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第12話 王子との冷たいお茶会

おとぎ話に出てくるお姫様と相性がよさそうなテラスに静かに腰を下ろすソフィアはカップ越しにパトリックに視線を移した。

こがね色の髪に透き通った鼻筋。所作の一つ一つが気品に満ちている。

流れるようなその動きはプログラムされたアンドロイドのようにすら思えてしまう。

それほど、抑揚がないのだ。この男には…。


5歳の頃に初めて出会った時の彼はもう少し感情豊かだったのに…。


それが変わったのは、彼のお母さまの死が原因だろう。

とても綺麗な人だったらしい。だから、現国王の側室にと望まれたと聞くが、その人物像はゲーム内でもこの世界に生を受けてからもあまり語られていない。

それでも亡くなられたのは王子が10歳の頃だ。まだ甘えたい時期だったはずなのにお可哀そうに。

しかも、その直後に唯一の王子だからという理由で王太子として正式に発表されてしまった。

重圧も大変な物だったはずだ。

ソフィアは婚約者として彼に寄り添う事を求められたが、彼女…私もまだ子供で、なおかつ両親共に亡くなってしまったソフィアとしては、まだ父親がいるパトリックに思うところがあった。

さらにおばあ様からのプレッシャーも相まって王子を慰めるだけの余裕は当時の彼女にはなかったのだ。そんなわけで二人は理解しえないまま、年月だけが過ぎたのである。


相変わらず不愛想な人ね。


ソフィアにまるっきり興味がない王子の態度がヒシヒシと伝わってくるこの現状にもすっかり慣れてしまった。とはいえ、一応有力貴族の令嬢に対して、もう少し礼儀を持って接してほしいとも思う私はわがままだろうか。しかも、パトリックの祖母はアン・クラヴェウスの姉、先代の聖女である。つまり、パトリックとソフィアは親戚だ。

そんな相手に対して、会話らしい言葉一つしないというのは一国の王子として問題だ。

ゲーム内のソフィアはパトリックに執着している様子が見て取れたが、記憶が戻る前を回想してみると、彼女がこの青年に好意を寄せていた様子は見られない。

マニエルと仲良くしている彼を見ても嫉妬心に駆られている様子すらなかった。

やはり、ゲームとよく似ている世界でも違う運命の元に回っているのかもしれない。


「今日はおとなしいな。いつもいる侍女もいない」


唐突に話をふられ、動揺する。


「二人ではお嫌かしら?」

「そんな事はない」


静かに言葉を紡ぐパトリックの声に覇気が感じられない。

いつも淡々としているが今日はいつもに増して心ここにあらずと言った様子だ。

婚約者の前で、笑顔を向けた事はほとんどない王子。だが、マニエルの前ではよく頬を緩ませていた。それはゲームの中でもこの世界の彼も同じだった。

王子とマニエルは恋人同士だったのだろうか。

マゴスの気配に反応を見せるはずの聖女のブレスレットも静かだ。


私のバカ…。人の機微が分からないから悪女とか言われるのよ。

前世を思い出したから改善されるという物でもないのね。


「無理をなさらないでください。お辛いのでしょう?ご友人が亡くなられたばかりですし…」

「何!」

「マニエル・リードさんでしたかしら?素敵な方だったのでしょう」


それは心からの言葉だ。王子は彼女の死を悲しんでいる。

犯人捜しをしているのに、王子の気持ちを思うと一緒に彼女の死を悼みたくなってしまう。

探偵役は私には合わらないらしい。


「お前から他者を思う言葉が出るとは…」


ソフィアの好感度が低すぎるのを痛感して、思わず苦笑いを浮かべてしまう。


「あら、私だって彼女の訃報はショックですのよ。自分で思っている以上に…。亡くなる歳には若すぎますもの」


揺れる紅茶の水面に映るソフィアの顔はみるに堪えない。ここで泣くわけにはいかない。

気付けば目の前に白いハンカチが差し出されていた。


王子が私に?


彼が気遣ってくれたのは初めてだ。私の様子に思う所でもあったのだろう。


「彼女はどんな方でしたの?」


それは無意識からの声だ。


「本が好きだった」

「本?」

「ああ、いろんな国の物語が読みたいと言っていた」


パトリックの表情は柔らかだ。マニエルの思い出に浸っているのだろう。

そういえば、ゆいなも読書家だった。高校の図書館にある本はほとんど読んでしまったと笑っていた。私も彼女にならって小難しい小説に手を伸ばしたが3日で挫折してしまったのを思い出してフッと笑みがこぼれる。


「私にもよく似た友人がいましたわ。とても読むのが早い子で一週間に10冊以上も読みふけってました」


「マニエルもそうだった」


パトリックは恥ずかしそうに口を押えた。


「すまない。余計な話をした」

「いいえ。構いません。悲しみを閉じ込めてしまうと心が壊れてしまいますわよ」

「その言葉…マニエルにも言われた」

「そうですか…」


そりゃあ、そうでしょう。これは私が前世でゆいなに言われた言葉だ。



『悲しみを閉じ込めるとね心が壊れるんだって。だからそれダメ』



イジメられている事実に耐え、自分が我慢すればすべて丸く収まると思っていた。

そう言われた私がこの世界で人を傷つけていたなんて、取返しがつかない。

けれど、自分を責めるのは後にしよう。悪女の汚名は謹んで受け入れる。


「愛しておられたんですね。彼女を…」


思わず目を見開くパトリック。


「好きだったんだろうか…」


そうなんだ…。王子の恋心はまだ始まったばかりだったんだ。

ゲームでもまだ序盤のはずだ。

すべてはこれからだったんだわ。

彼らの物語が紡がれるのは…。


「悲しんでいいんですわ」

「いいのか。だが、平民のために泣いてはいけないと…。学院の誰も彼もが彼女の死をなかったことにしようとしているのに…」


以前のソフィアならきっと、今のパトリックを見たら叱責して、立ち去っただろう。

けれど、私には助けを必要としている小さな子供に思えた。

周りに振り回され、自分の心と折り合いがつけられない。悲しみを抱えた青年。

ソフィアは思わず、王子の手を優しく握った。母親が息子をあやすように…。


「泣いていいんですわ。大切な友人が亡くなったのに、悲しまないなんてあんまりです!」

「うっうっあああああ!」


初めて王子の感情のこもった声を聞いた。


きっと、パトリックは不器用な人なのだ。悲しみ方を知らず、感情を揺らさないように無表情を装ってきた人。それを解きほぐしたのがマニエルだ。


まさかこんな形で彼の心と触れ合うなんて…。

私たちはマニエルという光を失った同じ悲しみを持つ仲間なんだわ。



そうして、どれほどの時が立っただろう。いや、それほど時間は立っていない。

だけど、何時間もそこにいた気がした。

整われた庭園に人の声が漏れる。


「そろそろ、お茶会はお開きにしましょう。話過ぎましたわ」


ソフィアは流れるようにスカートのすそを持ち、一礼した。


「ありがとう。私は…俺は貴女を誤解していたようだ」


さっきまで泣いていたパトリックの表情は少し色を取り戻したように思う。

完全に悲しみが言える事はないだろうが、それでも気晴らしにはなったらしい。

だが、彼の言葉に少し自虐を交えたくなる。


だって、私は正真正銘の悪女なんだもの。貴方を犯人ではないかと疑っていたのだから。


でも、それをわざわざ言う必要もない。やっと彼の気持ちが少し理解できたのだから。


恋だとか愛だとかそんな甘い物ではない。これからもそうなる事すらないだろうが…。


「では、私たち良いお友達になれるかしら?」

「ああ、きっと…」

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