ゲーム内において、マニエルがクリアしなければならない障害。
悪女であるソフィアの妨害もその一つ。彼女はパトリック王子への想いを拗らせてマニエルに執拗なまでに嫌がらせをする。その最終形態がマゴスの闇にとらわれ、その手足として動き、世界を混乱へと導いていく。その引き金となる存在が邪術使いレイジーナという女性だ。
彼女の素顔はフードと仮面に隠されて誰も知らない。
その異様なオーラは誰も寄せ付けず恐ろしさを与える。そういうキャラクターだった。
『高貴な貴女様が負けるはずなどございません。奮い立たねば…』
ゲーム内のソフィアの前に現れた時も同様だった。
けれど、マニエルに勝ち目がないと悟りながらも王子への恋心を抑えられないソフィアにとって彼女は救いの神にすら思えたのだろう。
「そうですわよね」
何かに吸い寄せられるようにレイジーナがもたらした禍々しい人形を受け取ったソフィアはマゴスの化身となったのだ。彼女がソフィアをそそのかした理由。
それは自身の計画を阻止したマニエルへの復讐だ。
レイジーナはマゴス復活を望む闇の信仰者の一人。土地に広がる女神の加護を弱めるために邪力を込めた人形をばら撒き、魔物創造の糧とした。それを食い止めるのはヒロインの役目だ。マニエルはどのルートでも攻略対象と共に事件解決へと導いていた。その舞台となるのは学院のある首都だった。さらに言えば、夏休みが終わった後のエピソードだと記憶している。
しかし、今は夏休み真っ最中。しかも、首都から離れたクラヴェウス家の領地である。
マニエルが亡くなった事で時系列が異なってしまったのかしら?
いや、そもそもゲーム通りに進んでいるという保証はない。
私の記憶しているマニエルと攻略対象達との距離感にも差がみられていた。そもそもゲームをやりこんでいたとは言い難いし、すべてを把握しきれていないのかもしれないわね。
「で、なぜここに?例の人形作家について問いただすのか?」
ソフィア達が立っているのは領都エインセルの中で最も大きく荘厳な佇まいの建物。
商業のすべてを統括する屋台連合の領都本部だ。
「少し違うわ。この先は危険だから、シエラはここにいて」
「いえ、私はお嬢様のおそばを離れません」
「大げさな物言いだな。今世の別れじゃあるまいし…」
呆れた様子の弟に肩をすくめた。
「そうでもないわよ。我が家のお膝元でマゴス信仰を唱える者に会おうって言うんだもの」
「まさか、ここにいるのか?」
ミルトンの問いに答える事なく、ソフィアは重い門を開けた。
「ようこそ。屋台連合へ!」
高い天井に受付嬢の声がとどろいた。国のどこでだろうが、何かしらの商売をする際はその地域にある屋台連合に届けを出さなくてはならない。屋台というなんとも庶民的な名称がつけられているのは、『王よ。貴方は女神の残した結界をお守りください。その変わり、私は国に富をもたらしましょう』
と建国の王に言い放った名もなき屋台屋から来ているとされる。
そういう訳で、こうした屋台連合は国中に点在し、力を持っている。
その証拠にエントランスに並ぶ調度品はどれも高級で貴族の屋敷と見まがうほどの設備だ。
特に領都エインセルにある屋台連合は特別だ。なぜなら初代の王に言い放った屋台屋の生まれ故郷だと記録されているから。だからこそ、この地域では古くから治安を守るのは貴族。お金を回すのは商人という言葉が広がり、各地からお金と人が集まってくる。もちろん、クラヴェウス家とも長い間、良好な関係を築いてきた。そう…思っていたのだけれど…。
「まさか、こんなに堂々と”人形作家“に入り込まれていたというのはなんだか癪に障るわ」
ソフィアは完璧な笑顔とトーンで出迎えた真面目そうな若い受付嬢を見据えた。
「まさか、彼女がレイジーナだというのか?」
ミルトンはまさかといった顔をしている。それもそうだ。
目の前の彼女の姿はまだ世間を知らない無垢な少女のようなあどけなさが残っている。
「お客様?何をおっしゃっているのでしょうか?」
「こうあっさりと出くわすと深読みして、いろいろと推理していた私がバカみたいじゃない」
ゲーム内でマニエルが遭遇したレイジーナも屋台連合の受付をしていた。もちろん首都にある総本部でだ。それが、こちらでも同じ職業についているというは、中々興味深い。
「受付嬢フェチなのかしら?えっとメロディさん?」
名札に記された名前を読み上げれば、受付嬢の眉がピクリと動いた。
「失礼な方ですね。守衛を呼びますよ」
「本気なの?屋台連合の受付嬢がまさか、私の顔が分からないと?前任者に教えをこわなかったのかしら?」
シエラの言葉にメロディはますます、機嫌が悪くなる。
「確かにおかしい。この地の屋台連合にとってクラヴェウス家は最も重要な客だ。そこに属する者達の顔は把握しているはず」
メロディは再び口角をあげ、受付嬢としての仕事に従事しようとした。
「申し訳ありません。クラヴェウス家の方でしたか。私がふがいないばかりに…」
頭を深々と下げるメロディ。完璧な角度と姿勢だ。しかし、
「この際、そこは重要じゃないの」
ソフィアは大きなため息をついた。そして、誰もが胸をときめかせる表情を作るメロディの胸元を掴み、服をはだけさせる。
「姉さん!」
ミルトンもシエラもソフィアの行動に驚いて、困惑している。
「お戯れはおやめください。このような辱めを受けるなんて…」
涙目で受付の少女は震えていた。
「あいにく、私は苛烈な人間として有名なの。それに確かめるにはこれが一番でしょう?」
ハッとしたようにメロディの目が見開いた。その真っ白な肌には真っ黒な花が咲いている。
「黒薔薇の刻印がこの国においてどんな意味を持つのか知らない人間はいないはずなのに…」
だって、マゴス信仰の象徴ですものね。