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第12話

「良かったですわ、アルの説得が上手くいって」


「ヘザーさまは強くて優しくて素晴らしい王太子妃になれますよ!」




 国と民に認められる王太子妃を目指して頑張ると宣言したヘザーを、カサンドラとマノンが拍手をして称える。


 これであとは国王陛下が裁可すれば、アルフォンソの婚約者はヘザーに決まりだ。


 そもそもアルフォンソに甘い国王陛下が、ヘザーを拒むとは考えられない。


 選定の儀もそれに伴って終了し、こうして三人で談話室で顔を合わせるのも、残り僅かかもしれなかった。




「そう言えばカサンドラさまに、ネイトから返事が来ましたよ」




 カサンドラはマノンに、ネイトへの気持ちを認めた手紙を託していた。


 それをマノンは国元へ速達で送り、驚愕したネイトからすぐに折り返しがあったという。




「ありがとうございます、マノンさま。お父さまはいくら交渉しても『王太子妃になれ』の一点張りで、そろそろ本気で嫌気がさして、家出しようかと思っていたのです。公爵令嬢として育てられたわたくしが、そんなことをしてもガティ皇国へ辿り着けるはずもないのですが……」




 しゅんと落ち込むカサンドラに、マノンはさらなる助けの手を差し伸べる。




「その時は連絡してください。ネイトと共に駆け付けますから」


「アルフォンソさまも、きっと幼馴染のカサンドラさまへ協力してくれるのではないでしょうか」




 親友となった二人から励まされ、カサンドラは目を潤ませる。




「嬉しい……これまで八方塞がりだったのに、急に道が開けて……皆さん、ありがとうございます」




 それからは、夜にお別れ会を兼ねたお泊り会をしようという話になった。


 お泊り会が何か知らなかったヘザーに、女子だけの寝間着パーティだとカサンドラが教えてくれる。


 お菓子を持ち寄って夜更かしを楽しみ、他言無用の恋の相談をしたりするそうだ。


 コルネリアにも打診しようか、どんなお菓子を持ち寄ろうか、誰の部屋で開催しようか。


 楽しい話題は尽きず、あっという間に時間が経った。




 ◇◆◇




 その日の晩餐後、候補者たちが集う共同施設の食堂に、アルフォンソがウルバーノを連れてやってきた。


 マノンは会いたかった弟犬ウルバーノに感激して、その胸に抱き着いている。




「別れたときは、あんなに小さかったのに……」




 ウルバーノもマノンの匂いを覚えているのか、フンフンとしきりに鼻先をマノンのつむじに押しつけて嬉しそうにしている。


 まだ予定の段階だけど、と前置きをして、アルフォンソがこれからのことを教えてくれた。




「明日には、みんなのもとへ父上の通達が届くと思う。そして同時に、婚約者が決まり、選定の儀が終了したと公示される。これで晴れてヘザーが、僕の婚約者と認められるんだ。嬉しいなあ」




 デレデレした顔を隠しもせずアルフォンソが惚気るので、カサンドラが辛辣な一言を吐いた。




「結局、アルは役に立たなかったわ。わたくしとネイトさまを繋いでくれたのは、ヘザーさまとマノンさまだもの」


「それは本当に悪かったと思ってるよ」




 僕だけが幸せになってしまってごめんね、とカサンドラの怒りに火を注いでいるアルフォンソに、わたくしだって幸せになるわよ、とカサンドラが鬼の形相をしていた。




「今夜はこれから、女子だけのお泊り会があるんですからね。男子のアルは、早々に離宮から退場してください」


「お泊り会? じゃあ、その前に少しだけヘザーを貸してもらおうかな?」




 カサンドラの嫌味が堪えていないアルフォンソは、ニコニコとしてヘザーの手を取る。


 そしてヘザーを部屋へエスコートしながら、他愛のないおしゃべりを楽しんだ。


 二人の後ろには、お泊り会の準備を手伝ってもらう侍女と、うきうきなウルバーノが付いて来ているが、選定の儀の間ずっとヘザーに近づくのを我慢していたアルフォンソにとっては、貴重な時間だった。




