の商売など容易くひねりつぶすだけの力を有しているのだ。

この男はそれを知っている。


私の正体など、とっくの昔に調べているはずだ。

奴の能力によって…。

もしかしたら、男の前で踊りを披露した事も知っているかもしれない。


ソフィアは自身の腕にちらつく聖女の聖遺物を悟られないように揺らす。その下品で不気味な瞳がソフィアを捉えている。それでも、臆したりしない。


「お分かりになられたのなら、取引成功でしょうか?貴方のお言葉を借りるならですけれど?」

「いいだろう。嬢ちゃんの心根に免じて…」


心にもないことを…。


「ありがとうございます。さすがは闇で生きる王と言ったところでしょうか?」

「世辞はいい」

「行くわよ。ジェフリー卿」

「まってください!」


何か言いたげなハーランの腕を掴みながら、その場を後にした。


「お嬢さん。言われた通り連れて来たぜ」


現れたサイに頷くソフィア。


「兄さん?」


状況がつかめていないハーランは意識のない兄を抱きかかえた。


「だが、無茶するぜ。この辺りの縄張りを俺達と張り合っている闇王に単身乗り込むとは…」

「闇王なんていう二つ名にしてはちっぽけな方でしたけれど…。あれではいつまで王を名乗れるのかも怪しいものです」


まあ、奴が消えた所で同じような人間がその後釜に座るだけだろうけれど…。


「どういうことだ?アンタは俺に何をさせたいんだ!」


ついに敬語すら外れて、パニックを起こしそうになっているハーランに微笑みかけた。


「心配しないで。お兄様には安全な場所で治療を受けさせたいだけよ」

「まるでマニエルみたいな物言いだ」

「彼女と一緒にしないで。私は聖女の…彼女の真似事をしているだけ。貴方に手伝ってもらうのはこれからなんだから。まだ、付き合ってもらうわよ」


そろそろ、離れた方がいい。下手に闇王なる彼の死にざまに居合わせたとなるとあらぬ疑いをかけられてはたまらない。

闇王と呼ばれた本名すら分からぬ奴はハーランルートでマニエルが対峙する事になる中ボス。マゴスの闇に触れ、目に映った者が持つ情報を引き出す力を得た堕ちた者。母親という立場に苦悩し闇に捕らわれていたレイジーナとは違う。救う価値すらない男。

そして、彼女よりも遥かに小物で扱いやすい。

聖遺物の力を少し使うだけで事足りる。そろそろ、効き目が出る頃だ。


私は確かにこの世界で生きている。ゲームの世界ではない。マニエルがあっけなく命を落としたように奴の被害者もいるはずだ。

だから、人の弱みに付け込んで自分の欲望のはけ口にするような奴を見過ごすほど、世渡りはうまい方ではない。


マニエルなら、あっさり浄化してくれるのだろう。癒しと加護の名のもとに…。けれど、私は苦しみもなく、逝かせたりはしない。耐えがたい痛みの中、悶え死ぬのがお似合いの奴には特に…。

こういう時、自分が聖女ではない事が喜ばしいわ。

ブレスレットが小さく振動した。

闇王…どうやら奴を無事浄化できたらしい。

もっと苦しんでくれてもよかったのにね。

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