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第17話 それぞれの想い

「ミルトン様。おやめください。お嬢様はマニエル様を殺した犯人を見つけるために奔走されているのです」

「そんなバカな。姉さんが?」


思わず、肩をすくめてしまう。

二人の視線は、悪女と名高いソフィアが一生徒の、それも平民の少女の死に興味があるのが信じられないらしい。

ここまで疑われるのはもはや才能ではないかとさえ思えてくる。


「シエラ。部屋に戻るわ」


もはや、言い返す気力もない。

これ以上、何を言っても、ミルトンがソフィアの話に耳を傾けてくれるとは思えない。

話を聞くにしてもまた今度にしよう。


「分かりました」


急に話を切って立ち去るソフィアの態度にミルトンは拍子抜けして動けずにいるようだ。

その体はカールに支えられている。


最近の私たちは嫌味の応酬になるのがお決まりだったのだから、あの反応も頷ける。

それにあの二人、以前というかゲーム内だともっと険悪だったはずなんだけど…。

でも、今日はなんだか、無理にミルトンが突っかかっていて、それにカールが乗っかっているような印象を受けた。


もしかしたら、あの二人、一緒にマニエルを忍んでいたのかもしれない。

だったら、その場に悪女がいるのはふさわしくないわね。


それにもう、休んでいたかもしれないシエラまで外に連れ出す形になってしまった。

これでは聞き分けのないバカな小娘じゃない。


「シエラ…ごめんなさいね。わがままで…」


最も信頼する侍女は黙ったまま、後ろを歩いていた。


「いえ。事を急いでは解決するものもいたしません。ゆっくり進めましょう」


ゆっくりね。そうも言ってはいられないのだけれど…。


とはいえ、これでは今日、校内を出るのは難しい。

目的の場所に向かうのは明日にするしかないわね。


「お休み。いい夢を…」

「はい。お嬢様も…」




ソフィアが寝室に消える間、シエラはじっと扉を眺めていた。

そして、主の気配が遠のいていくのを確認して、自身の部屋に戻る。

そこは侍女の自分には不釣り合いなほどフカフカのベッドがいつものように出迎えてくれる。

その中に顔を埋めるのがシエラは好きだった。それだけで、一日が無事すんだと喜べる。

だが、ここ数日は頭痛と妙な声に悩まされていた。


”………………”


響く騒音は言葉になっていない。

けれど、それが聞こえるたびになぜだかお腹の中から理由も分からぬ怒りが襲ってくる。

お嬢様からあの死んだ娘の名前が出た時も同じ感覚に至る。


「ああ、ムカムカする」


今日も、自分が自分でいられなくなるような感覚に襲われながら、シエラは眠りにつくのだ。




アライアンス帝国の首都は活気に満ちている。サイが育った地区は下町だったが、それでも人々の笑顔に溢れ、朝にはマルシェで賑わっていた。

だが、最近はどうだ。日が昇ってもまるでお通夜のように暗くどんよりとした空気が流れている。

それらはマゴスの封印が弱まっているせいだと言われている。


どっちにしたって、やる事は変わらない。この街を守るのが俺の役目だ。


馴染みの酒場で一杯ひっかけていたサイの横に男が座る。

たまに見る顔だ。だが、あいにく会話に花を咲かせる気にはなれない。


「悪いな。今から仕事だ」


顎をクイッと前にやって、あやまるしぐさをする。

男は残念そうに手を振ってやってきたビールを口に運んだ。

外に出ると慣れ親しんだ顔ぶれがそろっていた。


「よう。サイ。見回り行くか」


一番付き合いの長い奴が前に進み出た。コイツは俺とほとんど同じ歳で、この辺りを仕切る顔役への挨拶も一緒だった。

まだ右も左も分からなかったガキの頃を思えば、出世したものだ。


「サイ。新しい酒が入ったんだ。一本持ってってくれ」


もう何十年とこの辺りで店を出している白髪交じりの爺さんがビンを放り投げてくる。


「もう、おっさん。歳なんだから、自分の体はいたわれよ。でも酒はサンキュー」


サイは爺さんの肩を叩いた。そして、


「後…」


と言葉を続ける。爺さんは察したのか、何度も頷いた。


「分かってるよ。何か変わった事があれば報告するさ」


抜けた歯だらけの口を開けて笑う爺さんに、手をあげてサイは礼を告げた。


俺も今じゃあちょっとしたグループのボスを張り、上層部と下の連中の仲介役をやっているとはな。

時間がたつのは早い。


そして、最大の仕事が街で起こるもめごとを処理する事だ。


表の役人も闇で動く連中を黙認している。

サイはそういう存在の一人だ。


この腕の狼は俺にとっては誇りだった。

だからこそ、この辺りで頻発している誘拐事件は見過ごせない。

しかし、解せない。俺達の目が光っている中、何度も街の子供達が消えていく。

複数犯も…それもかなり組織化された奴らの仕業なのは事実だ。

だが、俺達の同類ではないはずだ。

そうであれば、情報は入ってくるし、全面戦争のリスクを上の連中が考えるとは思えない。

何より、全く奴らの跡を追えないのだ。それが不気味でならない。


そうやって、考えて出した残る可能性は中央の誰かが糸を引いているかもしれないという可能性だ。

それもかなり大物だと推測できる。

もしそうであるならば、上の奴らは目をつぶるだろう。

貴族連中に戦いを仕掛ければ、こっちがやられる。

調子に乗って、貴族達の縄張りを踏みにじったバカな奴らの末路はサイも見てきている。

この裏の世界で生きていくのに最も重要なのは表の奴らとは距離を置くという事だと理解した。

この国の法律は貴族のためにあるようなものなのだ。


奴らの目につけば、難癖をつけられて、処刑されるのがオチだ。

だが、俺はある程度の距離を持って接すれば、貴族達の力はかなり役に立つとも思っている。

特に子供達の失踪事件にあの連中が絡んでいるならなおさらだ。顔役どもが動かないなら、自分達で子供達を見つけるしかない。幸い、俺には頼りになる仲間達がいる。

それに、ひょんな事から貴族のお嬢さんとも知り合えた。質素な身なりをしていたが、上級貴族であるのは確かだ。直感がそう告げている。

しかも、善良そうで、容姿も整っている。

普通の男なら、彼女が一言かければ、惚れこむようないい女だ。

さらに面白いのは、それを本人が気づいていないという事だ。

俺がその気になれないのが少し残念だがな…。


とにかく子供達を見つけるためにも彼女に恩をうっておくのが得策だろう。

そう思って、友人が殺された件を調べているのだが、こちらも、いっこうに情報が上がってこない。

こんな事も珍しい。全く、最近はおかしな事ばかり起こる。


「ボス!また子供が消えた」


クソ!本当にどうなってるんだ?


今日はいつもにも増して、監視の目を光らせていたのに。

誘拐犯は影すら見せない。

まるで、魔法だ。

いいや、女神から授かった神聖な魔力に人を一瞬で消し去る力があると聞いた事はない。

なら、やはり…。


ここで考えても仕方がない。


そうやって、今日やっと手がかりの一つを見つける事が出来た。

現場となった道の一つに来てみれば、かすかに邪力の力を感じる。

想像通り、誘拐犯たちは邪力の使い手である事を確信した。

やはり、魔力の力を上手く扱えるあのお嬢さんの力を借りた方がよさそうだ。

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