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第57話 隠された愛物語

チクタク…チクタク…。


壁掛け時計の針の音がひどく耳に残る。

通された応接間にはスクドの一族と思われる数名の老若男女の姿あった。

彼らの視線は好奇な色を持って、ソフィアに注がれている。

その鋭い視線に体中の毛穴が開くような感覚に襲われた。


まだ、ゴングすら鳴っていないのに…。


肩に力が入る。


だが、荘厳な空気感の中、飛び込んできた絵画に視線が吸い込まれる。

巨大な魔物を倒す二人の魔法使いの後ろ姿に遠い過去の記憶がちらついた。


切なさで胸が締め付けられる。


「お待たせした。アワリ・スクドです」


杖をついて現れたアワリに意識は引き戻される。

彼はパワリの父と呼ぶにはあまりにも若い。

歳の近い兄弟と言われた方がしっくりと来る精鍛な顔立ち。

そして、パワリによく似ている。


「貴方が現在のスクドの当主であられますね?お会いくださり…」

「ほかならぬクラヴェウスのご令嬢がお越しくださったのに、私共に拒否権がおありか?」


氷の刃を突き刺されたような殺気が込められている。

しかし、だからと言って、引き返すわけにはいかない。


「そうおっしゃるなら、最後まで話を聞いてくださるのですね。安心しました」


今の発言だと、反論など許さないと聞こえたかもしれない。

彼らには私は悪女に見えている気がする。

スクドの一族たちのなんとも言えない警戒心を浮かべる表情がそれを物語っている。


「お話は簡単な事ですわ。私に協力していただきたいのです」

「協力ですと?」

「ええ。私はマゴスの瘴気に苦しむ人々に治療を行う活動を支援したいと考えています。その療養先として屋敷の一部を貸していただきたいのです」


杖が激しく折れる音が応接間に響き渡る。

その一部はソフィアの頬、スレスレを突風のように突き抜けて、壁に突き当たった。

背後でシエラが小さく声をもらしたが、話に割り込む素振りはない。

屋敷に到着した時に彼女に何がっても口を挟んではいけないと言った。


その忠告をきちんと守っているようね。


シエラの隣に佇むカデリアスは気配を消したように壁に寄りかかっている。

彼も口を挟む気はないらしい。ソフィアにとっては好都合である。


「マゴスの闇に堕ちた者を我が家に招き入れる気か!クラヴェウス家はどこまで我々を…」

「彼らはマゴスに…闇に捕らわれたわけではありません。むしろ、その闇に抗う者達です」

「だから、我々で面倒見ろと言うのか?バカにするな。ご令嬢の一族から排除されたとは言え、誇りは失ってはおらぬ。マゴスの軍門に下る気はない!」


怒って立ち去ろうとするアワリの気配を感じつつ、出された紅茶をソフィアは眺める。


その地位も名誉もなくなっても過去の栄光にしがみついている。

さすがは、仮にも元貴族といったところね。

アワリという男の内情が手に取るように透けて見える。


「長年、マゴスの闇に捕らわれていなくとも、心無い誹謗中傷に耐えてきた方とは思えませんね」

「何!」


アワリの足が止まった。その顔は怒りに満ちている。


「スクド卿。貴方の考えはこの数十年、スクドに向けられた物と変わらないと自覚しての発言なのですか?」

「我々を責める気か!そもそも、この現状を作ったのはお前達の一族じゃないか!」

「そうです。だからこそ、この申し出には続きがあります。引き受けてくださるなら、再び、クラヴェウス家はあなた方を友として引き入れます。この意味がお分かりになりますよね」

「我々をクラヴェウス家の家門の列に戻してくださると言うのか?」

「ええ。そう受け取ってくださって結構です」


控えていたスクドの面々の表情が明らかに変わったのが分かる。貴族と呼ばれる者達には二種類の人間がいる。金をむさぼるだけの奴か、古くから続く家を守る事に命を捧げるか。スクドは後者だ。だから、この申し出は彼らにとってチャンスなのだ。


「うっははははは!」


高い天井にアワリの笑い声が響き渡る。


「これは愉快だ。ご令嬢。恐れながら、貴方には何の力もない。クラヴェウス家を牛耳っているのはアン夫人だ。彼女が我々を許すとは思えない」

「先代のスクドの当主がひいおじい様に刃を向けたからですか?」

「そうだ。故に我々は罰を受けた」

「それでも命はあります。本来なら一族もろとも処刑されてもおかしくはなかったのに…」


冷めた紅茶を口につければ、苦い葉の香りが舌を通り抜けていく。


「それはリリアーナ様が…」

「確かに大叔母様は聖女でした。その力も発言力もおそらく当時のクラヴェウスの中でも強かったでしょう。だとしても、クラヴェウス家の当主を…自身を狙った男の一族を野放しにはしないはずです。復讐に駆り立てられる可能性があるのですから…」

