幼い時からスクド家が建国時代から続く名家で、その繁栄を支えてきたのだと何度も聞かされ続けてきた。十数名の一族たちがひっそりと暮らす屋敷も初代スクドが王家から賜ったのだと恍惚に話す父にパワリは首をひねるばかりだった。
なぜなら、大人達がいかにスクドを褒め称えようとも、一歩外に出れば、闇に堕ちた一族だとさげすまれたからだ。その理由を一族の誰も話してはくれなかった。
ただ、わけもわからず、出会った人々に憎悪のまなざしを向けられ、理由も語られずに蹴られ、罵倒される日常が当たり前だった。
どれほど、血を流して帰ろうと、父は黙って受け入れるように言うだけ。
過去の栄光にすがる話ばかりするくせにと腹が立った。
「お前もいずれ、スクドの当主となるのだ。ならば、我慢強くならねば…」
数多くの武勇伝を残したスクド家がなぜ、このような扱いをされなければならないのか、パワリの中で疑問が膨れ上がっていく。
「先代様も余計な事をしてくれたものだ。主に刃を向けるなど…」
「しかし、それも仕方がない。そうだとしても、クラヴェウス家を怨むよ」
「いっそ、一族もろとも殺してくれればよかったものを…」
ある時、いつものように血を流して帰ったパワリは大人達の会話が聞こえてきた。
「クラヴェウス家…」
スクド家が長年仕えてきた公爵家だという事は知っていた。
だが、大人達は彼らについて語ろうとはしてくれない。
だからパワリは自分で調べる事にしたのだ。屋敷には多くの書物や歴史書が保管されていたから。
それらの情報を繋ぎ合わせて、祖父の代の頃、クラヴェウス家にスクドの家門を剝奪されたのだと知った。
その理由は祖父がクラヴェウス家の当主を殺そうとしたから。
仕える者が主に刃を向けるのは絶対にあってはならない。それは幼いパワリにもなんとなく理解していた。それでも、たまに豪華な馬車や煌びやかな服を身にまとう貴族を見るたびに胃のあたりがキュッとなった。
スクド家だって、貴族だ。力のあるクラヴェウス家に追い出されたとしてもなぜ、庶民以下の扱いをされなければならないのか。そんな事ばかり考えるようになった。
毎日のように泥水をすすり、大きいばかりで朽ちていく屋敷の修繕に追われる日々はもう嫌だった。
大人達は近隣から嫌がらせを受けるたびに頭を下げる。それもこれもすべてクラヴェウス家のせいだと思うようになった。
「クラヴェウスを許さない!」
パワリはクラヴェウス家への復讐を決意した。そのためなら、なんだってやるつもりだった。
それなのに、16歳の誕生日を迎えた日。
「お前は次代のスクドの当主となる」
書斎で静かに父は言った。はく奪された家門の当主などなんの意味があるのかとパワリは思ったが、言い返さずに向かい合うようにソファーに腰掛けた。
「だから、事実を話しておく」
静かに語りだしたクラヴェウス家とスクド家が隠す秘密をパワリはこの時知った。
だからと言って、クラヴェウス家に恨みがないわけではない。
しかし、どこか拍子抜けしたのは事実だ。
父の話を受け止めるにはパワリはまだ幼かった。
フラりと屋敷を抜け出し、気持ちを切り替えようとした。
近くにあった、木に登り、月を眺めていた。
その時に首を吊ろうとしていた若い青年を見つけた。
彼にもパワリが見えたのだろう。
「げっ!」
青年は小さく驚きの声をあげてて、尻餅をついた。
それがモリ―ト村の村長の息子との出会いだ。
「お前なんだ?」
川辺に佇む彼は父から冒険者になるように言われ続け、うんざりしていると語った。
体の弱い自分が冒険者などなれるわけないと…。
そして、彼はスクド家の者だと名乗ったパワリにも分け隔てなく接する優しい青年だった。
身近に歳の近い者がいなかったせいだろうか。彼との会話は楽しかった。
だからこそ、二人は友人になったのだ。
彼との時間はパワリに喜びを与えた。
しかし、それも5年ほどで終焉する。彼が死んだからだ。
ショックだった。自分がその犯人だと疑われても言い返す気力はなかった。
人生で唯一出会えた友を失った。その事実を受け止められない。
そんなパワリの前に現れたのは復讐相手であるクラヴェウス家の令嬢だった。
思い描いていた憎しみの対象にしては凛として、美しい人だった。
何より、友の死の真相を暴き、パワリの疑惑を晴らしたソフィアという女性に興味すらわく。
我ながら、ムシのいい話だ。
その彼女がスクドに取引を申し込んだのも驚きだった。
長年、秘密を守ってきた父は消極的だが、パワリはソフィアの話に興味を持った。
クラヴェウスは今でも嫌いだが、頭の中でこれはチャンスだと告げている。
目の前の令嬢の思惑がどこにあるかなど知った事ではない。
もし、彼女が約束を反故にするような真似をすれば、かつてした決意を実行に移すだけだ。
そのためにも、ソフィア・クラヴェウスと縁を結んだ方が得策のはずだ。
なぜなら、次代のスクドの当主はこの俺なのだから。
パワリは友と出会った時以上に生を感じ、自分が高揚している事に気づいた。
ソフィア・クラヴェウス――
彼女との出会いがスクド家に…。
いや、パワリに新しい風を吹き込んでくれるような予感に浸っていた。
だから、お前の所に行くのはもう少し先になりそうだ。
パワリは逝ってしまった友に心の中で静かに謝ったのであった。