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第33話 クラヴェウス家の食卓

その日、夜食の席についたのは月が昇りかけた頃だった。

すでにおばあ様もミルトンの姿もあった。


「遅かったわね。ソフィア」

「申し訳ありません」


広い大広間に3人だけの食事は静まり返っていた。

差し出される豪華なフルコースの味もよく分からない。

その合図はおばあ様が置いたスプーンの音だった。


「ルベルト伯とのお話でマゴスの脅威が我が領内にも忍び寄っているのは理解できたわね」

「はい…」

「それなのに、お前はまだ聖女認定されていないと認めてしまったのよ。何を考えているの!」

「いけませんでしたか?」


極力顔色を変えずに切り返せば、案の定、怒り狂ったおばあ様の顔が近づいてきた。

次の瞬間、頬に強い痛みが走る。


「おばあ様!」


驚いて声をあげたのはミルトンだった。

だが威圧的なおばあ様の視線に睨まれて、肩をすくませるしかない。

一方、当の本人はというと叩かれた頬を撫でながら、その焼けるような感覚を傍観者の気分で感じていた。


以前ならここで、謝っていただろう。だが、もう泣いてばかりの世間知らずな少女ではない。


「何をそんなに怒ってらっしゃるんです?」


とぼけたように首を傾げれば、おばあ様の顔にはますます真っ赤な血管が浮き出ていた。

孫娘の髪を引っ張り、床に放り投げる。さらにその体を叩こうとしていた。

だが、ミルトンの腕が伸びてきたことで叶わなかった。


「やりすぎです。やめてください」

「聖女になれないお前は黙っていなさい」


それでもおばあ様の細い腕をミルトンは離さなかった。


「二人とも理解してるかしら?私達は聖女の一族なのよ!」


聖女の一族だなんて。大それたことを言うのね。たまたま、聖女に選ばれた者が数名いるだけ。

それも公式記録の中にクラヴェウス家の名前が何度か登場するだけじゃないの。


おばあ様は怒りがおさまらない様子でミルトンの手を払いのけて、テーブルにあったお皿を叩き落とした。


「マゴス封印の役目を担わなければならない大事な時だというのに、腑抜けた姿を見せれば何を言われるか。お前達はバカなのですか」

「由緒あるクラヴェウス家の女当主であるおばあ様が世間体を気にするなんて。驚きですわ」

「なんですって!」


再びつかみかかろうとする女当主だが、ミルトンが立ちはだかって断念する。


「ソフィア!聖女がいなければ、国の崩壊どころではないのよ」

「分かっています」

「分かっていないから、怒っているのですよ!」

「では、おばあ様は何をしたのです?領地内での魔物出現の報告。治安維持における最高責任者ともあろうお方が積極的に討伐をなされなかったように見えますけれど?」


叩きつけられた衝撃で体中が痛い中、ソフィアは体を起こした。


「魔物の討伐は領都騎士団に一任しています。そんな事、お前が心配する事ではないのよ。それよりも早く聖女として目覚めてくれなければ困るわ。でなければ、魔物と戦い、傷を負う騎士たちが後を絶たない」


結局、そこに行きつくのね。この人は…。

そうやって、聖女には程遠い孫娘が悪いのだと煽ってくる。


「私が聖女になれなかったらどうするのです?」


おばあ様は一番聞きたくない言葉に我を忘れたように、グラスをソフィアの真横に投げた。

ガラス片がドレスに散らばり、大きな音をたてた。


「いい事?よく聞きなさい。我が家の娘に生まれたからには聖女になる事が絶対なの。出なければ価値はないの。全く、そんな心根だから、刻印が現れないのよ。これは再教育の必要性があるわね」


おばあ様は壁に掛けてある鞭を眺めていた。


私ってバカだな。この人の頭には聖女しかないってわかっていたのに。

それでも、どこかで期待していた。変わってほしい。普通の祖母と孫のような関係になれるかもしれないと。でも無駄だった。

そう受け入れれば、心が少し楽になった。

もういい。おばあ様には何も求めない。


「むち打ちをしたところで意味はないですわよ」

「まだ、言い訳をする気!」

「いいえ。そんな暇があるなら…とりあえず魔物発生率を抑える方が大事だと申し上げているんです」

「そんな事できるわけが…」

「出来ます。私がやりましょう」

「ただの学生であるお前に何ができるというの?」

「おばあ様、矛盾していますわ。私は聖女なのでしょう?領地内の問題すら解決できないようではどの道、覚醒はあり得ない。違いますか?」

「確かにそうね。どうするのかしら?」

「もちろん、討伐するのですよ。だから、お願いします。我が家が保有している聖女の法具を貸していただけますか?これだけでは心もとないですから」


自身の腕に付けられたブレスレットをこれ見よがしに触り、おばあ様の反応を見守った。


「いいでしょう。やってみなさい。領民のために動くのも聖女の務めですもの」

「ありがとうございます。当主様」


決意を固めたソフィアは深々と頭を下げた。

おばあ様は安心したように微笑み、手を数回叩く。

すると、数人の侍女たちが静かに入ってくる。その中にはシエラも含まれていた。


「新しい物に用意して頂戴。まだ食事は終わっていないのですから」


おばあ様の言葉に従い、侍女たちがお皿を下げ、床を掃除していく。

とりあえずの交渉は成功ね。まあ、本題を切り出すタイミングはつかめなかったけれど、魔物の件を片付ければ、気分良く了承してくれる可能性も上がるはず。

焦らずやるのよ。私…。

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