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第37話 メロディの日常

「ようこそ。屋台連合へ!私共は円滑な商売の橋渡しとして日々邁進しております!」

「メロディちゃんはいつも元気だね」

「ありがとうございます」


メロディがエインセルの屋台連合支部の受付業務についてから数か月。行きかう商人達にも顔を覚えられているのは屈託のない笑顔と切りそろえられた短い髪と大きな瞳という可憐な容姿のおかげだろう。


「いやあ、前の子は急にいなくなった時はどうしようかと思ったけど、いい子がすぐに見つかってよかったよ」

「それは問題発言ですよ」

「おっとこれは失礼した」


豪快に笑うのはこの国の海運をいってに引き受ける大商人の三男坊マイケル・ハワナ。筋肉隆々かつ巨大な体格は商人というよりは生みの男を思わせる。

そして彼は各地にある商人の窓口たる屋台連合の受付嬢を愛でるという変わった趣味があった。

もちろん、卑猥な意味ではない。

彼女達に少しばかりのチップをはずんでくれるだけの気前のいい男。特に彼の最近の推しとなっていたのはメロディの前任だった女性だ。


彼女はかなり長く、この支部の顔として訪れる人々に慣れ親しまれたと聞いている。

何より、とても有能だったとも…。


それもそのはずだ。屋台連合の受付嬢なのだ。ただ、立っているだけの仕事ではない。

商人達は受付嬢に優しげな微笑みに気が緩み、様々な情報をもたらしてくる。

前任者はその聞き出す能力がずば抜けていたと聞く。

屋台連合の上層部がメロディに彼女のような能力を求めているとは思えない。


私は突然消えた有能な受付嬢の変わりとして急遽雇われた身。

適任者が現れれば、すぐにクビにされるだろう。

そうならない自信があるのも事実であるけれど。


「でもよ。メロディちゃん、聞いてくれよ。俺は彼女に本気で惚れてたんだ。実家の連中もお前が好きな奴なら大歓迎って言われてたしさあ…正直、浮かれてたんだよ。それなのに、消えるなんてひどくねえか」

「もう、そんな事言って…。彼女にその想いを伝えたんですか?」


マイケルは我に返ったように大きな口を開けた。


「そういや。言ってねえわ!」

「では、去られても仕方ありませんね」


メロディはおかしそうに笑った。


「もしかして、男と逃げたのか?」

「どうでしょう?いろいろ囁かれていますわね。どこぞの貴族に見初められてお嫁に行ったとか、冒険の旅に出たとか。魔物にやられたとか…」

「ああ!」

項垂れるマイケルの頬を優しくさすった。


「なんなら、私が慰めてあげますよ」

「それって…もしかして」

「こうして、いつでもおしゃべりに来てください!」

「そっちか…」


メロディがウインクすれば、マイケルは再び愉快そうに笑った。


「ところで、あの件は承諾してくださいます?」

「ああ、願い人形ってやつの事か?」

「そうです。こっちで絶賛、人気爆発中のおまじない人形。首都でも絶対に売れると思うんですよね」

「まあ、確かに面白いっちゃ面白いけど。こういうのは量産がきかないだろ?一つ一つ手作りみたいだしさ」


足元にあった封のされていないダンボール箱から小さなドラゴンを取り出すメロディ。


「だから、いいんですよ。まるで、力のある魔法使いが作ったように見えるでしょう?」

「何度も聞くが、魔力はこもってないんだよな。うちの家は魔具の売買許可証は持ってないんだ」

「ええ、ご心配なく…」

「メロディちゃんはこういうの好きなのか?」

「私も女の子ですもの。叶えたい願いの一つや二つあります」

「おっ!それは気になるな」

「教えません!」


頬を膨らませて首を傾げれば、マイケルは頬を染めた。

メロディには独特な魅力があった。その輝きにグラつく男達は多い。その事を彼女自身も不本意ながら気づいている。


「でもまずは作り手に会ってからだな。どんな奴かは会えば大体わかるからさ」

「では、近いうちにセッティングしますね」

「じゃあ、次に来た時にするよ」

「あら、首都に戻られるんですか?」

「一度な。すぐにまたこっちに来るだろうけど」

「なら、その時に…」


マイケルは懐から金貨三枚を取り出し、メロディに渡した。


「またのお越しを…」

営業スマイルを振りまきつつ、屋台連合の建物を後にするマイケルを見送った。


ああいう男が後、何人もやってくるだろう。


「あの…お姉さん」

「はい。なんでしょう!」


振り返れば、小さな男の子が棚から顔を覗かせていた。


「あら、どうしたのかしら?」

「お母さんとはぐれて…」

「そう…。なら…」


メロディは男の子の手を取ろうとした。壊れ物を包むように、ゆっくりと優しく、ほっそりとした指が伝っていく。


「いた!」


母親と思われる女性が走ってきて、男の子の手を取る。

よそからきた商人だろう。褐色の肌と大荷物を抱えた母親は男の子を怒鳴り散らしていた。


「そう怒るものではないですよ。小さな子は目を離すとすぐにいなくなってしまうものですから…」


非難めいたメロディの視線に母親は不満そうだが、頭を下げて、謝罪した。

悪い人ではないのだろう。常識の分かる人だ。そんな印象を受ける。しかし、メロディの得体の知れない冷たい表情のせいかもしれない。


「仕方はありません。ここは広いですしね。では、お気をつけて」


いつもの営業スマイルのメロディがいた。艶やかな声に母親は肩をすくめて立ち去っていく。


こうやって、この場所にやってくる者達と短い会話を繰り広げる。

それがメロディの日常だ。

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