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第9話 警部との再会

「何をしているんだ?」


最後の手段に取っていた言葉は第三者の声によって引っ込む。

視線を声の主に向けると、見知った顔とぶつかる。


「警部!」


守衛は瞬時に敬礼した。


「おや?貴女はいつぞやの…」



「こちらの女性がどうしても公共安置所に入りたいとうるさくて…」


ソフィアはカデリアスの登場に思わず頭を抑えた。

どうせ、この男もそこらの奴と変わらない。

女性が来るところではないと追い払われるに決まっている。


「それは…レディ。先日ご遺体を見て気絶された方の言葉とは思えませんね」

「あの時は動揺しただけです。私はどうしても彼女にもう一度会いたいのです」

「後ほど彼女のご家族が見えられるはず。引き取られてから存分に最後の時を過ごされてはいかがですか?」

「その時間はマニエルとご家族の物のはずですから…私はただの部外者ですし…」


どの面下げて、彼女の家族に会えと言うの?

この世界の私は親友どころかライバルですらなかったのよ。

一緒にその死を悼めるわけないじゃない。


「はあ…。わかりました。では少しだけですよ?」


「しかし…警部」


反論しようとする守衛をカデリアスは止め、ソフィアを中に案内する。


「貴女もどうぞ」


シエラは頭を下げ、ソフィア達に続いた。



かすかに漏れる日の光を頼りに冷たい通路を通り過ぎる。

すれ違うわずかな人々はソフィア達に訝しむような視線を向けてくる。

この場所に女性がいるのが珍しいのだ。

連れてこられた部屋はとても広かった。盛り上がった布がいたるところにかけてある。

この場所に運ばれる者達がこれほど多くいるのかと絶望してしまう。

だが、何よりも信じられないのはその扱いだ。

ここで働いている者達は誰も彼もこの世を去った人々を物のように扱っている。


「おい、そこのアンタ。やるなら早くしろよ」


そうソフィア達に言いながら、髭面の男は無造作に運ばれてきた名も知らぬ人々をゴミを集約するように積み上げていた。主に変死した人々が収容され、引き取り手が見つかるまでの短い期間置かれる場所。しかし、そのほとんどは無縁仏として土に返されるか仮葬されるのがほとんどだ。


この世界に法医学という観点もなければ、亡くなった者達を弔うという精神すらないの!

こんな所にマニエルがいるなんて!


「貴女がお会いしたいという少女はあちらかと…」


彼女はこの薄暗い部屋の中でもっとも明るい場所にひっそりと横たわっていた。


まるで眠っているようだった。

その美しい金髪は健在だが、その透き通る青い瞳は硬く閉じられてしまっている。


巻かれた艶やかなまつ毛も何もかもが、前世でゆいながハマっていた『セイント・オブ・ラバーズ』のヒロインそのままだ。

ストーリーは聖女に選ばれた平民の少女マニエル・リードが攻略対象達と共に闇の陣営に立ち向かう。そして永遠に葬り去った平和な世界で彼らの一人と愛を誓う。

よくある乙女ゲームだ。ソフィア・クラヴェウスはヒロインをイジメる悪女。聖女に憧れ、されどなれずマゴスの器として世界を恐怖に陥れるラスボス。


どのルートを選択しても最終的に悲惨な最期を迎えるキャラ。

ゆいながヒロインに転生して私が悪女に生まれ変わるなんて皮肉もいいところだ。

まあ、それも仕方がない。正直あのゲームのどこがおもしろいのか前世の私は理解できなかったんだもの。


それでも、楽しそうな親友に話を合わせるために必死に予習した。好きでもない物を必死に好きになろうとした。

そんな浅はかな私には悪女がお似合いだ。目の前の少女は記憶の中のゆいなではない。それでもその魂は彼女の物だとなぜだか分かる。


あの頃が懐かしい。

思わず涙が溢れてくる。


「お嬢様…」


シエラがソフィアに駆け寄ろうとしたが、その前にカデリアスが動いた。


「レディ!やはり、出ましょう」


自然な流れでカデリアスはソフィアの肩を抱いた。温かい腕だ。


「いいえ。まだです」


私がマニエルを殺した奴を…血で染める前に彼女に触れておきたい。

その冷たくなった手をそっと握った。

カデリアスもシエラもソフィアのその行動に驚いた。例え、大切な人間であっても貴族の令嬢が平民、それも亡くなった者に触れる事はあり得ないからだ。死者は不浄の塊という考えが根付いているのもある。だが、今のソフィアにはそんな事関係ない。


マニエル…一体、貴女を殺したのは誰なの?


