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第22話 忘れられた人々

たどり着いた先でソフィアが目にしたものは想像を絶するほどひどい光景だった。

充満する腐った空気のせいで、悪臭が立ち込め、日の光は一切入ってこない。

洞穴のような小さな箱の中に人が詰め込まれていた。その誰も彼もが衛生的ではない暮らしをしているのが一目瞭然だった。マゴスの瘴気がやせ細った彼らの体を蝕んでいる。

それでも、ここにいる人達は正気を失っていない。

それが、余計に苦しめているような気がした。


いたたまれない。思わず目をそむけたくなった。


「アンタ、なんだ?」


唐突に年配の女性がソフィア達に突っかかってくる。彼女の言葉を発端に数十人という人達が一斉にソフィアに視線を向けた。そのどれもがよそ者を歓迎しているとは思えない。


「元気な人間が何の用だよ。あたしらをバカにしに来たのか?」

「いえ、そんなつもりは…」


女性はソフィアの反論を聞く気はないらしく、床にこべりついていた土を握りしめてソフィアに向かって投げつける。


「お嬢様!」


シエラはソフィアを庇うように前に進み出る。


「ゴホゴホッ!」


物凄い剣幕でソフィア達に敵意を向ける女性はせき込みだし、その場に倒れてしまう。


「お母さん!」


物陰から小さな少年が女性に抱き着く。


「大変!」


ソフィアはとっさに女性のそばに膝をついた。彼女の腕やふと元に黒い枝のような模様が浮かび上がっている。マゴノスの瘴気の浸食が激しいのだ。このままでは死んでしまう。

その時、地下へと続く階段を降りてくる誰かの足音が聞こえてくる。


「レディ!なぜここに?」


それはカデリアスであった。


「そのセリフをそのままお返しします」


警部からは同じような言葉ばかりかけられている気がする。

まあ、今はそんな事どうだっていい。


「警部さん。手伝ってください」


ソフィアは振り返る事なく、カデリアスに指示する。


「うっ…」


女性のうめき声が響く。


「病院に連れて行った方がよいのでは?」


カデリアスの言葉はまともだ。


「バカ言うなよ!街の医者が俺達を診てくくれるわけないだろ!」


少年は今にも死にそうな母に抱き着いて叫んだ。


そうよ。ここにいる人達はマゴスの瘴気にあてられた人々。

その体に触れるだけで、闇に取り込まれると信じられている。

けれど、私は知っている。マゴスの瘴気に飲み込まれず、正気を保っている彼らは精神力が高いのだ。魔法を扱う力を有していないが、常にギリギリの所で闇と戦っている。

そんな人達をこの国は助けようとしない。いなかった者として排除してしまう。


「お母さん。これ飲んで…」


少年は小さなボトルを母親の口元へと持っていく。だが、そのボトルは女性の手によって払いのけられる。地面の上で粉々に吹き飛んだ中から光り輝く液体が流れていく。


この魔法の香りは、マニエルの?


「お嬢様!どうなさいます?」


シエラの声で我に返る。今は考えるのを辞めよう。


ソフィアは聖女のブレスレットを触る。さっき、魔物を退けるために開放した力のダメージが指先から腕に伝ってピリピリする。これ以上使えば、この身にどんな副作用が出るのか分からない。

それこそ悩んでいる場合ではない。


「大丈夫よ。お姉さんが何とかするから」


不安感を隠して少年に笑いかける。


「お前に何ができるんだよ。聖女様でもあるまいし…」

「ええ、私は聖女じゃない。貴方のお母さんを本当の意味で助ける事も出来ないけれど…」


ソフィアはこと切れる寸前の女性の胸元に手を添えた。

その瞬間、女性の体から白い光があふれ出し、その体に刻まれた禍々しい模様を消し去っていく。


「ユウ…」


意識を取り戻した女性は我が子をそう呼んだ。少年の名前だろう。


「お母さん。大丈夫?」

「ええ、不思議と体が軽くなったわ」


女性は何事もなかったかのように体を起こすとソフィアを見つめた。


「貴方は聖女様なのですか?」

ソフィアは羨望のまなざしを向けてくる女性に戸惑いを覚えつつ首をふる。


「「聖女様!」」


さっきまでソフィア達を窺っていた人々が次々と声をあげていく。


体の中に溜まっていた邪力の気配を聖女のブレスレットを使って薄めただけなのに、歓喜の空気をあげるのはやめて欲しいわ。


というより、この人達、人の話聞く気ゼロなの?


今まさにソフィアを押しつぶす勢いで人が押し寄せてくる。まるで一つの希望を見つけたように彼らの瞳が輝いている。その事に恐怖すら感じる。

足がすくむ。

肩を抱き寄せるシエラの腕の感触を感じる。それでも、彼らの救いの聖女になれない自分に罪悪感が募っていく。


「皆さん、落ち着いてください。私は本庁から参りましたファルボーです」


警部の大きな背中がソフィアを庇うように盾となった。彼の一声でその場が静まり返った。


「ごめんなさい。私は聖女ではありません。今のは魔法を扱える者なら誰だって使える術です。根本的な治療法ではないんです」


申し訳なさそうにソフィアは頭を下げた。


「それでも、お姉さんのおかげでお母さんはまた笑えてるよ。だから、聖女様だよ。マニエルお姉ちゃんと一緒だ」


ユウと呼ばれた少年は笑顔で言った。

その無邪気な顔に思わずソフィアの頬も緩む。


待って…マニエル!やっぱりここにいたの?

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