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第61話 真夜中の訪問者

「当然、訪問者を招くような時間ではないと承知してらっしゃるわよね?」


ソフィアは招いた覚えのない男に責めるような、それでいて面白そうな視線を向ける。


「悪いな。急ぎだったもんで…」


見知った仲というには浅い関係のサイの登場に本能的に警戒心が湧き上がってくる。


「まあ…緊急だったら、女性の部屋に無断で入り込んでもいいとおっしゃりたいの?」


降参と言いたげに両手をあげるサイ。

不審者として警察に突き出されてもおかしくはない状況の中でも彼は屈託ない笑みを浮かべている。


曲者なのかしらね。そもそも危害を加える気ならとっくにやっているはず。

シエラに見つかれば、彼女の事だ。サイに掴みかかるだろう。


体調が悪いあの子にはゆっくり休んでほしい。


何より、初めてあった時の彼の行動を思えば、戦闘スキルは高いはず…。

ただの小娘の私では太刀打ちできない。

それに彼がここに来た目的があるとすれば…。


「マニエルの件に進展でも?」

「すまない。たいしたものはない」

「そう…」

「だが、一つだけ」


サイは人差し指を差して言葉を紡ぐ。


「お嬢さんの友人と似た特徴のある少女がムーンレイルに出入りしているのを見たと…」

「ムーンレイル?」

「いわゆるキャバレーだな」

「キャバレー?」

「貴族のお嬢さんはキャバレーを知らないのか?」

「知ってますわよ。パフォーマーがショーを見せてくれる場所でしょう?もちろんそれ以外のサービスも提供しているって事も…ね」

「おお…」


彼の歯切れが悪いのはソフィアが深淵の令嬢だと思っていたからだろう。


「こういっちゃ悪いが、アンタの友人はもしかしたら夜のお仕事でもしていたんじゃ…」

「それ以上は結構です!」


語尾が強くなってしまった。マニエルが娼婦だったとでも言いたいらしい。

確かに、様々な事情で春を売る女性も男性はこの世界にもいるはずだ。


彼らの生き方を否定できるほど、私はお高くとまってはいない。


もしかしたらマニエルだって…。

いいえ。あの子は18禁乙女ゲームのヒロインではなく、全年齢対象ゲームのヒロインなのよ。

そんなハードなルートが用意されてるはずはない。

それでも、街の隅々まで知るであろうサイの情報を無視する事もできない。


「とりあえず、ありがとうございます。これで足りるかしら?」


サイのような男はお金が物を言う。当たり前のように金貨を数枚、その手に乗せる。


「実は本題は別にあってだな…」


ばつが悪そうに頭をかくサイは金貨をソフィアに突き返した。


「あら、そうですの?」


これは話が長くなりそうだ。そう直感した。


「紅茶でもいかが?」

「いや、いい」


ソフィアはポットにお湯を注ぎ、テーブルについた。

やはり、カモミールティーは落ち着く。


「ソフィア・クラヴェウス様。どうか、私どもにお力をお貸しください」


さっきまでおチャラけていたとは思えないサイの真剣なまなざしに自然と背中に力が入る。

しかしその前に確かめたい事がある。


「私、貴方に素性を語ったかしら?」


琥珀色に染まるカップに瞳を映した。

サイは立ったまま、首を横に振る。


「いいや。だが、俺のような者は情報が命だからな。こういっちゃあれだが、お嬢さんの身元はすぐに分かったぜ。何せ聖女候補の筆頭だからな。それに、地下にいる奴らを助けただろう?噂はすぐに耳に入る」


彼がもたらしたマニエルの情報の正確さは脇に置いておくとして、私の寮に押し入った所を見ると、調べ上げる能力は確かだと確信できる。


ユウ君たちの事も把握しているとはね。


「とはいえ、今日まで中々会えずじまいだった。そんなわけで強硬な手段に出させてもらったってわけだ」


無作法ながら、頭を下げるサイ。

実家に帰っていたし、戻ってきてからも何かとバタバタしていた。

彼の言い分も理解できる。


「で、私に用があったのですね」

「ああ…。初めて会った時に失踪事件について話しただろ?」

「子供が消えるという?」

「また一人消えた」

「それは良い話ではありませんね」

「この件、邪術がらみじゃないかと思うんだ」

「ますます穏やかじゃありませんわね。根拠がおありで?」

「いいや。だが、子供が一瞬のうちに俺の目の前から消えた。そんな芸当、魔力か邪術しかありえない」

「でも魔法ではないとおっしゃるんですね」

「魔法なら、俺達でもその痕跡を探れる。そこかしこに魔法の技術が使われているからだ」


魔法絶対主義的なこの国ではあらゆる場所で魔法技術が使われている。

そのため、魔法の残留物もいたるところで見られる。彼ぐらいの実力なら魔法探知は可能なのだろう。

闇市だとその手の魔具の取引も頻繁にされているでしょうしね。


「けれど、マゴス由来の邪術では無理だと?」

「不用意に近づけばこちらもただでは済まない。下手をすれば、魔物に堕とされる可能性もある」

「だから、私の力を借りたいとおっしゃるのね」

「そうだ。アンタは聖女なんだろ?以前、俺を助けた力が何よりの証拠だ」


参ったわね。あれは先代聖女の力だし、私にどれだけの事が出来るか。

しかし、いくら助けがいるからという理由があっても、貴族に不満を持つサイが公爵令嬢である私に助けを求めに来るぐらいだ。状況はかなり悪いのだろう。

さらにそれが邪術がらみだと聞けば、放ってはおけないのも事実だ。

ただでさえ、マゴス復活の影響なのか治安が悪くなる一方なのに。

領都での出来事も考えれば、マニエル事件を解決する前にマゴスが復活してしまいかねない。


仕方がない。聖女でない私でもできる事はあるはず。


「部屋に勝手に入った事は今回は咎めないでおきましょう」


そう言えば、サイはソフィアが話に乗ったと解釈したのかホッと息をつく。


「で、私に何をしろと?」

「この失踪事件の原因を突き止めて欲しい。そのために俺と一緒に街に来てくれ」


膝をつき、手を差し出すサイ。その指を掴めと言うのかしら?


ソフィアに迷いはなかった。

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