彼女の問いかけにマニエルは答えない。そんな事分かっているのに。

私に魔力が少しでもあればよかったのに。そうすれば、記憶の断片を読み取る事もできたかもしれない。魔力は様々な奇跡を起こす。王宮付術者の中には生身で空を飛んだり自然界を操る力を有する者もいると聞く。そしてその頂点にいるのが聖女なのだ。


全くどこまでもこの体が恨めしい。大切な人に何があったのかも知る術もないなんて。


そう思う事自体、おこがましいわね。だって、ヒロインはもう動かなくなってしまった彼女の方なんだから。ソフィアが自分の中でそう納得したその時、頭の中に様々な光景が流れ込んできた。


これはマニエルが生まれ、歩んだ記憶。彼女の両親の笑い声、その兄弟達との思い出。

どれも笑顔で満ちている。そして、聖アビステア学院に入学して、友人も出来た彼女は楽しそうにしている。そんな光景が次々に浮かんでいく。

しかし、学院での生活はいい物ばかりではなかったらしい。悪意に満ちたシーンも連なっていく。

それは平民という理由で理不尽な扱いを受ける彼女の過去だ。その中にはソフィアが出くわした場面もあった。マニエルの中ではソフィアも負の者達の一人でしかないという事だろう。

それでも、かまわない。そう思っていた矢先、流れてきたのは…。


ちょっと待って、これって…。


動機がする。見てはいけないような…でも真実の確信に近づいている気がする。


「もう出ましょう。レディ…」


カデリアスに肩を叩かれるまで、気づかなかった。

さっきまでソフィアはマニエルと一体化しているような感覚があったのに、今はもう何も感じない。それがとても、もどかしい。

分厚い壁の向こうで人の気配を感じる。


「ご友人のご家族が見えられたようです。会いますか?」

「いいえ…」


静かに首を振ったソフィアはカデリアスと向き合う。

よくよく考えればどうして彼はここに来たのだろう。


「では、私が彼女をご家族の元へお送りしましょう」


そう言った警部は脇に抱えていた帽子をかぶり直した。


「まさかそのために?」

「何かおかしな事を言いましたか?」


目をまん丸にしたカデリアスがそこにはいた。


「警部さん、変わってますわね。普通はいらっしゃらないでしょう」


こんな場所に貴族階級の警察職員が顔をだすなんて聞いた事がない。

整われた署内で印を押し、下の者達に仕事を押し付ける。

それが横行しているのだ。

ソフィアの言葉にカデリアスは申し訳なさそうに頭をかいていた。


「我々は信用されていないのですね」

「これは口が過ぎましたわ」

「いえ、構いません。私も今の組織に思うところはあるのです。だからこそ、せめて自分の目が届く所にある事件は最後まで見届けたいのです」


静かに運ばれていくマニエルを見送りながらカデリアスは言った。それが彼の本心だと信じたい。


「ですから、貴女も無茶な事はなさらないでください。いいですね」


ソフィアに会釈してカデリアスはマニエルの後につづいていく。

分厚い壁の向こうで悲しむ人達の声が聞こえる。

きっとマニエルの家族だ。

彼女を愛し、慈しむ人々の元にあの子は戻ったのね。



あの暗闇から外に出ると、その空気にホッとした。

どこまでも青い世界が広がる。闇の勢力が力を伸ばしているというのがウソのようにすら思える。


「お嬢様。あの方、素敵な方でしたわね」


そう語るシエラの頬はどこかほんのり赤い。


「そうね…」


あの警部さんはいい人だわ。ふと笑みがこぼれた。

そんな自分に驚かされる。

こんな時だと言うのに呆れたものだわ。どうかしている。

和む時間すら私にはすぎた物だというのに…。

とはいえ、大切な私の侍女が好みだと言うなら、


「シエラが気になるなら連絡先ぐらい聞いておけばよかったわね」

「違いますよ。もう、お嬢様はそちらの方面には疎いんですから」


確かに、今世どころか前世でも恋愛偏差値が特に高いわけではないけど…人生経験だけは長い私にその返しはないわよ。ちょっと、悪態をつきたくなる。


「とにかく、ここでの用は終わったから帰りましょう」


マニエルとの別れの後にこんな軽口を叩ける自身の精神状態に嫌気がさすが、どうせ復讐が終われば、去る身だ。少しぐらい気を抜いたって彼女は許してくれるだろう。

それに手がかりがなかったわけではない。


どういう理由でマニエルの記憶が流れ込んだかは不明だが、彼女は聖女としてこの世界に生み出された存在。奇跡の一つぐらい起こすのだろう。


そして、その力で分かった事。

カデリアスに肩を叩かれるその瞬間に見た彼女の人生の断片。

そこにいたのは5人の男達であった。

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