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第35話 エインセルの焼き鳥屋

クラヴェウス家が管轄する領都エインセルは商業の街としても知られる。


平日、休日に問わず市場が並び、人の往来も激しい。


「フードがずれていますよ」

「ありがとう。シエラ」

「クラヴェウス家のご令嬢がこんな所を歩いていると分かったから大変な騒ぎになるんですよ!」

「私の顔を知っている人は少ないと思うのだけれど…」


悪評だけは広まっているとは思う。

無意識に鼻をさすった。


「大丈夫なんですか?」

「何が?」


シエラの視線が赤くなった鼻に向けられているのが分かる。

「ああ、昨日は派手にやり合ったものね」


おばあ様に叩きつけられた痛みは一夜明けて少しはマシになった。

それでも、鼻血は流れたし、かすり傷も出来た。


「すぐ直るわよ」

「そう言う問題では…。それに魔物狩りに手をあげるなんて…」


一体何を考えているんですか!とシエラの怒りが聞こえてきそうになる。


「心配ないわ。自信はあるのよ」


正確にはこの件に関して心当たりがあるって意味だけれどね。


「自信があるのか?」


少し後ろを歩いているミルトンのそっけない声が届く。


おっと、口が滑っちゃった。気をつけなきゃ。

あらぬ疑いをかけられたら、やりにくいもの。


「屋敷にいる侍女がね…邪力が込められた人形を持っていたの」

「邪力を?大変な事態じゃないか!誰だその侍女は!」

「今重要なのはそこじゃないわよ。むしろ、魔物の出現率の高さと関連あると思わない?」

「それこそ飛躍しすぎじゃないか?」

「というか、どうしてついてきたの?」

「別に…一人じゃ危ないと思ったから」

「えっ!」

「いや、勘違いするなよ。領内の治安は次期クラヴェウス家の当主としても放っておけない。それに魔力が弱い姉さんに何ができるんだよ。おばあ様にあんな大口叩いて…」

「なんの手立てもなく、ここに来るほど私もバカじゃないわよ」


あれ?そういえば…。


「今、姉さんって言った?」

「それがなんだよ!」


煙たがられていたはずの弟がここ数日急に距離を縮めてきて困惑するわ。

まあ、深く考えない方がいいのかも…。


「それにしても、この辺りはまだ賑やかね」

「そりゃあ、首都に比べれば瘴気も薄いから…」

「あっ!おじさん。このこれ一つくださる?」


笑顔でお肉が刺さった串を指さした。


「おい、人の話を最後まで聞けよ」

ミルトンは呆れつつもその後に続く。


「シエラもいる?」


「いえ、私は結構です」

「そう…」


店主はお肉を炭火で焼いていく。まさか、こっちの世界にも焼き鳥があるとは思わなかったわ。

まあ、普通、貴族は食べないんだけども…。ミルトンのゲテモノでも見るよな視線が痛い。


でも美味しいんだから仕方ないじゃない。それにこれから一仕事するんだもの。

腹ごしらえは大切よ。といいつつ、話題の可愛らしいドラゴンを見つける。


「あら、これは願い人形?」

「おっ!あんたも知ってるのか?」


屋台の店主は吊り下げられた人形を顎で指し示す。


「そりゃあ、人気だって話ですもの。でもまさか焼き鳥屋さんに売っているとは思いませんでしたわ」

「いやあ~。本職だけ売っても最近は儲からないからな。そんな時に現れたのがこの人形さ」

「おじさんも願いを叶えたんですの?」

「う~ん。ある意味な。人形を並べただけで客が寄ってくるんだから」

「本職が売れていないなら意味ないんじゃないのか?」

「ミルトン!」


思わず大きな声で弟をいさめる。確かに並ぶ人形の数に比べて、串にささった肉の方が本数は多い。つまり、人形の売れ行きの方が大きいのだ。


「構わないさ。アンタの言いたい事は分かる。だが、生きていくためにお金は必要だろ」


しばらく、弟は黙っていた。


「俺も一本貰おう」


ミルトンの言葉に店主はニカッと笑い、再び、串を焼き始める。


意外とミルトンってお涙頂戴系に弱いのね。


「ところで、この人形はどこから仕入れてるんです?」

「屋台組合が一括して、人形作家から仕入れているって聞いているが…。」

「人形作家ですか?」


ミルトンが言葉をはさむ。


「確か。レイジーナとか言ったかな?月の初めにこの辺りに店を出している連中に一括して配られるんだよ」


やっぱり…。彼女の名前が出てくるのね。

しかも屋台連合とワンセットというのも芸がないわ。

まあ、興味深くもあるけれど…。


「その人形作家の家はどこです?」


今度はシエラが言う。


「さあ。俺は会ったことないからな。はいよ」

「うわ~。ありがとうございます。う~ん。美味しそう」


ソフィアは笑顔で焼き鳥を受け取る。タレの香ばしい匂いが鼻を通り抜けてお腹が鳴る。


「そうだ。もう一つ質問しても?」

「なんだい?」

「最近、人が変わったという話を聞いた事はあります?」

「人が変わる?」


質問の意味を図りかねるように店主は髭をさすった。


「そうです。例えば、以前は明るかったのに無口になったとか?」

「ああ、それならすぐそこで酒を売っていた奴が当てはまるな。結構働き者だったんだが、数か月前から家から出なくなったらしい。噂によれば、椅子に座って、抜け殻のように何かブツブツとつぶやいているとか。まあ、マゴス復活も近いって言うし、真面目に働く威力が無くなる気持ちも分かるがね。そういう連中が増えてるって話もある。こうして働いている俺の方がおかしいとすら思えてくるよ」


ソフィアは愛想笑いをしてその場をやり過ごした。


直感が当たったかしら?


レイジーナと呼ばれる人形作家に…抜け殻になったという男の話。

あのエピソードとの類似点が多い。

けれど、私の記憶ではあの事件は首都で起きるはず。

なぜならヒロインであるマニエルが解決するから。

ここで悩んでいても仕方がない。

情報が必要な事には変わりないわ


「貴重なお話ありがとうございます。これ、お礼です」


金貨3枚を店主に手渡すソフィア。


「後、その男性の家、お分かりになります?」

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