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第63話 失踪事件の痕跡

帝国の首都は夜中でもけして静かにならず眠らない。

暗闇の中に咲くネオンは人々を幻想の世界へと導く。

それがいつもの姿だ。しかし、ソフィアが踏み入れたそこは夢すら与えてくれない鬱蒼とした裏通り。人知れず夜を生きる者達と相まみえる場所。


「令嬢。足元に気を付けてくれ」


粗暴な、けれど、最低限のレディーファーストを実践してくれるサイに頷きその後に続く。


「頭!」


突然、周りに同年代の青年達が集まってきて驚いた。

彼らの視線はサイの後ろに隠れるように立っているソフィアに向けられている。

そのどれもが好奇心に満ちている。


「こちらの令嬢が失踪事件を手伝ってくださる方だ。いいか。お前ら、少しでも粗相をしたらこの俺が許さない!」

「誰がサイの女に手を出すかよ!」


軽口を叩いた一人の青年にサイの鉄拳がふる。


「イッテっ!」

「そういう発言も処分の対象になると心得てろ」


思わず頭を抑えるが青年の顔は笑顔である。

彼らの間に信頼関係が見て取れて少し微笑ましく思った。


だが、サイは申し訳なさそうにソフィアに頭を下げる。


「若い者が余計な事を…」


目の前のサイだって十分若いうちに入るでしょうに。

彼らのような存在は能力主義で年功序列ではないのかもね。


「構いませんよ。面白い方ですから」


思わず笑みがこぼれた。しかし、一定の間隔で現れる建物の隙間から表通りの明りが漏れてきて我に返った。確か、ムーンレイルがあるのもこの辺りだったはず。


「俺達が把握している限りで一番新しく子供が消えた場所はもう少し先だ」

「では行きましょう」

「すまない」

「何がでしょう?」

「ムーンレイルが気になるんだろ?」


真っ赤なライトで客を呼び寄せる幻想的な建物が視界の隅をかすめる。

マニエルの姿が目撃された場所。

確かに彼女の足取りを早くつかみたいという思いはある。


「今はこちらの方が重要ですわ。子供が消えているんですから」

「ふっ!令嬢はやはり変わっているな」

「なんです?藪から棒に」

「すまんな」

「さっきから貴方は謝ってばかりですのね。銀の月を束ねる方とは思えませんわ」

「辛辣だな」

「先に吹っ掛けたのはそちらでしょう?」


参ったなといった様子で肩をすくめるサイの真意を確かめるようにその顔を見上げた。


「貶すつもりで言ったわけじゃない。俺の認識じゃあ、貴族は庶民の子供が消えた所で意に返さないだろう?だが、令嬢は夜中に関わらず学院を抜け出してここにいる」

「助けを求めてきたのはそちらだと思っていましたけれど?」

「確かにそうなんだが…」


言葉を濁すサイ。彼の中で、ソフィアの…私の行動を処理しきれていないのだろう。


「難しく考えないでください。私にとっては貴族も庶民の命も等しく同じなのですよ」

「そうか。ならいい」


そもそも、動くのが遅いとさえ思う。大抵の問題なら銀の月が解決できるはず。

彼らは街の護衛なのだ。そのトップが私に頭を下げるなんてよっぽどの事態だわ。


「あそこだ」


レンガ調の建物に挟まれた長い隙間。


「行き止まりですのね」

「そうだ。だが、この近くで子供が消えた。俺は見た」


どこもかしこも空気が悪い。しかし、この一帯だけさらに靄がかかったようにどす黒い。

思わず吐き気がして、口を押えた。


「令嬢?」

「大丈夫ですわ。本当に…」


聖女のブレスレットが小刻みに揺れている。


「邪力の気配がする」

「やはりか。ならマゴスが復活したのか?」

「それなら、もっと人が死んでいるでしょうし、人知れず連れ去る必要もないはず」

「確かに…」


ソフィアはその視線を周囲を見渡すのに全力を注ぐ。

腕を動かし、振動の強弱を確かめれば、地面へと意識が向いていく。


「邪術の香りがするわ!」


ソフィアはラ・ルチェ・ガンを胸元から取り出し、地面に向かって数発撃った。


「おい!」

「心配しないで。この銃は聖遺物ですから。邪術への対抗力は高い」


弾が食い込んだ部分を機転に禍々しい色を放った線がうっすらと浮かび上がる。


「これは!」

「邪術を発動するための印ですわね。おそらく、瞬時に別の場所へと移動させるために特化した物。残念ながら、ここに残されているのはもはや痕跡だけでどこに続いているかは分かりませんけれど…」


そうしている間に円を描く細い線は消えかかっていた。


「子供達はどれぐらいの間隔で消えたんです?」

「ああ、最初は3週間程度だ。だが、最近は一週間ほどの間隔に狭まっている。全く舐めた真似してくれるよ。俺達の目と鼻の先で…」

「でも妙ですわね。マゴス復活が近いとはいえ、首都は女神様の結界が強い地。さらに聖なる魔法の総本山ともいえる学院も構えているんですよ。そんな場所で頻繁に邪術を発動する事は難しいはず」

「確かに…」

「しかも魔法の中でもテレポート系はかなり珍しいですわ」

「へえ~」

「魔法が馴染むこの地で邪術でその力を再現するのはさらに難易度が高いはず…」

「何が言いたい?」

「思っていた以上に組織化されているんじゃないかしら?この事件…」


こんな事件、ゲーム内では語られていなかったのに…。

消えた子供達の安否も分からない。


ゆいななら…いえ、マニエルならどうするのだろう。

きっと彼女なら本物の聖女の力ですぐに解決できるのに。

得体の知れない不安感が押し寄せてくる。


きゃああっ!――


突然、建物を挟んだ先で悲鳴が漏れた。


「何!」


考えるよりも先にソフィアもサイも同じ方向に駆け出したのであった。

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