それからいくつかの季節が流れた。
映画も舞台もCDデビューも無事こなした健人は、その後も忙しい日々を送っている。
そんな中でも時間を見つけては「デートしよう」なんて言う健人と、ちょくちょく遊びに行った。
でも、すっかり売れっ子になった健人はどこに行ってもファンに囲まれてしまう。帽子を被ろうが眼鏡を掛けようがマスクをしようが、何故だか絶対にバレる。隠しきれないキラキラオーラが出ているのだろうか。
プライベートだというのに笑顔で神対応をする健人はさすがだ。でも、遠巻きに見ているしかない疎外感が、健人と住む世界が違うのだと嫌でも実感させられる。
今日は撮影があるとかで健人は学校に来なかった。でもそういうときは、夜にメッセージや電話が来る。今夜は電話だった。
『お疲れ』から始まって他愛もない話をする。誰にも邪魔されないこの時間が、俺の楽しみだ。
『そういや彰紘、週末ヒマ?』
健人がこう言うときは、『デート』の誘いだ。
「ヒマだけど」
『俺、金曜の夜から次の日の昼までオフなんだ。うち泊まりに来ない?』
寝転びながら電話をしていたが、『泊まり』というワードに思わず飛び起きる。
「え、泊まり?」
『外に遊びに行くとまたファンの子たちに囲まれるだろ。家なら彰紘と2人きりになれるしさ。ちょうど親もいないから』
親がいない……。
いやいや、男友達の家に泊まりに行くくらい何もおかしくない。陰キャな俺に経験がないだけで、別に普通のことだ。
黙り込んでいると、スマホの向こうから『彰紘?』と声がする。
『イヤだった?』
「そ、そんなわけない。行っていいなら、行く」
『じゃあ週末、約束な!』
弾む声に俺まで嬉しくなる。
通話を切ると、さっそくボストンバッグを探した。ええと、何を持って行けばいいんだ。着替えと歯ブラシと……菓子とかゲームとかあった方がいいのか。
泊まりってことは、一晩一緒にいるんだよな。ダラダラ菓子食ったり、朝までゲームしたり、一緒に寝たり……寝たり!?
な、なにドキドキしてるんだ俺!
そして週末の暗くなった頃、バッグを抱えて家を出た。
教えられた健人の家は、高層マンションだった。たぶん、芸能人とかも住んでるんじゃないだろうか。というか、健人が芸能人か。
こんなところに俺みたいなのが入っていいんだろうか……完全にアウェーな雰囲気を感じながら自動ドアを潜った。
「彰紘!」
大理石のオシャレなロビーの真ん中で、健人が待っていてくれた。
「いらっしゃーい。待ってたぜ」
「健人……」
「なんだよ、ホッとした顔しちゃって。俺んち来るのそんな緊張した?」
「仕方ないだろ。こんな高級マンション入ったことないんだから」
「えー、別に彰紘んちのマンションと変わんないだろ」
うちのマンションとは名ばかりのアパートとは全然違うに決まってる。
エレベーターに乗り込むと、健人は13階のボタンを押した。
「あ、そうだ。まだ母さんが出掛けてないんだけど、気にしないでいいからな」
「えっ、じゃあ挨拶しないと」
「息子さんを僕にくださいって?」
「ばか」
13階で止まったエレベーターを降り、健人に案内されて角部屋に入った。
玄関には花が生けられていて、正面の白い壁にはなんだかわからないが美術品っぽい絵画が飾られていた。
オシャレな雰囲気に緊張していると、健人が「上がって上がって」と俺を促す。靴を脱いで、端っこにキチンと揃えた。
廊下を通り、突き当りのドアを健人が開けた。
玄関と同じ白い壁に囲まれた部屋は、正面の大きな窓からレースカーテンを通してチラチラと外の明かりが見えた。13階からの眺めは夜景がキレイそうだ。
そしてクリーム色の毛足の長い絨毯に、ガラステーブルが乗っていた。それを囲むように、ベッドにでもできそうな白い大きなソファが鎮座している。
部屋の四隅には俺の背よりも高い観葉植物が置いてあり、それに挟まれるように、これでもかという大きさのテレビがあった。
こんな家に住んでいながら、よく俺のアパートと変わらないと言えたもんだ。
