村長は気が抜けたように膝をついた。
その体はワナワナと震えている。
それを慌てて支えたのは村人の男だ。
「村長が嘘をつく理由なんてないだろ!そうだよな?」
「カイリ…」
村長からカイリと呼ばれた男は同意を求めて他の村人たちに視線を送った。
彼らはこぞって頷く。
「ウソをつく理由なんて一つだけでしょう。犯人なのですから」
「バカ言うな!どこまで、村長を傷つければ気が済むんだ!」
ソフィアに襲い掛かる勢いのカイリ。
だが、立ちふさがったカデリアスに阻止され、叶わない。
「レディ。どういう事か説明を願えますか?」
「もちろんです。警部さん。シエラ!」
「はい」
ソフィアに促されて、シエラは荷台を引いてやってくる。
布を取れば、被害者となった村長の息子が横たわっていた。
「被害者は体内のあらゆる器官が消失しています」
「そうだ。どう考えてもイカれた奴の仕業だ!」
カイリはパワリを憎悪のまなざしで見つめながら言い放つ。
「ですが、よく見てください」
村長の息子の背中に扇を差し込むと大きな傷跡が残っていた。
まるで巨大な斧でも振り下ろしたような傷だ。
「アウラー巡査。貴方は私に説明してくださいましたね。他の被害者は傷一つなかったと…」
「そうです」
「ですが、彼には鋭い刃物で切り裂かれたような痕がある。まるで中の物を取り除くような大きな切り傷です。さらにこの部分にはポーションの香りも漂っている」
「だから何だって言うんだ?」
カイリの声は不安なのか震え出した。
魔物との戦いで役に立つポーションは特殊な魔法を組み合わせて調合される神秘の液体だ。
特にここから漂ってくる香りはマニエルが作った浄化水に似た香りがする。
ソフィアは聖なるブレスレットを傷に添わせると淡いクリーム色の光に輝いていく。
やっぱり…。これは聖女の創造物。
マニエルが作った物かは分からないけれど…。
「村長。貴方は元冒険者だと伺っています。強力な魔物を相手に戦いを繰り広げたはずです。人を切り裂くなど雑作もないはず…。何よりこれには聖なる力が込められている。おそらく聖女が作った物でしょう。何代か前の聖女にはポーション作りが得意な方もいたと聞いています。そんな代物を持っているなんて、只者ではないのでは?」
ソフィアは村長の息子の首や腕、足に扇を滑らせた。
そこにはうっすらと継ぎ目が見て取れる。
「切り裂いた後につなぎ合わせたのですね?自分の息子を…そのポーションの奇跡の力で」
村長は悔しそうに唇を噛みしめて、俯いていた。
「村長…。アンタが冒険者達を?」
カイリは信じられないような物でも見るように村長を凝視している。
「いいえ。そうではありません。息子さんにポーションの気配と同様に強い邪力もまとわりついています」
ソフィアは扇を村長の息子の腹の部分に押し当てる。
意識を集中して、ブレスレットに力を込めた。
すると、横たわる男の腹に黒薔薇が浮かび上がる。
「どうして!坊ちゃんの体にマゴスの証が?」
困惑している村人たち。
ソフィアが扇を離すと、黒薔薇は消失する。
マズイ。
力を使いすぎたかも…。
足元がふらつき、一瞬意識を飛ばしそうになるが、カデリアスの大きな手が背中を支えてくれるのを感じた。
「ありがとうございます。警部さん」
「いえ…」
心配そうなカデリアスの瞳に思わず顔をそむけてしまう。
「うわあああっ!」
突然、悲鳴をあげ、項垂れる村長。
「冒険者達を無残な姿に変えたのは息子さんですね?」
諦めたように村長は静かに頭を上下に動かした。
「息子は植物を愛する優しい奴だ。だが、一か月前から様子がおかしくなった。部屋に閉じこもって、得体の知れない言葉をブツブツと言い出し始め、夜中にどこかにフラフラと出かけていく。そんな息子が心配だった。だから、昨晩ついに問いただしたんだ。するとアイツは言った。“マゴスの名において、屈強な精神を持つ者達の魂を喰らっているのだ”と…血まみれの部屋と今まさに収穫したように息子の手のひらで動く心臓にすべてを悟ったよ」
『そういえば、父さんも元冒険者だったよな…。その魂を喰らえば、もっと強くなれるだろうか』
「不気味な笑顔で語る息子に恐怖したよ。そして、頭に声が聞こえた。“息子を殺せ”と…。“マゴスに堕ちた息子に価値はない”とも…」
気づけば、冒険者時代に使っていた斧を振り下ろしていた。我に返った時は息子の体をバラバラに切り裂いていた」
「ポーションをかけたのは村長ですね?」
ソフィアは淡々と訪ねた。
「そうだ。ずっと考えていたよ。息子がなぜ、マゴスの闇に堕ちたのか?考えられるのはスクドの者を招き入れた事だけだった」
『パワリは友人なんだ』
「優しい息子はお前を憐れんだのだ。お前さえうろつかなければ、息子はマゴスの言葉に耳を傾ける事などなかったはずだ!だから、その責任を取るのは当然だろう!冒険者時代に手に入れた聖なるポーションを使い、息子の体を再び組み立て、黒薔薇の刻印も消し去った。上手く行くか不安だったが、さすがは聖女の力が込められた物だ。息子の体は元通りに復元された。そして、アイツが殺した冒険者達と同じ犯人だと思わせるために体内の物をすべて取り払った。後はお前がやったと言えば、村の連中は火あぶりの刑にしてくれるだろうと踏んだのに!」
「けれど、予定より早く警部さん達がやってきて、計画が狂ったと?」
「そうだ…。お前達さえ来なければ…」
悔しそうに拳を地面に叩きつける村長。
「アンタの息子はずっと言っていた。冒険者の頃の武勇伝ばかり話す父にストレスがかかると…。ひ弱な自分をずっと責めているような気がすると嘆いていた」
パワリは遠い目をしながらつぶやいた。
「だから、私が悪いと言うのか!汚れた一族のくせに息子を語るな!」
村長の目がギラリと赤く輝き、禍々しいオーラが纏わりついた。
「これは!」
カデリアスがソフィアを抱きかかえる。
なんて強い邪力なの?
強風に煽られて、視界が曇っていく。
「お前達さえいなければ!」
唸り声とも人とも思えない怒鳴り声が村長の体から響き渡る。
逃げ惑う村人たち。
村長の殺意がソフィア達に向けられた。
背筋が凍る。しかし、抱きすくめるカデリアスの腕に力が込められた事に気づき、落ち着きを取り戻した。
村長自身もマゴスに取り込まれている!
ソフィアはそっと胸元に隠した小銃に手を伸ばす努力を試みるのであった。