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第76話 ハーランとの会話

「どういうつもりです?」

「どうとは?」

「なぜ、私を庇われたのです?恐れながら、ソフィア様には何のメリットもないはずです!」


向かいあったハーランはやはり、疑問の色を消さない。

むしろ、殺気に満ちた気配すら感じる。

それでも、抑えている方なのだろう。

出なければ、戦いの素養のないソフィアは気絶していてもおかしくはない。


「メリットがなければ、助けてはいけないのかしら?」

「貴女様がですか?」


そう言われるのも当然…。

彼としてはごもっともな反応よね。

ゲーム内にしかり、記憶が戻る前の私もハーランという青年を忌み嫌っていた。

平民出身にも関わらず騎士となり、王太子の側近となった彼の何もかも気に喰わなかった。

しかし、それはかつてのソフィアだ。ゲームをプレイした記憶のある今のソフィアは違う。

むしろ、苦労人の彼を応援したいとすら思っている。

ハーランルートは他のルートに比べると地味だったが、それはそれで味があったし、プレイヤー達の好感度も高いキャラだった。

けれど、目の前のハーランはソフィアを疑っている。

だから、心を入れ替えたとか、考えが変わったからといった安易な説明で納得するほど、おめでたい男ではないはず…。



「ヒドイいい様ね。私にどんな思惑があろうとも退学を免れたのだから、よろしいんじゃなくて?」


あえて、以前のような悪役に相応しい物言いで接した方が、納得するかもしれない。


「その真意を知りたいというのは傲慢でしょうか?」


未だ、警戒をとかないが、礼節は重んじるように頭を下げる彼の仕草一つ一つが美しい。

思えば、彼はソフィアが嫌いなぞぶりを見せつつも貴族令嬢への敬意はけして崩さなかった。

剣の実力だけではなく、こうした気配りもそつなくできるからこそ、階級意識の高い貴族達相手に上手くたち回れているのだろう。


上手くいかない場合もあるようだけれど…。


「大した事じゃないわ。ただの気まぐれね。あの学院長が嫌いだからだと思ってくれたらいいわ」


ウソではない。学院長の貴族以外を見下す態度は見ていてイライラさせられる。

かつての自分もそちら側だったと思うとなんだか複雑だわ…。


「それにしても、軽率だったわね。ただでさえ、目を付けられているのにムーンレイルで用心棒だなんて。あそこには貴族の令息もお忍びで訪れるのよ。学院の生徒だって同様に…」

「貴族の令嬢として何不自由なく育った貴女にはお分かりにはなりません。俺にだって事情はある。騎士として恥だとしても金が必要だった。それだけです」

「副業していただけでしょう?それのどこが恥だというのかしら?」

「ふくぎょう?」

「いいの。分からないなら。で、それでマニエルがどう関わってくるの?」

「どうして、マニエルの話が出てくるんです?」

「だって、彼女もムーンレイルに出入りしていたのでしょう?目撃者がいるのよ」

「なぜ、それを?」

「言ったでしょう?私はあそこのスポンサーなのよ」

「本当の話でしたか…」

「学院長にウソを言う必要はないでしょう?マニエルはあそこで何をしていたの?」

「出入りしていたわけじゃない。マニエルは…あいつは俺を心配して…」


始めて、素のハーランの口ぶりを聞いた気がする。


「心配?どういう事かしら?」

「ソフィア様も言ったではありませんか。俺は目をつけられていると…。少しの失敗で退学になりかねない。マニエルはそれを心配して…」

「随分、仲良しだったのね」

「やめてくれ。アイツが好きだったのは殿下…。失礼しました。貴女様に言うべき話題ではありませんでした」

「いいの。殿下の気持ちが私にない事はとっくに分かっているもの」


ハーランの言葉から察するとマニエルはパトリックルートを進んでいたのかしら?


「で、貴方は?彼女がお好きでしたの?」

「いえ…。友人ではありました。同じく平民出身者でしたから。話が合ったんです」

「彼女が殺された日は?マニエルに会ったの?」

「ええ、アイツは俺の用心棒業が学院にバレないように手伝ってくれていたんです。カツラとか服とかも用意してくれていましたし、見知った人間が近くにいないかなども定期的に教えてくれました。逆に俺もマニエルが隠れた人々の治療にあたっていたのを黙認した。優しい奴だったんだ。アイツが死ぬ少し前に俺は会った…。それなのに、助けられなかった。マニエルは”また、学院でね”っと笑っていたのに。”あまり無理はしないで”とねぎらってもくれたのに…」


拳を震わせるハーランになんと声をかければいいのか分からない。

私は彼の聖女ではない。友人でもない。だから…


「貴方のせいではないわ。悪いのは彼女を手にかけた奴。念のために聞かせてちょうだい。貴方は犯人ではないのよね」


あえて、分かり切ったセリフをはく。

そして、突き放す。

あくまで、ソフィアが知りたいのは彼女を殺した犯人だからだ。


「違います。断じて…」


言い切ったハーランの瞳は決意に満ちている。魔の気配も感じない。


「なら、何か心当たりはない?生前の彼女に変わった事は?」

「いや、特には…」


何かを思い出したように視線を動かすハーラン。


「何かあるの?」

「ソフィア様。なぜ、この事件に首を突っ込むんです?恐れながら、マニエルと親しかったわけではないでしょう?」


そう…。

私はマニエルと縁を結んでいない。

ただの悪女。

彼女に認識すらされていないのが悔しい。



「学院の生徒が殺されたのよ。無関係なわけないがないでしょう?それで、どうなの?」

「関係があるかは分かりませんが、事件が起こった日。最後にマニエルと顔を合わせた時、少し動揺していたんです。顔色が悪いというより、心ここにあらずと言った様子で…。クソ。あの時、もっと話を聞いていれば…」

「後悔したところで意味はないでしょう。でも、確かに手がかりではあるわ。ありがとう」


素直にお礼を述べれば、驚いた様子のハーランとぶつかる。


何か変な事を言ったかしら?


「いえ、貴女様にお礼を言われるとは思いませんでしたので…」


ああ、以前のソフィアなら絶対に口にしないものね。


「人ってね。ちょっとした事で変わったりするのよ。私も…以前の貴方への態度には非がありました。許されるとは思いませんが、謝罪します。申し訳ありません」


深々と頭を下げれば、ハーランはますます困惑している。

どうすればいいか分からないらしい。


「では、私はこれで失礼するわ」

「待ってください」

「何かしら」

「お礼をさせてください。助けて頂いたので…」


しどろもどろなハーランに思わず笑いが漏れそうになった。

やはり、彼はゲーム通りに堅物な性格らしい。


「気にしなくていい…」


待って。これはいい機会かもしれない。


「そうおっしゃるなら。手伝ってくださる?学院長の手前もありますしね」

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