唖然としていると、奥のダイニングと呼ぶスペースからだろうか、女の人が顔を出した。
「いらっしゃい。初めまして、彰紘くん。いつも健人がお世話になっています」
ウェーブの掛かった長い黒髪で、淡いピンク色のワンピースを着た女性。当然ながら、健人の母親だろう。
健人は母親似なんだということがすぐにわかった。すっごい美人。
「は、はじめまして。いつも健人くんとは仲良くさせてもらってて……」
「彰紘、なに固くなってんだよ~」
ドギマギしている俺を肘で小突いてくる。今は茶化すなよ。
「健人、いつも家で彰紘くんの話ばかりしてるのよ。私もお話ししたかったんだけど、もう出なくちゃいけなくて残念だわ」
「あ、いえ、あの……」
「今日は旦那もいなくて、一晩健人だけにしておくの心配だったから彰紘くんが来てくれて私も嬉しいわ。健人のこと、よろしくお願いします」
「え、あ、はい……」
「母さん、それじゃ俺が1人で留守番もできないみたいじゃんか~」
「だって健人1人にしておくと、次の日リビングとキッチンが大変なことになってるじゃない。ちゃんと片付けておいてよね」
「わかってるって」
俺の横で、美形親子が何やら微笑ましくやりとりしている。上流階級というか、一般人とは違うオーラに完全にやられた。
「母さんそろそろ出なくていいの? タクシー呼んであるんだろ」
「あ、もう下に着いてる頃ね。おやつはそこに置いてあるから食べて。それから……」
「もー、わかったから早く行きなよ。いってらっしゃい!」
「ふふ、はいはい。お邪魔なお母さんは出て行きますよ」
優雅に手を振って、健人の母親は出掛けて行った。ふう、と健人が肩の力を抜く。
「まったく、過保護で困るよ。うちの親」
「お母さん、何してる人? 一般人じゃないだろ?」
「なんか、歌とか歌ってる」
「歌手!?」
「って言っても、バックコーラスだぜ。たまに今日みたいにツアーに一緒に付いてくんだけど」
ツアーをやるような歌手のお付きのコーラスってことだろ。充分過ぎるくらいすごいじゃないか。父親は何してるんだ? やっぱり芸能人一家なのか?
「すごいな……さすが健人のお母さんって感じだ。すっごい美人だし、それで歌も上手いとか」
そういや、健人が出した歌も上手かったな。母親譲りだったのか。
なんて感心していたら、健人が何故か唇を尖らせた。
「なんだよ、俺の前で母さんにポーッとなっちゃって」
「ポーッとって……健人の母親だろ」
「そうだけど。彰紘があんな目して俺以外の人見てるのやだ」
俺、どんな目をしてたんだろうか。見惚れていたのは事実だが、健人が嫉妬するような意味じゃない。
「健人と似てるなと思ったんだよ」
「俺と母さんが? 似てるかな」
「そっくりだろ。今も健人はかっこいいけど、お母さんがあんなに美人なら、大人になったらきっともっとイケメンに……」
言うと、健人の口元がみるみる緩んでいった。
「ホントか~? 俺かっこいい?」
「うん、かっこいい」
「マジか~。俺かっこいいか~」
「そんなの言われ慣れてるだろ」
腐るほど言われてるであろう『かっこいい』の一言で、ここまで舞い上がれるのが逆にすごい。
なんて思っていたら、健人が俺の手を取った。
「彰紘に言われるのが嬉しいんだよ」
「……っ」
「ほら、俺の部屋行こうぜ。荷物持つから」
「あ、ありがと……」
この家に来てから、俺はドギマギさせられてばかりだ。
彰紘の部屋はシックな印象だった。
床とクローゼットのドアはこげ茶、家具は黒で統一されている。
部屋の奥にはロフトベッド、その下には学習机と言うにはシンプルな木目調の机があり、上にはゲーム機やフィギュアが置かれていた。机の上だけが『男子の部屋』って感じがして、なんか安心する。
「荷物はロフトの上に投げといていいぜ。今日は下に布団並べて寝るから」
「俺は布団でいいから、健人はベッドで寝ればいいのに」
「それじゃ意味ないだろ。寝ながら喋りたいじゃん」
修学旅行かよ。でもそれは楽しそうだ。
中学の修学旅行は、母さんが死んだばっかでそれどころじゃなかったから。
