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第55話 冒険者ジュリス・バーン

「はい。そこまで!」


その場に相応しくない、のほほんとした声が響き渡り、一瞬、空気が静まり返る。

ソフィアの視線に突如、映り込んだのは見知らぬ男。

その鍛え上げられた腕、太い指で村長の頭を抑え込む姿はまさに獅子。

さらに言えば長く伸びた灰色の髪を後ろで束ね、冷たく輝く黄金の瞳は神話の戦士を想像させた。


マゴスの闇に呑まれた者を素手で制圧するなんて、一体何者?


「ジュリス!」


カデリアスが驚きの声をあげた。


「助かったよ。やっぱり、お前に頼んで正解だったな」


豪快に笑う男は、さらに村長を掴む力を強めたようだった。


「結局、出てくるなら、最初から俺に頼むなよ」


呆れたようにカデリアスはため息をつくが、ジュリスと呼ばれた男への敵意は感じられない。


「そうはいかないだろ。私の専門は魔物退治。人相手では分が悪いからな」

「はっ離せ!」


にこやかな笑みをたたえるジュリスの下で村長は暴れるが、抜け出す事はやはり、出来ない。


「まさか、冒険者の先輩がこのような姿になるとは、悲しい限りですよ」


村長を解放したジュリスは殺気はそのままに、距離を取ろうとする村長に向けて大剣を構えた。

それは一瞬の事だった。ジュリスの刃が村長を貫いたわけではない。

だが、剣先から流れ出た魔力の帯に体中を巻かれ、沈黙する。

まるで、何かに操られるかのようにそこに佇んでいる村長の姿は穏やかな老人へと変わっていた。


制圧の魔法…。

相手の攻撃を無力化する精神魔法系に属する力。


この世界ではメジャーな魔法だけれど、邪力に満たされた者を抑え込むほど強い力を持つ人物は少ない。特に本来の使い方で使用できる者ならなおさら…。

大抵は命を奪ってしまう魔法だから。

だから、制圧の魔法は攻撃魔法の一種に加えられている。

そして、使用を許されている人間も限られている。


村長の中で暴れまわっていた憎悪だけを抜き取るなんて、聖女でもあるまいし、恐ろしい人ね。

でも、それだけの実力者だと一目でわかる。


「彼は冒険者協会で預かるよ」

「それは筋が違うだろ。冒険者を手にかけた者は彼ではない。その息子だ」


カデリアスの言葉にジュリスは肩をすくめた。


「お嬢さんのお話はずっと聞かせて頂いていました」


流れるようなしぐさでジュリスはソフィアの手を取った。


「初めまして。ジュリス・バーンと申します。名前をうかがっても?」


慌てて、ジュリスの手をを払いのけるカデリアス。


「レディは初対面の男には名乗らない!」

「お前には聞いてないだろう。それに親友の女性に手を出すような野暮はしないさ。だから安心しろよ!」

「なっ!」


理由は不明だが、顔を真っ赤にして慌てるカデリアスに可愛いなとソフィアは思った。

二人の青年の間には軽やかな空気が流れている。


まるで、通学帰りの男子高校生みたいだわ。


彼らの方が幾分か大人ではあるが…。


何せジュリス・バーンといえば、帝国中にその名を一度は聞いた事がある名うての冒険者だ。

類まれなる魔法の力でS級クラスの魔物を何体も仕留めた話など一つ二つではない。


なるほど。推測するに警部に話を持ち込んだという冒険者協会の人間は彼ね。


「お会いできて光栄ですわ。トップ冒険者に会う機会などそう巡ってきませんもの」

「レディ!あまりこいつをからかわないでください。調子に乗りますから」


今まで見た事もないほど前のめりになるカデリアスに驚いた。


冷静沈着な方だと思っていたけれど、仲の良い方の前だとおちゃめなのね。


ソフィアは思わず笑みをこぼした。

けれど、すぐに表情を切り替え、ジュリスを見据えた。


「ですが、解せませんね。この件は警部さんの事件だと思いますが?」

「そうですが、私も引けなくなりました。何せ、元冒険者が絡んでいる。上層部はこの事を世間に知られたくはないのですよ」

「それはおかしいですね。事件の犯人が魔物ではない事は当初から分かっていた。だからこそ、貴方は魔法協会に連絡したのでしょう?まあ、彼らは動かなかったようですけれど。それでも放っておけなかったから警部さんに相談したと言った所でしょうか?」

「まるで、見てきたようにおっしゃるんですね」

「なんとなくですわ。だって、貴方は警部さんのご友人でしょう。正義感をお持ちなんじゃないかと思ったんですわ」


ジュリスは愉快そうに頷いた。


「とはいえ、相談した事を後悔していましてね」

「まあ、それはどうしてです?」

「お嬢さんが言った通り、これは魔法協会の案件だ。奴らは腰は重いが、他人に手柄を横取りされるのは嫌う」

「だから、バーン卿がそのあたりの強風を浴びると?」


ジュリスはただ笑うだけだ。


肯定ととらえていいのね。


「ジュリス!」

「あまり目立つわけにはいかないだろ?お前は…」


ジュリスの言葉にカデリアスは言葉を詰まらせる。


警部さんにも何か事情あるのかしら?

気にはなるけれど、私が首を突っ込む事ではないわよね。


チクりと胸を刺す痛みを気のせいだと言い聞かせる。


「なら、共同捜査という事にしてしまえばいいのでは?“三組織”のね」


ソフィアの申し出にカデリアスとジュリスはお互いの顔を見合わせる。

明るい表情から推測するに、この案に賛成のようだ。


「では、魔法協会にも連絡しますよ」

「彼らは受け入れるでしょう。何もせずに活躍したと世間に公表できるのですから」

「お嬢さんとはこれからもお近づきになりたいですね」

「私も…」


常識のある方はこの世界では少ないもの。


握手を交わすジュリスとソフィアにカデリアスは複雑そうな視線を向けていた。


その事にソフィアは気づかない。


「なら、村長は私が連れていくよ」


ジュリスは静かに佇む村長の背中を押した。


「アウラー」

「はい!」


カデリアスに名を呼ばれ、ユリウスがかけてくる。


「お前も一緒に行け!」

「はい!」


ユリウスは敬礼をして、ジュリスの後に続く。


「レディ…送ります」

「いいえ。まだ帰れません」


ソフィアはしゃがみ込むパワリの元へと歩いていく。


「私は貴方に会いに来たのです。現スクド家の当主。私は…」

「存じています。クラヴェウスのご令嬢…」


パワルはソフィアをまっすぐに見据えた。

どうやら、自己紹介はせずに済みそうだ。

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