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第69話 魔物を食べる小動物

「お嬢様!」


シエラの困惑した声を聞きながら、視界を遮る柔らかい感触の何かをソフィアは引き離した。

再び、部屋中を動き回る影は思っていた以上に小さい。


「ネズミか?」


いつの間にか後ろに立っていたサイはつぶやいた。


「ネズミにしては大きすぎると思うのだけれど…」


丸々としたフォルムと薄っすらとした紫色の毛並みをそばだたせる獣が駆け巡っていた。


「まさか、魔物!」


叫ぶシエラを落ち着かせる。


「違うと思うわ。邪力の気配を感じない」


小型犬ぐらいの大きさの獣はオレンジの瞳を小刻みに動かし、辺りを見渡す。


「可愛い…」


直感的に思った事を口にしたが、含みのある四つの視線に気づく。


「お嬢様…」

「冗談だろ」


それが、シエラとサイのものだと分かり、少しムッとする。


「その反応はどういったものなのかしら?」

「令嬢は意外とセンスが個性的だと思ってな」

「なんです?藪から棒に…」


軽口を叩いたのはいいが、邪力の気配も感じて、身が引き締まった。

尻尾をはためかせる獣…いや、小動物よりさらに小さな一見すると虫のような魔物が宙を舞っていたからだ。その虫クラスの魔物を獲物とばかりに小動物は捕食していた。


まるで、好物の食べ物にありつけたと言わんばかりに喜んでいる。


「共食い?」


サイのつぶやきと同時に小動物は再び、ソフィアの元へとすり寄ってくる。


「おさがりください。お嬢様…」

「シエラ。おちついて。大丈夫よ。害はないと思うわ」

「何をおっしゃってるんです?」

「可愛い物に罪はないものよ」


微笑めば、やはり冷たい視線が突き刺さってくる。


「どんな理屈ですか。それは!」

「まあまあ、落ち着け」

「貴方に言われる筋合いはありません!」


割って入るサイにシエラはさらに噛みつく。

だが、その様子はなんだか、活き活きしている。


よかった。元気なのね。


ソフィアはシエラの様子にホッとした。


にしてもこの小動物。なんとなく、オリビアに初めて会った時と同じような感覚がする。

そう言えば、生前、ゆいながプレイしていたゲーム画面に似たキャラが出ていた気もする。


あれはどんなシーンだったかしら?

思い出せないけれど、お助けキャラだったような…。

でも違うかも?

考えても仕方がないわね。


ソフィアは虫が集団を作っていた辺りに足を進める。無造作に置かれる棚を少し動かすとぽっかりと穴が開いていた。そこから鼻を突くような邪力が香ってくる。


「どうやら、魔物が巣をつくっているみたいね。蜂みたいに」


どす黒い塊が壁にくっついていた。


「まあ…」


シエラが声をもらす。


「幸い、小さな物だからほとんど害にはならなかったみたいだけれど…。聖女の聖遺物で処理できそうね」


けれど、ブレスレットを準備する前に小動物は黒い塊へと一目散に駆け出し、かぶりついた。


「こいつ、魔物が食料なのか?」


ゲテモノでも見るようなサイの言葉が響く。


「不思議ね」

「お嬢様。やはり、そんな得体の知れない物に近づかない方がよろしいのでは?」

「いいじゃない。魔物を食べてくれるなんて。今のご時世にはありがたいことよ」


あやすようにその毛並みを撫でれば、嬉しそうに鳴く小動物は再びすり寄せてくる。


可愛いというだけではない。魔物を食べる謎の小動物。

あやふやなゲームの知識が詰め込まれた直感がこの子が必要だと告げていた。


「なついているし、私と一緒にいく?」

「お嬢様!」

「聖女様がいうんだから間違いないだろ」

「サイ。私は聖女じゃありませんからね」

「おっとこれは失礼しました」


おどけたようにサイは敬礼した。

意外とノリがいいタイプだったのね。


さてと、ソフィアは再び小動物に向き直る。


「貴方の事は何て呼ぼうかな?ムーンレイルで出会ったんだし、やっぱりレイルにしようかしら?」

「ムーンじゃなくてそっちを取るのか」


サイのツッコミをよそに、小動物はまるで最初からソフィアを主と認めていたようにポケットに収まった。


安心するのかしら?


でも、マニエルに関する情報は何もなかった。

やっぱり、他人頼りにしすぎたのかも。

一向に彼女の事件に近づいている気がしない。

思わずため息が漏れた。


「なんで、こうなるのよ!クソっ!」


近くの部屋から叫び声が響き渡り、ソフィアは思わず飛び出した。

向かいの部屋でエルがナイフを振り上げていた。


美しかったであろう花柄の壁はナイフで傷だらけで見る影もない。

興奮しているエルが再び、壁を傷つけようとする中、サイがその小さな体を抑え込んだ。


「やめろ!」

「うるさい!邪魔をするな!」


喚くエルはおもちゃを取り上げられた子供のように喚き散らす。


「何がそんなに嫌なの?」


ソフィアの問いにエルの鋭い視線が向けられる。


「貴族様に何が分かる!」

「分からないから聞いているのよ。今の貴方を見ているとそうね…口にするなら悪ガキのように駄々をこねているようだわ」

「お嬢様。さすがに女の子に悪ガキとは…」

「僕は男だ!」


シエラの反論にエルは叫んだ。


「えっ!男の子だったの?」

「シエラ。そこは問題じゃないのよ」


ソフィアは苦笑いを浮かべる。


「気づいていたのか。さすが令嬢だな」


サイはと言えば、関心だなと言いたげに何度も頷いている。


「サイは知っていたのね」

「まあ、昔からの付き合いだからな」


肩をすくめるサイ。


「お前が余計なマネするから…」

「衣装を提供した事?」


顔をそむけるエル。


「ステージに立つのがそんなに嫌なの?」

「そうじゃないけど…」


サイはエルの頭を軽くどつく。


「ほっておけ。令嬢。コイツと関わっても疲れるだけだぞ」


ソフィアは首を横に振り、エルの前に膝をつく。


「言いたい事があるなら、はっきり言ってちょうだい。商売道具の衣装を無茶苦茶にして、壁を切り裂くほどの怒りはどこから湧いてくるの?無知な私に教えてくださらない?」


すねる子供に語りかけるようにソフィアはエルの顔を覗き込む。

それに答えるように彼は視線をこちらに向けたのであった。

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