目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
第32話 持ち込まれた願い人形

「やだ!ついに手に入れたのね」

「そうなのよ。この前のバザールでね」


ソフィアが久しぶりに自室の扉を開いたと同時に侍女たちの声が漏れてきた。

この部屋の主の出現に彼女達は素早く頭を下げる。


「かしこまらないで。貴方達が掃除してくれたの?」


十数年過ごした広い室内はシンプルな作りだが、高価な調度品も並んでいる。

それらには埃一つない。


「ありがとう。綺麗にしてくれて」


素直な言葉を述べると、二人の侍女達は驚いたように目を丸くしてソフィアを見上げた。

学院に行く前のソフィアはおよそ、清廉潔白な人間とは程遠かった。

日頃のうっ憤を侍女に当たり散らすような女だった。

そんな人物からまさか、お礼を言われるとは思わなかったのだろう。


「いえ、とんでもございません」


震えている侍女にどう言葉を返していいのか分からない。

高感度はゼロに近い事は誰が見ても明らかだ。


このまま、彼女達を引き留めるのも可哀そうね。


「ひと眠りしたいの」


そう一言もらせば、早く部屋を出て行くようにという指示だと受け取ってくれるはずだ。

侍女達は足早に出口へと向かおうとする。


「待って!それは?」


侍女の手に握られていたのは小さな置物だ。正確にはドラゴンをデフォルメしたような可愛らしい人形。見た目はフェルト生地で作られたような素朴な物だ。


「これですか?願いを叶えてくれる魔具です。今、領都で人気なんですよ」

「魔具が普通に売っているの?魔力が込められた物の売買は厳しく取り締まられていると思っていたけれど」

「違いますよ。これに魔法はかかっていません。ほんとかウソか分からないって言う曖昧なうたい文句で売られている子供のおもちゃですよ。魔具っていうのも比喩的表現で、正確にはおまじない人形のたぐいです。まあ、巷では普通に願い人形って呼ばれてますけどね」

「へえ、流行り物ね」

「そうなんです。不思議な事に本当に願いが叶うんです」

「魔法がかかっていないのに?」


この世界にある魔法にも願望をかなえるという力はないはずだけれどね。


「ええ、好きな人と結ばれたとか、大金を手にしたとか結構噂になっていますよ」


嬉しそうに侍女は答えた。


それらの体験談のほとんどが抽象的すぎて真実か疑わしいわね。


「どうやって、叶えてくれるの?」

「握りしめて願望を思い浮かべながら眠りにつくんです」


おまじないの類と同列の扱いなのね。


「人気すぎてずっと手に入れられなかったんですが、バザールで売り出されていたのを見つけて…」


侍女は頬を染めて人形を抱きしめていた。この様子だと願いごとは十中八九恋愛がらみとみた。

正直、言い出すのは忍びないけれど…。


「へえ~。面白いわ。それ、私に貰える?」

「えっ!」


困惑した侍女の視線とぶつかる。


「何?問題あるかしら」

「いえ…。どうぞ」


落胆した様子で侍女は人形をソフィアに差し出した。

これでまた彼女達の好感度が下がってしまった。元々ゼロだったのだから、マイナスになっただけだと言い聞かせよう。


「ありがとう。変わりにこれをあげるわ」


ソフィアは自身のアクセサリーボックスからオレンジ色の石がついたブローチを差し出した。


「そんな。いただけません」

「気にしないで。無理を言ったんだもの。気に入らないなら売ってちょうだい。それなりのお金になるでしょうから」


侍女にブローチを握らせると彼女はお礼を述べて、同僚と共に部屋を後にした。


ソフィアの手には人形が握られている。

確かに魔力は感じない。しかし、肌がピリピリする。


「シエラ」


どこからともなく控えていたシエラが姿を見せる。


「水桶を用意してちょうだい」

「はい」


慣れた手つきでシエラは水桶を抱えてくる。透明な水にはソフィアの姿が映っている。

ソフィアはナイフで人形の一部に切り込みを入れ、水桶に人形を投げ入れた。

その瞬間、はられていた水は黒く濁っていく。


「これは!」

「シエラ、下がって」


真っ黒に染まった液体はまるで自我を持ったようにうねり出し、彼女達を一瞥した。


「お嬢様!」

「大丈夫よ」


ソフィアはシエラを安心させるように微笑んだ。

もう少しだけ力を貸してね。きらめきを放つブレスレットに唇を添わせて祈り、再び、自我を持った“それ”を見つめ返した。

ソフィアが自身の腕を差し出すのと同時に形を形成していた黒い物体ははじけ飛ぶ。

真っ白な壁に包まれた部屋に黒いシミが飛び散る。


「やっぱり、邪力が練り込まれていたわね」

「邪力ですか?全く気付きませんでした」

「仕方がないわ。巧妙に隠されていたようだし…。私も半信半疑だった」


それでも魔力が強い者なら気付けるレベルの代物だ。聖女のブレスレットの反応が鈍いのは気にかかるけれど。私の使い方が悪いのかそれとも、マゴス復活へのカウントダウンが近いせいだろうか?


「信じられませんわ。あの侍女。こんな物を屋敷に持ち込むなんて」


怒り狂うシエラが部屋を飛び出そうとしていた。


「待って。これはここだけの秘密にしておきましょう」

「なぜです?お嬢様を危険にさらしておいて…」

「彼女は何も知らないでしょうね。バザールで手に入れたと言っていたし」

「ですが…」


まだ何か言いたげなシエラの言葉を途中で遮る。


「問題は彼女ではないのよ。こんな物が仮にも聖女の一族であるクラヴェウス家の領内で出回っているという事実がショックなの」

「申し訳ありません。考えが至りませんでした」

「気にしないで」


この事をおばあ様はご存じないのかしら?

あれ、そう言えば最近、魔物の出現率も高いと話されていたはず。



『ああ、もうどうして乙女ゲームなのにバトルモードがこんなに難しいのよ』


ゆいなの声がフラッシュバックする。


人形…魔物。このエピソード、確かゲームの中にもあった。

私に解決しろって事なの?

聖女のブレスレットは問いかけには答えてくれなかった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?