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第74話 悪夢

微睡みの中、暗闇ばかりが広がる。足元すら見えず、感触すらままならない。

どこへ向かうのか。何を求めているのか忘れそうになる。


「どうして貴女が生きてるのよ!」


どこからともなくお腹を突き上げる叫びは良く知った少女のものだ。

もう、何十年と自問自答を繰り返してきた。


なぜ、私じゃなくて彼女が去ってしまったのか。

ゆいなよりも先を歩いていたなら、あの悲劇は起こらなかったかもしれない。

誰よりも優しく、世界に愛されていた彼女ではなく、どこにでもいる…、いえ、無価値な私が身代わりになれたらどんなに良かったかと思い続けた。

それでもゆいなは戻らない。だから、答えを見つけられないまま問題を放り投げたのだ。

それがかつての自分だ。でも今だって、ほとんど変わらない。


再会できる日を望んでいたのに、この世界に来た理由すら忘却した。

さらに、その事実に気づくのは取り返しのつかなくなった後…。


なぜ、私はこんなにも無力なの。

二度も大切な人を失うなんて…。


「貴女のせいよ」


暗闇の中から姿を現すのは聖女の微笑みを絶やすマニエル。

ゆいなの魂を持つ少女。

その瞳は咎めるような鋭さを含んでいる。

その色に見据えられて、動けなかった。


「悪女の癖に!ヒロインの私がどうして殺されなきゃいけないの?死ぬのは悪女のはずでしょう?」


まくし立てるマニエルに何か返事をしたいのに、声が出ない。


苦しい…。


でも、もっとつらいのは感情のままに声をあげていたマニエルが倒れ、青白い表情を向けているからだ。その真っ白な体から血が流れている。

彼女の死を認識した日の光景が目の前で再生されていた。

その傍らに立つ人物がいる。マニエルを殺した人物。

けれど、顔が見えない。


貴方は…。

お前は誰なの!


自由の利かない腕を振り上げた。あと少しで俯くその人物の顔を拝めると思った。

けれど、気づけばソフィアは自室のベッドの上で目を覚ます。

汗だくで、シーツがびっしょりと濡れていた。

体も重い。


「慣れない事したからかな」


夜も遅く、あれだけ体を動かしたのだから仕方がない。


あんな夢を見るなんて…。

思い出してさらに背筋に冷たい水滴が滴っていく。


太陽の光が昇りかけている。


再びベッドに入るには微妙な時間だ。


ソフィアは上着を羽織り、部屋を後にする。

しかし、向かう先なんて頭に浮かんでこない。

それでもその足はパトリック王子とマニエルが縁を結ぶ野菜畑だった。

そして、ここはゆいなの思い出にも浸れる。

マニエルとソフィアに接点などないから。

彼女を偲べない。それが悔しい。

例え、ゲーム内でヒロインと悪女だったとしても、展開は大きく変わってしまっている。

なぜだか、涙がこぼれそうになって唇を結ぶ。


「ソフィア?」

「殿下!」


やはり、王子の恰好とは似ても似つかない土いじりスタイルのパトリック王子が立っていた。

ソフィアは思わず立ち上がり、お辞儀をした。


「申し訳ありません。また、勝手に…」

「構わないさ。君は私の婚約者だ。好きにしてくれたらいい」


婚約者か。そう言えば、そうだった。

本当ならマニエルとの恋を成就させ、破棄されるはずだったのに…。

毛嫌いされていたはずのパトリック王子と友好な関係を築くなんてね。

それは恋とか愛という言葉で表せるものではないけれど…。


「どうです?野菜は育っていますか?」

「小さい物ばかりだけどね。最近、あまり育たないんだ」


マニエルが亡くなってからそれなりに時間がたった。

無意識にこの周辺に貼られていた彼女の聖なる力が弱まっているのかもしれない。


「マゴス復活が近いからでしょうね」

「復活などしないさ。ソフィアがいるからな」

「私ですか?」

「今世の聖女たる君がいてよかったよ」

「殿下。私は聖女では…。証だって出現しては…」

「そのうち現れるさ。クラヴェウス家のご令嬢なのだから。何より、最近の噂は私の耳にも入っている」

「噂ですか?」

「魔物を倒したそうじゃないか。それに、領地ではマゴスに堕ちた者が引き起こした事件を解決したのだろう?」

「ミルトンからお聞きに?」

「ああ…。姉の武勇伝を嬉しそうに語っていた」

「武勇伝だなんて。すべては先代の聖女の残した聖遺物のおかげです」


無意識に腕のブレスレットをさする。


「殿下。日も昇ってまいりました。私は失礼させていただきます」

「あっ!ああ…。引き留めてすまなかった」

「とんでもない」


まともにパトリック王子を見られなかった。今朝の夢といい、罪悪感に支配されそうになる。

まるで何かから逃げるようにその場を立ち去った。

呆気にとられるパトリック王子の視線よりも誰もいない所に行きたかった。


聖女ではないのに、周りの者達は聖女だと祭り上げてくる。

こういう感覚を本来のソフィアはずっと感じ取ってきたのだろう。

いえ、彼女も私なのかもしれない。

ソフィアとして生きた人生も記憶として残されているから。

それすら、もう少しで終わる。マニエルの事件が解決して、私が生贄に差し出せば…。

すべて丸く収まるのだから。


「お嬢様。どちらに行かれていたのですか?」


部屋に戻るとシエラのホッとした顔とぶつかった。


「ちょっと散歩にね」


緩やかに微笑み腰掛ければ、シエラは紅茶を差し出す。


「よかったです。知らせが届いていたので…」

「知らせ?」

「はい。スクドのお屋敷からです」


“ソフィア様の申しつけ通りにマゴスの瘴気にあてられた人々は療養用に開放した部屋で休ませております。オリビア様は非常に博識な方で我々も勉学に励むような充実感を味わっておりますが、一つ問題もございます。どこから情報を仕入れたのか、ソフィア様の活動を妨害するように嫌がらせが頻発しております。石を投げられる程度ならば我々も対処の使用がございますが、相手には魔法の才を持つ者がいるようで困っております。一応、ご報告しておきます。パワリより”


シエラから受け取った手紙にそのように記されていた。


「結構、大所帯の移動だったから目についたのでしょうけれど。魔法の才を持つ者とはね。それは厄介だわ。対策を考えなくちゃ…」


思案を巡らせる中、壁越しに慌ただしい足音が聞こえてくる。


「何の騒ぎかしら?」


首を傾げるソフィア達。


「ハーラン様が学院長に呼び出されたらしいわよ」


壁を挟んだ先で女子学生達の声が漏れてきたのであった。

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