帝国を形作る首都には様々な人が集まる。
けれど、人の波に押し寄せる中央とは異なり、郊外はまだ、のどかな装いを残していた。
モリ―ト村があるのもそんな場所だ。
レンガ調の赤い屋根が並ぶ小さな建物が連なる佇まいは童話の中のかわいらしさを連想させる。
スクドの一族が住むのはこの村の横を通り抜けた先だ。
揺れる馬車の中でソフィアは息を整えた。
「やはり、彼らにお願いするのは…」
向かいに座るシエラの表情は不安そうである。
私の首を即座に落とす奴らだと思っているのね。
彼女にそう語ったのは、ほかならぬ私だけど…。
「クラヴェウス家に咎の烙印を押されて50年以上たつんだもの。代替わりしているはず。私の話に耳を傾けるかもしれないわ」
「ですが、マゴスに取り込まれた一族だと聞いております。そんな奴らに瘴気の毒された者を託すおつもりですか?」
中々辛辣な意見ね。
「シエラは彼らについてどう聞いているの?」
「スクド家は元々クラヴェウスの分家の筆頭格として、各地に散らばる縁者たちを束ねる役目にあった一族であると…」
「そうよ。代々、スクド家の当主は本家のクラヴェウスの長の懐刀としてその身を守る役目にあったらしいわ。その終わりが来たのはおばあ様の父、つまり私のひいおじい様が当主だった頃ね。当時のスクド家の当主はあろうことか共に狩りに出たひいおじい様に矢を向けたの。それも確実に殺そうとした。それを止めたのはリリアーナ大叔母様よ」
「先代の聖女様であられますね」
「ええ。スクド家の当時の当主はマゴス信仰に魅せられていた。かの者の声に従い、長年、仕えていた主を殺すように仕向けられたけれど、皮肉にもその事件が大叔母様が聖女の力を覚醒させるに至り、その野望は打ち砕かれた。のちに激高したひいおじい様にスクド家の当主は言ったそうよ。“お前が許せなかった。だから、殺そうと思った”と…」
「ひいおじい様は当主を引きずりまわした挙句、処刑した。他のスクド家の者達の命は助かったけれど、咎人である刻印を押されて、財産のすべてを没収され、クラヴェウス家の縁者から抹消されたの」
「救いだったのは初代スクド家が所有していた屋敷は取り上げられなかった事ですよね。リリアーナ様の懇願によって…」
「今から向かうのがその屋敷よ」
本当に救いとなったのかどうかは怪しいけれど…。
「ですが、私にはわかりません。長年仕えてきた主にそこまでの恨みを募らせ、マゴスの手を取るだなんて…」
「それは…」
シエラの問いにどう答えるべきか考えていたその時、馬車が急ブレーキを踏んだ。
「申し訳ありません。お嬢様!」
見知った我が家の御者は申し訳なさそうに謝った。
「何かあったの?」
美しいガラスで彩られた窓を開け、顔を出すと、小さな彫刻が見える。
モリ―ト村の広場かしら?
数名の人だかりの中にこれまた、見知った顔があった。
「警部さん?」
「レディ?まさかこんな所でお会いするとは…」
人をかぎ分けて、声をかければ、案の定、驚いた様子のカデリアスの瞳とぶつかった。
やっぱり、男前よね。
ゲームに出てこないのが不思議だわ。
主要キャラ達と互角に戦える容姿をしているのに…。
「それはこちらのセリフですわ。中央を管轄なさる刑事さんがこんな田舎町にいらっしゃるなんて、珍しいですもの」
カデリアスの表情が一瞬和らいだように感じた。
気のせいかもしれないが…。
「私の管轄区域は首都すべてですよ。もちろん、モリ―ト村周辺も含まれます」
そう言ったって、こんな所までやってくる警察の方なんて数えるほど少ないでしょうに…。
「その口ぶりですと、この辺りで事件があったのですね」
「ご明察通りです。それもレディの力によるものですか?」
彼の視線がブレスレットに向いているのに気づくが、言及はしない。
「いいえ。これぐらいの推測は私の悪い頭でもわかりますわ」
「ご自分を卑下なさらなくてもよろしいと思いますが…」
「お心遣いに感謝いたします」
どうして、この青年との会話はこうも愉快で楽しいのかしら。
「警部!」
制服を来た小柄な青年がカデリアスに敬礼した。
可愛らしい子ね。新人かしら?
「よくも!」
「そいつが容疑者か?」
背筋を伸ばした制服警官はカデリアスの問いに、頷いた。
「はい。どうやら、村人に暴行されたようで…」
その背後には縄で繋がれ、複数人の村人に引きずられている若い男がいた。
傷だらけで表情は読めないがその瞳に覇気はない。
全身傷だらけで、痛々しい。
「早く、コイツを連れて行ってくれ!」
憔悴しきった老人が進み出てきた。
「村長!そいつは俺達の手で殺して…」
「やめろ!その話はすんだはずだ!奴には法の下でさばいてもらう」
「村長…アンタが元冒険者で仲間を戦いの中でなくしたのは知っている。命を大切にしている事も…。だが、奴は坊ちゃんを…」
デリケートな話題なのはもちろんだが、村長と村の若者の会話は仮にも警察のいる前でする内容ではない。
「だから、呪われた一族を招き入れるのは反対だったんだ!」
村人達が引きずられている青年に憎悪を抱いているのは明らかだった。
今一度、青年を観察する。伸び放題の髪とひげのせいで、粗暴度が上がっている。
『ああ、攻略キャラじゃないのがちょっと、いいえ、すっごく残念なのよ』
ゆいなのつぶやきが頭を通り抜けていった。
この人を知ってる…。
助け船を出してくれた友との記憶は厄介な出来事に遭遇した事を意味していた。