「彰紘、夕飯どうする?」
「なんでもいいけど。なんか買ってくる?」
「出前取ろうぜ。俺ピザ食べたい」
「宅配ピザ? へえ、俺食べたことない」
「食べたことねえの!? マジで!」
健人の大きな目が更に丸くなった。そんな驚かれるようなこと……なんだろうな。
「前に住んでたとこは田舎過ぎて宅配圏外だったんだよ。こっち来てからも、頼んだことなくて……」
宅配ピザに憧れはあった。けど親父に「あんなもん高いからやめろ」と却下されて諦めていた。確かに高い。ピザトーストが何枚も作れる。
「よし、それなら今日は彰紘の宅配ピザデビューだな!」
「あ、ちょい待って。俺あんま金持ってきてない……」
「気にすんなよ、俺が奢る。これもホスト側の役目……ってか、前に奢るって約束してたもんな」
「してたけど……」
「いいからいいから、ゲストはおもてなしされてろよ。ほら、メニュー見て」
渡されたタブレットにはピザ屋のメニューが表示されてた。
「初めてならやっぱベタにミックスピザは入れるよな。あと俺、この耳にソーセージ入ったやつ好きなんだ。あと、ポテトとナゲットも付けるだろ。えーと、スープは……あ、サラダも食う?」
「そんなに食うのか?」
「結構ぺろりといけちゃうぜ」
健人に金額を気にする素振りはない。小遣いいくら貰ってんだ。いや、働いてるんだから自分のギャラか。
いくら奢りとはいえ、ちょっと気が引ける。
「スープとサラダくらいなら、俺が作れるけど」
「え!? 彰紘料理できんだっけ!」
「親父が作れないから、家ではいつも俺が作ってる」
「彰紘の手料理食いたい! 作って!」
健人が腕に飛びついて来た。なんとなく言ってしまったけど、そんな期待されるとプレッシャーだ。冷蔵庫に何があるかも確認してないのに。
健人がピザを頼んでる間に、キッチンを借りた。冷蔵庫を見ると、十分すぎるほど買い置きがある。
ピザを頼み終わった健人が、一緒に冷蔵庫を覗き込んできた。
「ここにあるの、使って大丈夫か?」
「だいじょーぶ。何作ってくれんの?」
「シーザーサラダとミネストローネとか……」
「最高じゃん! 俺どっちも大好き!」
キッチンを借りてサラダとスープを作る。自分から言い出したことだが、人の家で料理をするのは初めてだから緊張する。しかもいつもは自分と親父が食べるだけだからいろいろ適当だが、今日はそうもいかない。
「彰紘~♪」
野菜を切っている俺の背中に、健人が引っ付いてくる。
「座ってろよ」
「だってヒマなんだもん。あ、俺たまねぎ嫌いだから入れなくていい」
「ミネストローネなのに? たまねぎなんて溶けてわかんなくなるから大丈夫だろ」
「え~。彰紘、お母さんみたいなこと言うな」
誰がお母さんだ。
なんて、健人にうろちょろされながらスープを煮込み、同時にシーザーサラダのドレッシングを作る。
「料理できる男っていいよな~。いい旦那さんになれるぜ」
「旦那って……」
お母さんから旦那かよ。
呆れていると、両手で頬を挟まれて健人の方へ向かされた。
「俺の自慢の旦那さん」
「っ、ばかじゃ――」
ピンポーン♪
インターフォンの音が部屋に響いた。「はーい!」と何事もなかったかのように健人が走って行く。
「……なんなんだよ」
ぐつぐつ煮えるスープを、俺はグルグルと掻き回した。
ダイニングの黒いテーブルの上に、ピザを2枚とポテトにナゲット、スープとサラダを並べた。
「すっごいウマそー! いっただっきまーす!」
と、勢いよくピザにかぶりつく……のかと思ったら、健人はミネストローネをすすった。
「ん~! ウマい! 彰紘の手料理最高!」
「別に普通だよ。ってか、まずはピザ食えって」
「彰紘の料理食べたかったの。次はサラダ、ピザは最後」
サラダなんてドレッシングを作っただけなのに、健人は旨い旨いと食べていた。いちいち大げさだなと思ったけど、悪い気はしない。
俺は俺で、初めての宅配ピザを食べる。思わず目を見開いた。
アツアツのピザは生地がふわっとしていて、トマトのソースとチーズが絡み合う。この食感と濃厚な味は、ピザトーストとは全然違った。
