スクド家の当主との会談はクラヴェウス家とスクド家の過去の因縁を浮き上がらせる事になった。
胸が締め付けられる真実。けして、表に出せない秘密。
取引材料にするのは気が引けたけれど、なりふり構ってられない。
いつまでもこの世界に留まってはいられないのだから。
それでも懐かしい思い出も頭をかすめた。
幼いころ、短い時間だけだったけれど、存命だったひいおじい様と言葉を交わした。
もはや、いつ生を終えてもおかしくない老人の優しい笑みを朧気だが覚えている。
そして、いつも友人との武勇伝を話す姿はイキイキしていた。
まだソフィアが暖かな空気を纏っていた頃の数少ない楽しい記憶。
その裏にある悲しい愛など知る由もなく、おそらく、私が前世を思い出さなければ一生隠されたであろう物語。
クラヴェウスの一代前の当主。
ソフィアの曽祖父セザール・クラヴェウスとかつてのスクド家の当主との悲恋はゲーム内でも少しだけ触れられているからだ。
実の兄を愛し、その愛する者に殺されかかったセザール。クラヴェウスの当主として、愛しい者を処断するしかできなかった彼はその後も兄を兄弟に向ける物とは違う意味で想い続けた。
それでもかつてのソフィアにとっては血のつながったひいおじい様だったのだ。
しかし、今はその感覚は変わってしまった。
ゲーム内でセザールは死の間際、マゴスと取引したを事が語られているからだ。
その魂は死後、闇の者の手に落ち、愛する者の血を引くパワリにとりつく。
そして、時にマニエルの脅威として立ちふさがるのだ。
だが、それは限られたルートのみに出現するイベント。
パワリがソフィアへの憎悪を募らせ、かつ邪力が込められた邪具に手を出さなければ回避できる。
私の申し出に率先して引き受けた彼の真意は測りかねるけれど、次代のスクド家の当主を闇へと突き落とす邪具の探索はした方がいいかもしれないわね。
とはいえ、ひとまずは目的を達成した事を喜んでおこう。
砂利道を走る馬車の振動も慣れてきた気がする。
相変わらずシエラは青い顔をしていたにも関わらず、御者台に座ると言い張った。
そんなに外の空気が恋しいのかしら?
気分を落ち着かせるにはいいのかもしれないけれど…。
「警部さん。妙な話に付き合わせてしまいましたわね」
「いえ…」
隣にピッタリと腰掛けるカデリアスも屋敷を出てから、口数が少ない。
やはり、引かれてしまったかしら。
「できれば、屋敷での会話は外に漏らさないでもらえるとありがたいのですが…」
スクド家で語られた会話は両家が隠す最大の秘密だ。しかし、すべてが語られたわけではない。
かつての当主たちは愛し合っていたという事実だけ。
だから、警部が他の誰かにクラヴェウスのスキャンダルを話したところで今更である。
とはいえ、噂の種になるのはあまり嬉しくはない。
本来、部外者の彼を連れていくべきではなかったのだろうけれど、離れがたいとも思ってしまった。
緊張していたせいかもしれない。それでも軽率だったと今は後悔している。
「安心してください。誰かにあえて話を広げるつもりはありません。私も下級とはいえ貴族の出ですから、レディのお気持ちを推測することはできます」
「警部さん」
「武功をあげ、爵位を賜った者などを覗けば、貴族の大半は帝国建国時代から存在する者達でしょう。どの家にも大小さまざまな秘密は抱えているものですよ」
「そう言っていただけて、ホッとしました。ありがとうございます」
「とは言っても、王家に連なるクラヴェウス家と一介の男爵家である我が家を比較する事はできませんね。むしろ、私はスクド家を他人事のようには思えないのです」
「えっ!」
「いえ、口が過ぎました。忘れてください」
自嘲気味に笑うカデリアスがどこか鬱蒼とした雰囲気を醸し出している事に一瞬、寂しさが募った。
無意識のうちにその腕を抱きかかえるように掴んでいた。
「レディ?」
「ごめんなさい。私ったら…」
とっさに腕を離すが、今度はカデリアスがソフィアの手をそっと握った。
「少しだけで構いません。このままで…」
「ええ~。わかりました」
暖かな感触から彼ともソフィアともつかない静かな鼓動が腕へと伝わっていく。
「私の一族もかつては上級貴族だったのですよ。信じられない話ですが…」
「そうなのですか?」
「もう遥か遠い昔の頃だそうです。記録にすら残っていない。それでも本家の連中は王家に連なる名家だと信じている。機会さえあれば、再び、中央に返り咲けると息巻いているのです。哀れな人々ですよ。当初、スクド家もその類だと思っていました。過去の栄光にすがる者達だと…。ですが、レディの申し出を受けた彼らには筋の通ったプライドが見て取れた。どれほどの逆境にあっても、人知れず一族の在り方を守る。あれが、本来の貴族のあるべき姿だとすら思いました。手段を選ばずに他者を蹴落とす事だけを望む我が家とは違う。スクド家にレディという救い主がいてよかったと思いますよ。本当に…」
こんなに流暢に言葉を紡ぐカデリアスを初めて見た。
いや、彼の事を私は何も知らない。
その事実を受け止めるとどうしてだか胸がざわめく。
その意味に知らないふりをした。
もう何十年と経験していない。
それは私には許されてはいけない感情。
きっと泣きたいのは、ソフィアに寄りかかる警部が生気を抜かれたように落ち込んでいるからだ。
彼の背中にのしかかる重圧が視覚になって色を出しているような感覚を私は知っている。
だから、こんなにもカデリアス・ファルボーという青年を抱きしめたくなるのだ。
私に…ソフィアによく似た絶望を彼も味わっていると直感するから。
「警部さん。今は私達だけです。街につくまでこうしていましょう」
赤子をあやすようにカデリアスの背中に手を回し、その体温を温めあう。
これはきっと、同属への慰め。共感なのだ。
それ以外にこんなにも惹かれる理由はないはずだから。