「では何だと言うのか?」

「その先を私が申し上げてもよろしいのですか?」


折れた杖を強く握るアワリ。

パワリの眉が上がったのにも気づく。

彼らは真実を知っているらしい。

ならば、配慮する必要はないのかもしれない。


「ひいおじい様と先代スクド家の当主は愛し合っていた。事件はその愛ゆえに起きた悲劇だったと分かっていたから、両者は口をつぐんだのですよね」

「バカな。この国では確かに同性愛はデリケートな話題だが、禁止されているわけではない。それに令嬢のおっしゃる通りだとしても何が変わるというのだ。マゴスの闇に捕らわれた先代が血迷い、クラヴェウスの当主を襲った事実は変わらない」

「いいえ。重要なのはマゴスの闇に捕らわれるほどの葛藤が何だったのかです。先ほど、スクド卿がおっしゃったとおり、同性愛は罰せられる物ではない。何よりあの当時、ひいおじい様も先代スクド家の当主も奥様と死に分かれていた。愛を語り合うのにそれほど高い障害はなかったはずです。では、何がスクド家の当主を追い詰めたのか?」


「ご令嬢!その先を語る覚悟がおありか?」


切羽詰まった様子のアワリを見据えた。


「覚悟も何も、すでに過ぎ去った過去です。証明する術はもはやありません。推測するしかないのです。この意味は理解できますよね」

「分かりました。ご令嬢はすべてを承知しているようだ。ならば、どうかその先をおっしゃるのはやめてくれ」


この数秒の間に一気に老け込んだようなアワリに異を唱える気にはなれない。

それもそうだろう。先代のスクド家を追い詰めた理由。

口にすることすら彼にはつらいのだろう。


クラヴェウス家とスクド家は建国時代から縁を結ぶ一族だ。

その繁栄と共に両者の間で何度も婚姻が結ばれた。

それはひいおじい様の時代も同じだった。


ひいおじい様の母はスクド家の人間だった。そして、一度結婚したのちにクラヴェウス家に嫁いだ。

先に生んだ息子を実家に残して、ひいおじい様を生んだのだ。

先代スクドの当主はその実家に残された息子。つまり、ひいおじい様の兄だった。

二人がそれをいつ知ったのかは不明だが、先代スクドの当主は実の弟を兄弟とは違う意味で愛してしまった事に苦悩したのだ。そのほころびがマゴスの闇を受け入れるに至った。


「先代当主は愛に苦しみ、ひいおじい様と無理心中しようとした。ですが、リリアーナ様の聖なる力で我に返り、自らの行いを恥じ、自害なされたのでしょう。ひいおじい様はその想いを汲んだからこそ、彼の実家であるスクド家を取り潰す事は出来なかった。例え、家門から追い出す形になったとしても…」

「そうだ。だから、今更、クラヴェウス家の列に並ぶなど…」

「本当によろしいのですか?スクド家の家門が朽ちてから何十年と立ちます。それでもあなた方はスクドの名を捨てずにいる。何より一族が守り続けてきたこの屋敷にとどまっているのはその歴史を守るためのはずです。私はこの先もスクドの名を刻む手伝いをしたいと申し上げているのです。そもそも、ひいおじい様達の物語はすでに完結しているのです。次の代には意味を成しません。そして、おばあ様もすでにお歳でいらっしゃる。クラヴェウスの長女であり、聖女のブレスレットを受け継ぐ私が戻ってこいと言っているのです。断る理由がおありなのですか?」


アワリの手は震えていた。

迷っているようだ。


「その申し出、俺が引き受けます」

「パワリ!」

「次のスクドの当主は俺のはずです。父上」

「しっしかし…」

「令嬢は次の時代を見ておられる。ならば、俺がこの取引に応じる」

「屋敷を使わせてくださるのですか?」

「そうすれば、我々を再びあなた方の一族に戻してくださるのなら」

「ええ。これは下心のある取引です。ですが、クラヴェウスの女に二言はありません」

「では、自由に屋敷をお使いください。ソフィア様」


パワリの細く、されど力強い手がソフィアに差し出される。

それをしっかりと握り返す事で取引の成立を告げたのであった。

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