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第71話 カデリアスの劣情

「おい。ジュリス。ここはなんだ?」

「何って、ムーンレイルだ。ガラスの天使が有名だろう」


軽やかな口調の友にカデリアスは大きなため息を付いた。巷には夜の寝床を探すのに必死な人間達が溢れかえっているというのに、この一帯はまばゆい明りを照らし現実を覆い隠す。

正直、こういった類には興味が持てない。


しかし、友は違うらしい。それは別に構わない。

特定の相手もいないようだしな。

だからって、俺を巻き込むな。


「帰る」

「待て待て。事件解決に協力してくれたお前をねぎらうために連れてきたんだぞ」

「そんなのいらん」

「逃がさん」


踵を返すカデリアスの首に手を回したジュリスは否応なしに開店するムーンレイルの中へと連れていく。さすがはS級冒険者。力だけは強い。


「俺を置いていった罰だ。少しぐらい付き合ってもらったって罰は当たらないんじゃないか?」

「何年前の話だ。まだ根に持ってるのか?」

「当然だろ。共に冒険の旅に出ようと約束した中なのに、まさか警察に入るとはな。驚くに決まっている」

「だから、それは何度も言っているだろう」

「ああ、もういいって…。お前にも考えがあるんだろう。幼馴染とはいえ、親の顔も知らない俺とは違って、男爵家の跡取り息子だからな」


妙に棘あるのは気づかなかった事にしよう。


「今となってはS級冒険者のお前と一緒に旅はきつそうだ」

「警部殿にそう言われると照れ臭い」


誰ともつかぬ苦笑いを浮かべるジュリスはいつまでたっても自由を絵に書いたような男だ。

カデリアスだって年端も行かない頃は剣一つで魔物を討伐する冒険者に憧れていた。

すべてのしがらみから解放されて、この身だけで人生を切り開く。

ファルボー邸の近くをうろついていたジュリスと友になり、夢を語り合った頃が懐かしい。

それでも、カデリアスにとって家族も切り捨てられない。例え、意にそぐわなくても…。

今でも友としての関係は続けられてはいるが、ジュリスとは歩む世界が違うのだ。


「ところで、ソフィア様とはどうなってるんだ?」


テーブルに用意されたお酒を吹きだしそうになった。


「何がだ?」

「ナニがって…」


ニヤニヤ笑う友を小突きたくなる。


「だって、気になるだろう。モテるのに一向に浮いた話を聞かないお前が仲良くしている女性ともなると…」

「彼女はそう言うのではない」

「なら、なんだ?」


未だ、揶揄う素振りの友にどう返すのが正しいのか分からない。

ドレスを翻す彼女の微笑み、真っ白な肌が頭を駆け巡り、胸のあたりがざわめく。


「しいて言うなら、同志だ」


今はそれがしっくりくる。彼女の友の死の真相を追い求める者。

その犯人をカデリアスも追いかけているのだから。


「同志ね…。まあ、そういう事にしておくよ」

「なんか、含みがあるな?」

「おっと…ショーが始まるぜ」


話を逸らしたな。全く…。


群がる観客たる男達の沸き立つ気配と怪しさの漂う薄暗い店内がさらに辺りを暗くしていた。

中央に出現したステージにその視線が集まる。


「ガラスの天使を見た事はあるのか?」

「5回は見たね。いやあ、よかったよ。繊細で天使を思わせる美しい高音。すべてが幻想的だ」


微笑むジュリス。


「まさか、手を出してないだろうな」

「失礼だな。まだ、年端も行かない子を口説く趣味はないさ」


愉快そうに微笑む友に不信感は残る。

冒険者ジュリス・バーンは好色という噂があるからだ。

実際、カデリアスもジュリスが違う女性を連れている場面に何度となく遭遇している。


まあ、友人の恋愛事に口を出すつもりはない。さっさとガラスの天使のショーとやらを見て、帰ろう。

ステージでは煌びやかな衣装に身を包んだ女性達が軽やかなダンスを披露していた。

その後ろから真っ白なスモックと共に黒い服に身を包んだ細身の少女とも少年ともつかぬパフォーマーが現れた。


「おっ…ガラスの天使?」


ジュリスのなんとも間抜けな独り言が通り抜ける。


「あれが、ガラスの天使か?繊細要素はどこにある?」

「そうだと思うんだが…」


困惑するのは他の客達も同様で期待していたガラスの天使とは違う様相らしい。

荒々しい音楽と炎を連想させる真っ赤は照明は一人を照らし、アクロバティックなダンスと声をあげる。その瞬間、会場中に歓声が上がった。

パフォーマーに視線が集まる中、カデリアスは驚きのあまり、固まった。

ガラスの天使もとい、炎の天使のパートナーのごとくその隣に現れた女性に見覚えがあったからだ。


「おい。あれ、ソフィア様じゃあ…」


ジュリスも同じことを思ったのか、面白そうに笑っている。


なぜ、彼女がここに?

しかも、キレッキレのダンスを踊っている。

とても美しく、さらに妖艶なオーラを放つ彼女に観客たちの様々な感情が蠢ている。

その事実にひどく腹が立ち、イライラする。

しかし、自分も突如現れた彼女が放つ舞に魅せられている。


あんな顔も出来るのか…。

出会った時から様々な表情を向けてくれる彼女を守ってあげたかった。

だが、今湧き上がるのは劣情に近い。

およそ、聖女に最も近いソフィアという女性に向けていいものではない。

存外、俺もただの男らしい。我ながら笑える。

炎の天使に歓声が上がる中、カデリアスの視線は妖精のごとく舞うソフィアにくぎ付けになっているのだから。隣で友が呆れているのにも気づかずに…。

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