目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
第34話 ミルトンの後悔

おばあ様の感心が俺ではなくて姉さんだけに向けられている事に気づいたのは両親が亡くなってからそれほど時間がたっていなかったはずだ。



『ソフィアは聖女となるのですよ』



男であるお前はあっちに行っていなさいと言われている気がして、悲しかった。

自分はいらない人間なんだと思った。聖女という輝かしい名誉を生まれた時が持っている姉が羨ましかった。妬ましかった。姉が幼い俺に突っかかってくるのも腹が立った。

だから、姉とは口を利かなくなった。ちょっとした仕返しのつもりだったんだ。

それが何年も続いた。その頃には姉が置かれている状況も把握できる歳になっていた。

聖女教育と称して屋敷の一室に消えていく姉さんを何度も見た。

そのたびに複雑な感情にさいなまれたが、手を差し伸べる勇気はなかった。

両親が生きていた頃、姉さんはよく笑う天真爛漫な少女だった。

その面影はもはやなかった。



『貴方も私をバカにするのね?そばにいるだけで吐き気がするわ』



ゾッとするような顔で罵詈雑言をまくし立てる姉にムキになって何度も言い返した。彼女の怒り、喪失感に見て見ぬふりをして、俺は他の仲間達同様にソフィア・クラヴェウスを責め立てた。

もう、昔の仲の良かった姉弟には戻れないとあきらめていた。

マニエルに出会うまでは…。


「ミルトンはソフィア様と仲直りしたいの?」


そよ風に髪を揺らしながら曇りのない瞳でマニエルが口を開いた。


「まあ、そうだが…。でも、無理だ。姉さんとは会話にならない。顔を合わせるたびに嫌味を言われるんだから」


そんな風に弱音を吐くと、マニエルは何がおかしかったのかクスクスと笑いをもらした。


「本当に嫌いなら口も利かないんじゃないかしら」

「それは極端な意見だな」

「極端ね…どう思う?」

「質問で返すなよ」

「だって、私に相談している時点で答えは出ているんでしょ?」

「なんだよそれ…」

「相談にした俺がバカだった」

「そう言うところ、なんだか子供みたい」

「言ったな」


マニエルの頭を大きな手でかき乱す。乱暴な素振りを見せつつ、だが、優しく触った。


「もう、やめてよ」


言葉とは裏腹に彼女は笑っていた。

実の姉さんとは絶対無理な戯れだった。


「私もね。よく兄さんと喧嘩したのよ」

「故郷にいるって言う?」

「そうよ。でも、すぐに謝って仲直りできるわ」

「君の家族とは違うよ」

「違わないよ。ミルトンが歩み寄る思いさえ捨てなければ、きっと…」


マニエルは天使のように優しい声で言った。だがその彼女はもういない。

俺は大切な親友を守れなかった。彼女の残した助言すら達成できずにいる。


さっきだって、おばあ様に叩かれる姉さんを助けられなかった。

ただ、成り行きを見守るしかできなかった。

俺はマニエルが言ったように子供なのかもしれない。それも誰かに救い出して欲しいと泣きわめくはた迷惑な奴だ。


自分の不甲斐なさに吐き気がする。

これでは公然とおばあ様と渡り合おうとしていた姉の方がマシだ。特に今日の…いや、最近の姉さんはどこか達観したオーラがある。


姉さんに何があったんだ?


マニエルの事件にも首を突っ込んでいるという話もある。

以前の当たり散らすだけの令嬢とはまるで別人の姉に戸惑いを隠せない。

なんだか、自分だけ置いて行かれているような気すら感じる。


「これ、お嬢様からもらったんだけど大丈夫かな?」


家族との食事を終え、自室に向かう中、侍女の声が漏れてきた。


「返した方がいいと思う?」


会話している相手は同じく侍女だ。


「もらった物を突き返せるの?あのお嬢様に?」

「そうよね。でも捨てるわけにもいかないし…。困ったわ」

「後から盗んだとか難癖つけられるかもね」

「ちょっと、怖がらせないでよ」


侍女達は噂話に花を咲かせていた。


「面白い話をしているな?」

「ミッ…ミルトン様!」


ミルトンの冷たい視線を向けられて侍女達は固まった。


「そのブローチは姉さんからもらったんだろう」

「はっはい…」

「仮にも仕えている者からの贈り物をネタにするとはいいご身分だな?」

「いえ、私達はそんなつもりは…」

「このまま、追い出す事もできるが?」

「もっ申し訳ありません」


仕えていた家から推薦場もなく辞めさされた侍女に今後の雇い先などない。

目の前の少女は震えあがっていた。本当に追い出すのもいいだろう。

だが、腹いせにこの侍女が外で姉さんの悪口を言いふらす可能性は高い。


「今回は見逃してやる。だが、次はないぞ。お前達は勘違いしているが、俺は姉さんよりも容赦ないぞ」


侍女達は真っ青な顔をして恐怖で震えていた。。


「夜も遅い。あがっていい」


ミルトンの色のない声に無機質に反応するように侍女達は走り去った。

誰もいなくなった廊下の壁に思わず手をついた。


姉さんを悪者扱いしていた俺がまさか庇ったなんて知ったらどんな顔をするんだろうか。

喜んでくれるだろうか。それとも驚いて言葉すら出ないかもしれない。

動くには遅すぎた。だが、俺は諦めないよ。


記憶の中の親友が頑張れとエールを送ってくれている気がした。


もう、姉さんから逃げたりしない。唯一の姉弟なのだから。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?