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第21話 魔物との遭遇

「なんだか、暗いわね」


まだ昼間だと言うのに、空はここ数日の間にも、どす黒い雲に覆われた気がする。

しかし、この揺られる馬車の中もなぜかどんよりとした空気に立ち込めていた。


「シエラ。そんなに気落ちしなくても…」

「いいえ。使用人である私がお嬢様より身支度に時間がかかるなんて、もっての外です」


なぜ、そんなに鼻息が荒いの?

いや、前世の記憶のせいで、庶民丸出しの考え方しかできなくなった私がおかしいのかしら?


「とにかく、その話はもう終わりにしましょう。こうして街まで来られたのだし…」

「はい…」


まだ不服そうなシエラをたしなめて、ソフィアは馬車を降りた。

また一段と荒廃した地が続いているようだった。


「お嬢さん達、早く逃げた方がいいぞ!」


前方から血相を変えて、走って来た老人が叫んでいた。

裸足で、血まみれだが本人はそれどころではないらしい。

その理由をソフィア達は一瞬で理解した。


老人の後ろを禍々しいオーラが迫っていたからだ。

濃い邪力の気配を帯びた無数の鳥たちがこちらに迫っていた。


「こんな所に魔物!」


シエラの緊迫した声が漏れた。確かにこの世界にはマゴスの闇が充満したスポットがいくつか存在している。だが、そのほとんどは人気のない森の中でごく小さな区間だ。

平和な時なら人の前に姿を現さない。ましてや街中に近い街道に出没するなんてありえないのだ。


カッ!――


その不気味に輝く目が、ソフィアの頬すれすれを猛スピードで突っ込んでくる。


「お嬢様!」


シエラの声と同時にソフィアはとっさに身をひるがえす。


「危なかった」


ホッと息を吐くが、落ち着いている暇はない。


「早く逃げましょう!」


シエラの暖かな手が自身の手首をつかんでいた。


「ひっ!」


服の至る所を引き裂かれ、素肌にさらされている老人は恐怖で建物にへばりついていた。


「だけど、おじいさんが…」


このまま、あの人を見捨てられないと思った。


そうよ。私には聖女の聖遺物があるじゃない。


迷いはなかった。

シエラが止める間もなく、ソフィアは老人の前に走り出る。


「私が相手よ!」


何百といる鳥がこちらを見下ろしていた。

背筋に恐怖が伝っていく。


ソフィアは祈るようにブレスレットを手で包み込んだ。


お願い。少しでいいから、私に力を…。


その心に反応するように腕に収まるブレスレットは優しい光を放つ。


「ホーリー・バリアッ!」


自然と口にした言葉を合図に光の壁がソフィアを守るように出現する。

禍々しいオーラを放った鳥たちはその障壁に次々と激突し、姿を消していく。


よかった。うまく行った。

危機が去った事に胸をなでおろす。

しかし、それもつかの間…。


ズキンッ!


「うっ!」


体全体を駆け巡る痛みにソフィアは思わずしゃがみ込む。


「お嬢様!」


心配そうにソフィアに寄り添うシエラ。


「大丈夫。ちょっと疲れただけよ」


やはり、魔物の浄化はただの人間には荷が重いのだろう。

あの鳥達は下級クラスだ。

ゲーム内でも出没した記憶がある。


まだ、心臓がバクバクしている。


「アンタは聖女様なのかい」


無数の皴と伸びきった髪の間から神々しい物でも見るかのような瞳とぶつかっていたたまれない。


「いいえ。違いますよ。おじいさん、お怪我は?」

「大丈夫じゃ」

「その恰好では冷えるでしょう」


ソフィアは自身が来ていたコートを老人にかける。


「やはり、あんたは聖女様じゃ。これで世界は救われる。みんなに言ってやらにゃあ…」


老人は狂喜乱舞したように走っていく。


「だから、違う…」


肌寒さを感じて思わず体を震わせてしまう。


聖女はマニエルなの。あの子なら街に魔物が現れる前にすべてを浄化できたはずなの。

そう思っていると背中に程よい圧迫感がかかる。


「シエラ?」


それは彼女が来ていたコートであるのにすぐに気づいた。


「何してるの?これじゃあ、貴女が冷えてしまう」

「冗談はよしてください。主が寒さで震えているのに私がぬくぬくと温まる事はできないんです」


シエラの言葉はとても穏やかだった。

けれど、反論の余地を与えないという強さが含まれていて、ソフィアは思わず押し黙る。


「さっきの老人に対してもそうです。一人に施しを与えれば、他の人々もわれ先にと詰め寄ってきますよ。お嬢様はそのすべてを相手になさるおつもりですか?それに…魔物の前に飛び出すなんて!」


今にも泣き出しそうなシエラに驚いた。

ソフィアは思わず、諭すように肩を落とす。


「確かにそうね。私は聖女ではないから、すべての人を助ける事は出来ないわ。でも、目の前で苦しんでいる人を放ってはおけない。例え、偽善だって言われても、やらないよりはマシなはず…」


自分で言っておいて、なんともムシがいい話だと思った。

けれど、きっとマニエル…ゆいな、なら絶対に、手を差し伸べると思った。


「お嬢様はやっぱりお優しいですね。聖女というのもあながち間違いではないのかもしれません」

「やめてよ。私には微々たる魔力しかないのはシエラだって知ってるでしょ。さっきのだって、この聖女のブレスレットがあったから…」


ソフィアは反論した。


しいて言うなら、私は聖女の真似をしているだけなのよ…。

多分、そうだと思う。


だが、すべてを諦めたような、含みのある表情で息を吐きだした侍女にそれらの疑問はかき消されていく。


「シエラ?」

「行きましょう。早くしないと日が暮れてしまいますわ」

「ええ、そうね。まだ何も目的は達成してないものね」


少しばかりの違和感はうって変わって、はつらつとした彼女の声にかき消されて溶けていった。

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