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第36話 ミルトンの魔法

「姉さん…」

「なあに?ミルトン?」


砂利道を進む足は止めずにソフィアは聞き返した。


「本当に何を考えてるんだよ。屋台で庶民の食べ物を買ったかと思えば、急に得体のしれない男を訪ねに行くとか言いだすし…」

「得体がしれない男ではないわよ。不可解な現象の当事者となっている男性なんだから」

「どっちでもいいさ。魔物を倒しに来たんだろ?寄り道してないで、早く叩き潰しに行こうぜ」

「魔物がどこに出現するのか分かっているの?」

「それは…」


言葉が続かないようで、弟は唇をギュッと閉じる。


「街中に出現する事以外は不明でしょ?」


魔物は本来、人気のない森の奥地に生息している。そして、人々の視界に現れるのはごくまれだ。

彼らは人に害を及ぼすとされ、多くの書物がマゴスの手下として登場させる。


確かに魔物は狂暴だ。以前、出くわした魔物もしかり…。彼らに自我はない。ただ、暴れるだけの怪物。だけど、闇の勢力が強まり、人間の中から邪力に魅せられ落ちる人々がいる今、その魔物と人の境界線は曖昧な物となっている。


「魔物は倒せばいいんだよ。それで全部解決する」

「そんなに単純ならいいんだけどね…」

「なんだよ。含みがある言い方だな。シエラも何とか言ってやれよ。君の主だろ?」

「私はお嬢様についていくだけです」


姉弟の後ろに控えていたシエラは迷いもなく言い切った。

その清々しい声にミルトンは呆れたようにため息をついた。


「助け船を期待した俺がバカだった」

「後悔しているなら帰ってもいいのよ」

「誰が帰るか!女性二人を置いていったなんて知られたらおばあ様になんて言われるか…」

「あら、私も“女性”に入れてくれるのね?」


からかうように言えば、弟の顔は絵にかいたように真っ赤になっていく。

こういう軽口を叩きあったのはいつぶりかしら?

思わず笑みがこぼれた。


「姉さん…今でもそういう表情するんだな…」

そういう表情?何、そんな変な顔していた?


シエラの笑い声が漏れた。


「ミルトン様はお嬢様を褒めてるんですわ」

「余計な事言うなよ!」


褒める?むしろ、貶された気分がするけど…。


そんな事を考えていた矢先、背後で壁が崩れ去るような騒音が響いた。

振り返ると3階建てのマンションを余裕で超えるような魔物の姿が現れた。

土埃も相まって、恐怖心をあおってくる。


「またなの?」「昨日出たばかりよ?」「領都騎士団は何をしているんだ?」などと叫びながら、近くにいた人々は逃げ惑っていた。


ああ、これは確実だわ。


崩れた粘土で作られた形の悪いドラゴンのようなそれに自分が持っている知識のパズルがはまっていく。


「何つっ立ってるんだよ!」


ミルトンは叫びなら、魔物の前に進み出た。

慣れた手つきで腰に差さっていた剣を抜き、息を整えていた。


「危ない!」


それは弟を心配する姉の声だった。自分でも驚くほど切羽詰まる。

だが、ミルトンが見据えるのは奇声をあげるドラゴンもどきだ。


「ウォーターソウル!」


弟の叫び声と同時に銀色の剣に水柱が立ち、魔物の腹を貫いた。


ギギャアアアッ!――


ドラゴンもどきは悲鳴を上げ、地面に倒れ落ちる。その息遣いが消えるのもすぐだった。


周りにいた者達は一瞬何が起きたのか理解できなかったようだが、そのうち救世主の登場に沸き立った。動かなくなった魔物のそばに立つミルトンはまさに物語の主人公のようなオーラを放っている。


忘れていたわ。ミルトンはこのゲームの主要キャラだって事…。


魔力の量を偽る者が多い学院の中で数少ない本物の力を持つ青年。水の魔法を得意とする若き貴公子。それが弟なのだ。


命を削って、聖女の遺物の力に頼る私とは違う。同じ両親から生まれたのにこんなに違うなんて。

魔物退治なんて大それたことを口走ったくせに身の丈に合っていないと痛感してしまう。


「大丈夫か?」

「平気よ。ありがとう。やっぱり、ミルトンがいてくれてよかったわ」


ちゃんと笑えてるかしら。バカね。

ここに来て、本来のソフィアの性格が表に出てきたのかしら?


ドラゴンもどきから発せられている邪力のせいかもしれない。弟に嫉妬するなんてどうかしている。


「やっぱり、姉さんには荷が重すぎるんじゃ…」


ミルトンの言葉を聞き流しながら、魔物に近づく。その喉元部分がより黒く変色していた。


「シエラ、ナイフを…」

「はい…」

「おい、人の話を…」


ミルトンが言葉を続ける前にソフィアはドラゴンもどきの喉元を切り裂いた。


「これは!」


現れたのは願い人形だった。それも禍々しい邪力を放っている。ソフィアがそれに触れようとした瞬間、願い人形は跡形もなく消えていく。


「どういう事だ?」


困惑したミルトンがソフィアに視線を映した。

その瞳には何を知っているんだと告げている。


「ここで出現したという事は近くにいるはずね」


ソフィアは辺りを見渡した。魔力は微々たる物だが、聖女のブレスレットのおかげか、視力はすこぶるいいらしい。これは最近気づいた事なのだけれど…。

そう思いながら、立ち並ぶ建物の一つ、日当たりのよさそうな窓をとらえた。

この周囲で最も邪力の気配が高い気がする。

その足を向けるのに迷いはなかった。

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