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第67話 ムーンレイルのお騒がわせ娘

夜の街を彩るムーンレイルには華やかな女性達が踊り、歌い、そのショーは訪れた者達を夢の中へといざなう。大人達の遊び場。


そんな場所にマニエルが出入りしていたの?


いえ、彼女だってヒロインなのだ。可憐で見る者をウットリとさせるだろう。

しかしだ。ゲーム内で踊り子に扮するイベントなんて存在していない。

接点があるとは思えない…たぶん?


起こっているすべてがソフィアの…私のバカな頭の中でこべりついている知識とかけ離れつつある。

その事実に思わず眉間にしわがよった。


「お嬢様。申し訳ありません。やはり、私のせいで体調が…」


一歩後ろを歩くシエラが肩を落とし、縮こまっていた。


「違うわ。大丈夫よ。何より、それをいうなら、シエラの方でしょう?もう、体の方は平気なの?まだ、部屋で休んでいた方が…」

「いいえ。お嬢様のおかげで吹っ切れました」

「そう…。ならいいんだけど…」


ずっと何かを思い詰めているシエラの本心が気にならないわけではないけれど、いくら、雇い主とはいえ、なんでもかんでも聞くのは違うわよね。

でも、マゴスの闇に捕らわれるほどだったなんて。

思えば、シエラの事、何も知らないのよね。

いやいや弱気になってはダメよ。こうして、連れ戻せたんだからそれでいいじゃない!


あのまま、連れ戻せなければ、最悪彼女をころ…。


そこまで考えてやめた。

ゾッとしてシャレにならない。


ソフィアは背筋を伸ばして、心持ち動かす足を速めた。

歓楽街って言うのは、昼間と夜とでは装いが全く違う。

照らされるネオンはまだ明りが灯ってはいない。


「なぜ、ムーンレイルに?言ってはあれですが…。お嬢様が訪れるような場所では…」

「う~ん。ショーに興味があるの。この先、スポンサーにでもなろうかしら」

「お嬢様がそうおっしゃるなら、何も言いませんが…」


人通りがまばらなムーンレイルの扉は無造作に開かれており、関係者が慌ただしく出入りしていた。


「なんだって!衣装が?また、お前の仕業か。エル!」


高く伸びた黒いハットと特徴的な髭が口元から左右に伸びた男性の怒鳴り声が響いた。

広がる舞台の上に無残に切り刻まれた衣装が積み重ねられている。


「ヤバい!」


集まった美しい容姿の踊り手たちが肩をくすめている中、ひと際、華奢で、妖精のような可憐さを持つ少女が飛び出した。


「衣装がないなら、今日は舞台無しよね!」


悪びれなく、笑うエルの海のような瞳がきらめく。


「バカ言え。穴をあけるわけないだろう」

「ちぇっ!」

「エル!なんだ。その態度は!言葉遣いも治せ!」

「ふん!」


そっぽを向くエルは軽やかに天上から吊り下げられるブランコに飛び乗る。

とても軽やかだ。


「あの子にも困ったものです。小道具だけに飽き足らず、衣装も切り裂くなんて…」


中年の女性がつぶやいた。


「あれでも一応、うちの看板なんだ。ショーに出てもらわなきゃ困る」

「それでも衣装がアレでは…」

「すぐに用意できないものか…」


踊り子の女性とハッドの男性は肩を落とす。


何だか、お取込み中の所に来てしまったわね。

この様子じゃマニエルの事を聞いても相手にしてくれるかどうか。

よし、決めた!


「あの、その衣装、私が立て替えましょうか?」


ソフィアは静かに男性に前に歩み寄る。


「だっ誰です?」

「ムーンレイルのファンとだけ申し上げても?」

「何よ。アンタ!部外者は黙ってなさいよ」


エルと呼ばれた少女はブランコの上からソフィアを睨む。

そこまで、敵意をむき出しにしなくても…。


「失礼だぞ。申し訳ありません。あれは私の”娘”でして。名乗るのが遅れました。ムーンレイルの支配人をしております。ジョリズ・イーダーでございます。お嬢様」

「貴方が支配人ですか。では話が早いですわ」

「衣装を提供してくださるとの申し出ですが…。本当に?」

「ええ…」

「ちょっと、父さん。そんな得体の知れない奴に…」

「誰のせいだと思っているんだ。お前は黙っていろ。失礼しました。貴族様…」


へえ~。私を一瞬で貴族だと見抜くなんて。さすがは客をもてなすスペシャリスト。


「シエラ」

「はい」

「メアリーとその祖父に言づけを頼める。ショーで使えそうな服を数十着、準備させるように…」

「分かりました」


シエラは深々と頭を下げ、ムーンレイルを後にする。


まさか、こんな形で買い取ったブティックを役立てる事になるとは思わなかったわ。


「ちょっと、勝手に決めないでよ!まさか、ムーンレイルを買収する気!」


軽やかなステップで天井から降りてきたエルはソフィアに飛び掛かろうとする。

そのスラリとした足が見え隠れした。


だが、一向に衝撃は訪れない。

ソフィアを守る様にエルの体を抱え込む鍛えられた腕が目の前に飛び出してきたからだ。


「サイ!邪魔するな!」

「この人に怪我でもさせて見ろ!銀の月を敵に回すぞ」

「げっ!」


突如、現れたサイに突っかかるのはやめたのかエルはしぶしぶ、ソフィアから距離を取り、舞台裏に引っ込んでいく。


「サイのお知り合いでしたか」

「世話になったんだ。粗相のないようにしてくれ」

「もちろんですとも」


支配人はすでに営業スマイルになっている。こういう人間はやりやすい。


「かわりと行ってはなんですが、劇場内を好きに見てまわってもいいでしょうか?」

「もちろんですとも…」

「それから、少し聞きたい事があるのですけれど?」

「なんでしょう」

「マニエルという少女を知りませんか?」

「マニエル?さあ、どうでしょう」

「金色の髪と青い瞳を持つ少女です」

「そう言った外見の子は結構いますから。オーディションに来た子でしょうか?」

「いえ~」


やっぱり、そう簡単には分からないか。


「では好きに見てください」

「衣装が来ましたら、また声をかけますわ」

「ありがとうございます」


浮足立って去っていくジョリズの動きは少し面白い。


コメディアンなのかしら?


「ところで、ムーンレイルと関係があったの?サイ」

「この街で銀の月が関わっていない方が稀だ」

「早く知らせてほしかったですわね」

「だから、こうして手伝いに来ただろう?」

「手伝いね。にしても、支配人はマニエルの事を知らないようだったけれど?」

「銀の月の情報に間違いはないと思うんだがな。それより、頼まれた件は無事完了した」

「仕事が早くて助かるわ」

「銀の月だからな」


微笑み返すが、かすかに香る邪力の気配にソフィアの額に力が入った。

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