「全く嘆かわしいよ。由緒ある我が校の生徒が用心棒のような真似事など…」
学院長は咎める口実を見つけたとばかりに微動だにせずに立つハーランに冷たい視線を向けた。
「学院長。ハーランの言い分も聞いてくれ」
パトリック王子はハーランを庇うように学院長に詰め寄る。
「殿下。お気持ちは分かりますが、この男はよりにもよって夜の歓楽街に出入りしていたのですよ。なんと野蛮な。節度ある貴族の令息なら絶対にしない。だから、平民を学院に入れるのは反対だったんだ。他の学生達にも悪影響を及ぼす」
「学院長といえど、それ以上、私の友を侮辱するなら…」
「やめてください」
首を横に振り、ハーランはパトリック王子を制しした。
「だが…」
「何度も言っているように学院の秩序は私が守るように国王陛下から仰せつかっているのです。殿下、ご友人は選ばれた方がよろしいですよ」
「
淡々と答えるハーランに学院長は鼻で笑う。
「今まで必要なかったのだ。由緒ある令息、令嬢方ならば浅はかな考えなど抱かない。だが、今後はそうはいかないだろうな。お前のような得体の知れない者がうろつき始めたのだ。これからは引き締めなくては…」
大げさに学院長は泣いて見せた。その間もハーランは静かに学院長を睨んでいる。
その目に殺意が宿っている事に学院長はようやく気付き、無意識に汗が噴き出してきた。
「なっ!なんだ。その目は…」
「いえ。ただ、学院長は俺のような平民には生きる価値はないとおっしゃりたいのか?」
「ふん。そんな事は言っていないだろう。不相応な場所にいるべきではないと言っているのだ。学院を去れば、好きな所へ行けるぞ。それこそ歓楽街でもどこへでも…」
恐怖から逃れようと学院長は後ずさった。それでも息が荒い。
ハーランを追い出す一手を繰り出そうとする中、麗しい声が彼らを通り抜ける。
「確かにそうですけれど、彼は騎士の称号を得る正式な王太子の護衛。そんな方を学院長があらぬ罪で追い出したとなれば、陛下だって黙ってはおられないのでは?」
学院長を含め、6つの目がソフィアに注がれた。
学院長室に少しばかりの沈黙が流れる。
「クラヴェウス令嬢。なんの用かね」
「まあ、人気者のハーラン様が突然、学院長に呼び出されたとなれば、噂の的になるのは目に見えてましたでしょう。皆、魔法決闘での件は承知しているはずですもの。学院長が優等生を目の敵にしているとね」
「なっ!口が過ぎるぞ。何様のつもりだ」
「クラヴェウス家のソフィアですわよ。おわかりでしょう?」
「君には何の関係もないはずだ」
「何度もいいますが、彼はパトリック王太子殿下付きの騎士。殿下の婚約者として見過ごせませんわ。彼の言い分すら聞かずに退学にしようだなんて…。それこそ嘆かわしい」
「ソフィアのいう通りだ」
加勢するようにパトリック王子は頷く。
「あなた方のお気持ちも分からないではないが、彼は学院に相応しくない」
「まあ、まるで駄々をこねる子供のようですわ。おばあ様に頼んで、学院長の処遇を考えてもらった方がよろしいかもしれません」
「確かにそうだな」
まるで息の合った夫婦のようにソフィアとパトリックは目配せし合う。
「私を脅すつもりですか。クラヴェウス令嬢。私は貴方様の穏便な学院生活を維持するために頑張っているというに…」
「ですが、ハーラン様への態度はあまりにもひどすぎますもの。胸が痛みますわ。学院以外での活動は制限されていない現状でその行為を咎める事は出来ないと分かっているでしょうに…。何より、夜の街に繰り出していたのは私の活動の手伝いでもあったのに…」
「はい?」
学院長の驚きの表情と共にハーランを含め、パトリック王子の頭にも?マークが現れているようだった。
「聖女候補として街の人々と関わるのは重要な使命だと常日頃から思っていましたの。何せ、貴族令嬢として何不自由なく過ごしてきた身。平民の方々の気持ちを汲み取るには彼らの娯楽を知るのが一番だと思ったものですから、ムーンレイルのスポンサーになったんですわ。ハーラン様は私の護衛兼街の様子を見聞きしてもらうために用心棒の真似事をしてもらっていたんです。ですが、それがダメだったのですわね。私が安易に頼んだばかりに…」
その場に泣き崩れて見せれば、学院長はオドオドと体を震わせ始める。
聖女候補筆頭かつクラヴェウスのご令嬢であるソフィアを泣かせたとなれば、学院長の立場も危うくなる。
「ですが、どこから漏れたのでしょう。夜の歓楽街に我が校の学生が出入りしていたわけもないでしょうに…」
ソフィアは泣く真似を続けながら、学院長に畳みかけた。
ムーンレイルのような娯楽の場を学院長はバカにするが、貴族達も素顔を隠して、出入りしている事ぐらい知っている。おそらく、この男も同様。
「うっ!もういい。この話は終わりだ」
「では、ハーラン様…いえ、ジェフリー卿へのお咎めはないのですね。学院長」
「そうだと言っているんだ。さっさと出て行きたまえ」
ソフィアはうつむいたまま、学院長室を出て行こうとする。
「大丈夫か。ソフィア?」
「平気ですわ。殿下。少し外の空気を吸ってきます」
パトリック王子に頭を下げ、彼らから距離を取る。
その足はまだ、記憶が戻る前にマニエルの姿を見た木陰へと向かう。
木々のざわめきが体を通り抜けていった。
学院長の差別意識はどうにもならない。
ヒロインたるマニエルが居れば、彼の中の凝り固まった概念もほぐせたかもしれないけれど…。
「ソフィア様」
振り返れば、ハーランの姿を捉えた。
「つけてきたの?」
彼の瞳は疑心の色が浮かんでいた。