「これは…」
シエラは青白い顔で横たわる男になんとも言えない表情を向けた。
「昨晩亡くなられた村長の息子さんでしょう」
外傷はないようね。
けれど、萎んだ風船のように柔らかい。
まるで、体内を構成するすべての機能を排除され、ただの皮膚という器だけが残されたような…。
聖女のブレスレットを身に着けた腕をそっと、動かない青年に沿わせていく。
「ヒドイ!こんな非道を平気で行える人間はマゴスの軍門に下った者だけです!スクドの一族がやっと言うのも頷けますよ!」
「どうかしらね…」
「えっ!お嬢様?」
疑問符を浮かべたシエラを後目にソフィアはカデリアスのそばへと歩み寄った。
「村長。お悔やみ申し上げます。ですが、一つお伺いしても構いませんか?」
村長は小さく頷いた。それを確認してソフィアはパワリと名乗った青年に視線を向ける。
だが、すぐに村長を向き直った。
「彼が息子さんを殺す所を目撃なされたそうですね?」
「ああ…」
「それはいつの事です?」
「今朝だよ!」
村長を守るように、村人たちの冷たい視線が突き刺さってくる。
この老人は村人たちから絶大な信頼を寄せられているのね。
「そうなのですか?」
ソフィアはパワリを見据えた。
彼の表情からは何も答える気はないという言葉が聞こえてきそうだった。
「俺が何を言ったところで…」
「では犯行を認めると?この残忍で人の仕業とは思えない行いをやったというのですね?」
畳みかけるソフィアの言葉にパワリは苦々しそうに唇を噛んだ。
その様子は煮えくり返るような感情を押しとどめて、必死に飲み込んでいるように感じる。
「吐き出したい事があるなら語れ…。このレディはその言葉に耳を傾けるだろう。これはチャンスなんだぞ。お前にとって…」
「警部さん…」
隣に立つカデリアスの存在が頼もしく、自然と安心感をもたらす。
その優しく、そして、芯の通った声がパワリにも響いたようだ。
「俺はやってない!」
小さくパワリは答えた。
それでも力強い。
「ウソをつきやがって!坊ちゃんを殴り殺したんだろ!」
村人の一人がパワリにつかみかかろうとするが、ユリウスに抑えられて思いとどまる。
「殴り殺すなんてとんでもない。今朝、ゴミを回収しに来たら、村人たちに捕まって…」
「殴られたと?」
「ああ…」
村人たちはばつが悪そうに視線を泳がせた。
一応、彼への行いに罪悪感は募らせているらしい。
「お前はいつもゴミを回収しにくるのか?」
「どんな物でも集めて売れば、金になるからな。村長が俺のような者への施しだと、村人が出したゴミを提供してくれるんだ。朝一に取りに来るのが日課だ」
「そうだよ。村長のご厚意に泥を脱ぎやがって!」
「貴方は彼が村長の息子さんを殺す瞬間を目撃したのですか?」
ソフィアは息巻く村人の男に詰め寄った。
「いっいや、それは違う。朝、馬小屋の掃除に向かったら村長が青ざめた顔で立ってて…近づいたら坊ちゃんが…」
「倒れてたんですね?」
「というか、お前何なんだよ。警察でもなんでもないだろ!女のくせに!」
我に返ったかのように村人はソフィアを一瞥した。
「口を慎め。彼女は私の協力者だ!」
長身のカデリアスに睨まれて、村人の男は肩をすくめて黙る。
「さあ、答えろ!」
「村長が、スクドの男が坊ちゃんを殺すのを見たって言うからてっきり…」
「あら、そう。興味深い話だわ。村長。ちなみに彼を見たのはいつなんです?」
腕をしきりにさする村長に視線を移す。
「朝です。私も殺されそうになって…」
「どんな風に?」
「魔法みたいな、でもどす黒く触覚が私の体を這いずりまわって…」
「邪術だったと?」
頷く村長。
「でもそれなら、どうして貴方を殺さず、逃げたのでしょうか?」
「それは、他にも人が来たから…」
目撃証言をあげた村人を見つめるソフィア。
「二人とも殺せるんじゃないかしら?マゴスの闇に魅入られた者ならば…」
「嘘をついているとおっしゃりたいのか?私の半分も生きていない小娘のくせに!」
「本性が出ましたわね。村長。こう見えて、人生経験は豊富なんですのよ」
前世の記憶を合わせれば、余裕で100は超えるのよ。
「ご存じないとは思いますけれど、スクド家にはとある魔法がかかってるんですのよ。それも聖女のね」
「何を言ってるんだ。奴らはマゴスの闇に堕ちたと…」
「一人だけよ。さらに言えば、その闇は聖女の力で浄化されている。彼女は他のスクドの一族がマゴスのささやきに応じないようにその愛を持って、加護の魔法をかけた。だから、この場にいる誰よりも邪力への抵抗力が強いの。つまり、邪術も使えない。だって、聖女の力が邪魔するから」
だからこそ、ゲーム内でスクドの一族はマニエルを助ける役目を与えられていた。
どのルートでもってわけではないけれど…。
「なぜ、そんな事、お前が知っている!」
「知らないわけないでしょう。これでも次代聖女候補の筆頭に立っている身ですもの」
真っ赤なウソであるけれど、聖女の一族の生まれだと言い聞かせれば開き直れる。
人の真意を引き出すのは演出も重要だ。
大げさに広げた扇で顔を隠し、美しい瞳を覗かせる姿は凛として神秘的に映るかもしれない。
そして、運よく差した太陽と腕に輝く聖女の遺物のおかげで口走った発言が真実味を増す。
その証拠に集まった人々は驚きと畏怖と憧れなど様々な感情を持って言葉を失ったのだから。