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第56話 パワリ・スクド

モリ―ト村を震撼させた事件は村人たちに多大なるショックを与えた事だろう。

立ち直るのは難しいかもしれない。

何とも言えない空気に苛まれながら、村を後にしたわけだけれど…。


静まり返り、張り詰めた空気に満たされた馬車内も中々居心地が悪い。

馬車前部へと早々に逃げたシエラに少しばかり、腹を立てたいけれど、客人を放っておく事もできない。今回の目的たるパワリに拒否されても文句は言えないと覚悟していた。

けれど、彼は、その家へと送る事を了承してくれた。それは喜ばしいのだが…。


「警部さんまでいらっしゃる必要はありませんのに…。モリ―ト村の事件の後処理などもおありでしょう?」

「それは、ジュリスのバカにやらせておけば大丈夫ですよ。アウラーもつけていますし…」


なぜか当たり前のように隣に腰掛けるカデリアスの真意がつかめずに困惑する。

しかも、彼の言葉はついてきた答えにはなっていない。とはいえ、追及するのは今はやめておこう。

重要なのは目の前に腰掛けるもう一人の青年なのだから…。


「ありがとうございます」


当たり前のように口にした言葉にパワリは驚いたように目を見開いた。


「なぜ、ご令嬢が謝るのですか?」

「私の…クラヴェウス家が貴方の一族にした事を思えば、石を投げられてもおかしくはないですから…」

「先々代のスクドの主が犯した罪を思えば、当然です。何より、ご令嬢は私の疑惑を晴らしてくださった。憎むどころかお礼を申し上げるべき所です。むしろ私のような卑しい者にどのような用があるのか、いくら考えようとも答えがでかねる限りですよ」


パワリの淡々とした発言は無機質そのものだ。

だからこそ、ソフィアへの疑念が心の中に蠢いている気がした。

少なくともゲーム内で彼はクラヴェウス家への恨みを募らせていた。

スクドの一族が排他される現状を憂いで、うっ憤した思いを処理できずにいたのだろう。

そんな思いを抱えていた時にマニエルに出会うのだ。


その役どころはルートによって異なる。ある時はマニエルに立ちふさがる闇の者。

またある時はマニエルを手助けして、ラスボスたるソフィアを倒す助言を与えてくれる。

前世のゆいなは彼が隠しキャラなのではないかと疑っていた時期もあったけれど、そういう設定はなされていなかった。彼女はその事に少しばかり残念そうにしていたのが懐かしい。


「ご心配なさならいでください。モリ―ト村でもお話したように、危害を加えるつもりなどありません。私の話を聞いてくださるならそれで…。スクド家のご当主…」


ソフィアの発言を手で制しするパワリ。


「その先の話は屋敷に帰ってからと申し上げたはずです」

「そうでしたわね。失礼しました」


焦ってはダメよね。


モリ―ト村で彼に話を持ち掛けようとした時も同じ反応をされた。

私が誰であるのか、彼はすべてを承知している。


まあ、聖女のブレスレットをちらつかせていれば当然ね。

その上、聖女候補筆頭なんて言ってしまったんだもの。

クラヴェウス家に多大な関心を寄せるスクドの者が私の素性に行き着くのは雑作もない話。


「俺をスクドの当主だと言いましたが、厳密にはまだ父がその権限を有しています。お話されたいのなら、父の方がいいでしょう」

「そうですか…」


パワリのお父様はまだ健在なのね。

ゲームでは体を壊して亡くなったと彼のプロフィールに記されていた。


やっぱり、微妙に…いえ、大きくゲームと差異がある。


「見えてきました…」


声に促されて、視線は外へと向けられる。

荒れ果てた地を通り抜けたのか、のどかな田園地帯が広がっていた。

およそ、闇に堕ちたと揶揄される一族が管轄している地域とは思えない。

さらに空気も澄んでおり、赤レンガの可愛らしい屋敷が一軒建つ他は何もない。


先の聖女の加護を受けた人々が住んでいるからかしら?

治療を必要とする者が過ごすには理想的だわ。


「父にご令嬢が来た事を報告してきます。少し、お待ちを…」


パワリは頭を小さく下げ、馬車を降りていく。

目の前の屋敷は文字通り童話のお姫様が過ごしていそうな温かみのある佇まいがあった。

クラヴェウス家の最後の慈悲で彼らのもとに残された唯一の財産。

荒れ果てていてもおかしくはなかったのに、おそらくクラヴェウスが管轄していた頃とほとんど変わらない尊厳に満ちた外観だった。


そこには逆境の中であっても強く生きるスクド家の魂を見た気にさせられる。

それは、ソフィアが彼らに助けを求めるという選択肢が正しかったと思わせる光景でもあった。


だからこそ、この持ちかける話は絶対に成功させなければならない。


パワリが相手だったなら、情報も少しばかりあったけれど、まだお父様の代だったとなると話が変わってくる。思っていた以上に気を引き締めなければ…。


思いのほか力がこもる指先に暖かな感触が重なった。


「警部さん?」


それがカデリアスの大きな手である事に気づく。


「レディが何をなさりたいのかは知りませんが、そう険しい表情をなされていては上手くいくものも行きませんよ」

「私が彼らに恐怖を与えるかもしれませんのに、そう安易に慰めてよろしいの?」


間近でソフィアを覗き込むカデリアスは優しく微笑んだ。


「レディが?いつも誰かを助けておられる方の言葉とは思えません。何より、先ほどご自分でおっしゃったのではありませんか?彼らに危害を加える気はないと…」


確かに言ったけれど、こうも全面的に信頼されるとなんだか胸のあたりがざわつくわ。


「ご令嬢…」


タイミングが良いのか悪いのか、戻ってきたパワリの姿を捉えて、湧き上がってきた感情を抑え込む事が出来た。


「父がお会いすると…」

「わかりました」


気合を入れるのよ。ソフィア…。

大丈夫。こちらには奥の手があるのだから。

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