 しかし、いくらゆっくり歩いても、やがてヘザーの部屋に着いてしまう。


 扉の前で悲しそうな顔をするアルフォンソが可愛くて、ヘザーはつい少しだけ、と室内へアルフォンソを誘った。


 二人きりになるのは駄目なので、侍女とウルバーノにも同じ部屋に一緒に居てもらう。


 気を利かせた侍女が入れてくれたお茶を飲みながら、アルフォンソはヘザーの隣に座り、ここぞとばかりにヘザーの手を握りしめる。




 オルコット王国から持ってきたお茶の香りを楽しんでいたのに、どこからか、濃厚な花の香りが漂ってきた。


 不快なのか、きゅうと鳴いたウルバーノが鼻をかしかしと爪先で擦っている。




「何の香りだろう? 誰かが大量の花を、離宮に持ち込んだのかな?」


「こんな夜にですか?」


「おかしいよね……それに、僕、なんだか眠たく……て……」




 ソファに腰かけていたアルフォンソが、ヘザーの方へグラリと倒れ込む。


 手にしていたソーサーとカップが、厚い絨毯の上に転がり落ちた。


 すでにお茶を飲み切っていたにも関わらず、離れがたくていつまでもお茶を飲む振りをしていたアルフォンソのおかげで、どこにもお茶はこぼれなかった。


 しかしアルフォンソの急変に、ヘザーは異常を感じる。


 眠たくなるにしても突然すぎだ。


 侍女に医師を呼んでもらおうと顔を上げたら、いつのまにか侍女も絨毯の上に倒れていた。




「何が起きているの?」




 もし、お茶の中に何かが入っていたのなら、倒れるのはアルフォンソとヘザーだ。


 だが現在、倒れているのはアルフォンソと侍女で、ヘザーとウルバーノだけが助かっている。


 アルフォンソをソファに横たえると、ウルバーノが近寄ってきた。




「ウルバーノ、ここでアルフォンソさまを護って。人を呼んでくるわ」




 ウルバーノはヘザーの言いつけを理解して、すやすやと眠るアルフォンソの隣に伏せをした。


 ヘザーが侍女の具合をみようと壁際に近寄ると、ノックもなしに部屋の扉がバンと開かれ、顔を覆った二名の不審者がどかどかと侵入してきた。


 その内の一人が、ぐるりと誰かを探すように部屋を見渡し、ヘザーと視線がかち合うと、びくりと肩をすくませる。




「おい、どういうことだ! 対象が眠っていないぞ!?」




 その台詞だけで、ヘザーは察した。


 この男たちの目的はヘザーで、眠らせたヘザーを手に持つ麻袋にでも詰めて、ここから連れ出そうとしていたのだ。


 ヘザーは侍女が取り落とした銀の盆を掴むと、不審者へ向かってぶん投げた。


 くるくると回転した盆が、ヘザーと目が合った不審者のこめかみにめり込み、どうっと勢いよく横転する。


 麻袋を持っていた不審者がそれに驚き、慌てて部屋から出て行こうとするのを、後ろから体当たりして押し倒した。


 ヘザーは軽く突進したつもりだったが、不審者がぐったりして気を失ったので、どうやら力が強すぎたらしい。




 悪意ある侵入者たちの登場に、これは医師と同時に騎士も必要だと判断すると、ヘザーは改めて人を呼びに駆け出す。


 するとマノンの部屋の方から、かすかな悲鳴が聞こえた。


 狙われたのはヘザーだけではないのかもしれない。


 そう考えたヘザーは、迷わずに方向を変える。




 もう夜なので、廊下には人気がない。


 ヒールで駆けるヘザーの足音が、妙にシンとした空間に響いた。


 角を二つ曲がった先にあるマノンの部屋は、今日のお泊り会の集合場所だ。


 ヘザーはアルフォンソとお茶をしていたので遅くなっていたが、カサンドラやコルネリアは、すでにそこへ向かったかもしれない。


 親友たちが、この奇妙な事態に巻き込まれて、恐怖を感じているのだとしたら。


 ヘザーの心は騒ぎ、嫌な汗が背中を流れた。




「大丈夫ですか!?」




 マノンの部屋の扉は開け放たれていて、そこからヘザーは中へ飛び込む。


 しかし、長椅子に横たわるカサンドラと、その足元にうずくまるコルネリアは、眠っているのか動かない。




(――マノンさまがいない)




 きょろきょろと室内を見渡していたヘザーに、小さな呟きが聞こえた。


 音を辿ると、それは辛うじて睡魔に抗っていた、コルネリアの口から漏れていた。




「マノン……連れて、行かれ……眠りの香の……」


「コルネリアさま!」




 しかし、それだけをヘザーに伝えると、安心したのか目を閉じてしまう。


 すぐにスースーと安らかな寝息がたち、コルネリアも眠ってしまった。


 ヘザーは今一度、自分の置かれた状況を確認する。




「眠りの香が焚かれて、それでみんなが眠ってしまった。大丈夫なのはウルバーノと私だけ。おそらくはフェンリルやオーガの血が関係しているのね。そして、マノンさまは連れて行かれた」

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