「どう? 初めての宅配ピザのご感想は」
「すっっげえ旨い。これが本物のピザか……」
「あははっ、ピザは食べたことあるだろ」
「いや、俺が食べてたのはニセモノだ。俺は今まで本当のピザの旨さを知らなかったんだ!」
「なんだよそれ、めっちゃウケるんだけど!」
健人にゲラゲラ笑われたが、俺は夢中でピザを食べ続けた。健人が好きだと言った耳にソーセージが包まれたピザなんて、もはや革命だった。『耳までおいしく』なんて言ったって、プレーンのピザの耳も十分旨いのに、なんて贅沢なんだ。
バクバク食っていると、健人がニコニコと俺を見つめているのに気づいた。
「あ……悪い。俺ばっか食ってて」
「いいっていいって。彰紘が喜んでるの見ると俺も嬉しいんだ。俺、また彰紘の初めて奪っちゃったな」
「え……っ」
「東京でのデートだろ、初めてのピザだろ、それから初めてのキ……」
「ああああそうだな! そういや、友達の家に泊まるのも初めてなんだ!」
思わず健人の言葉を遮った。あの日のことは、今だって鮮明に思い出す。
初めてのキス……好きだと言い合ったあの日。
けど、別にそれから何があったわけじゃない。俺たちは友達で、親友で、それ以上の何かになったのかどうか、よくわからない。
健人の華やかな顔が、更にパッと華やいだ。
「ホントか! また彰紘の初めてなんだな!」
「お、おお……」
「そっかぁ、初めて1人でお泊りか。寂しくなったらお父さんに電話してもいいんだぜ、彰紘くん?」
「俺は幼稚園児か!」
よしよしと頭を撫でられ、完全に子ども扱いされる。黙って残ったピザに手を伸ばそうとすると、先に健人に取られた。食べるのかと思ったら、健人がそのピザをこっちに向けてくる。
「はい、あーん」
「っ、自分で食わないのかよ」
「彰紘がおいしそうに食べてるとこ見たいんだよ」
「自分で食うから寄こせ」
「やだ。俺が食べさせたい」
何を拘ってるんだか……。
根負けして、健人の手からピザを食べた。
「おいしい?」
「おう」
「じゃあ、もう一口」
飽きもしないで、健人は楽しそうに俺にピザを食わせてる。
なんだか餌付けされている気分だ。
夕食後は一緒にゲームをした。
健人はゲームが得意らしく、対戦すれば俺はボコボコ。協力プレイでも俺は足を引っ張りまくっていた。
「健人、ゲーム上手いのな」
「彰紘が下手なんだよ。俺が教えてやる」
文字通り手取り足取り教えられると、多少は使い物になってきた。
と、どこからか軽快なメロディーが聞こえる。
「あ、風呂沸いたみたい。入る?」
「俺は後でいいよ」
「一緒に入ろうぜ」
「っ、いいから先入って来いって」
「ちぇー」
頬を膨らませて、健人は部屋を出て行った。
あのまま「入ろう」としつこく言われていたら、また根負けして入っていたかもしれない。
いや別に、男同士だし変なことはないんだが。
健人、肌白いけど最近撮影で日焼けしたって言ってたな。細っこいけど舞台とかで体力ついたみたいだし、意外と筋肉あるのかも……
っ!? 何考えてるんだ!
俺は頭に浮かんだ想像を振り払って、ゲームを再開した。
入れ替わりで俺も風呂に入った。
風呂から上がって健人の部屋に行くと、ロフトの下に布団が2組敷かれている。その上で健人がドライヤーをしていた。
「健人、風呂ありがと」
「あ、おかえり。湯加減どうだった?」
「ちょうどいい。というか、風呂場すごいな」
脱衣所も洗い場も広く、中は立派な檜風呂だった。枡のような四角い檜のバスタブはゆったりと足を延ばせて、まるで旅館だ。
「父さんの拘りなんだ。あの風呂場でこのマンション決めたみたい」
「お父さん、何してる人なんだ?」
「なんかIT関係? みたいな? よくわかんねー」
うちの親父とは収入が桁違いなことだけはわかった。
髪を乾かし終わった健人が、ちょいちょいと手招きをする。
「髪、俺が乾かしてやるよ」
「自分でやるから」
「いいから、やらせて」
布団の上に座らされ、ドライヤーを持った健人が背後にまわる。なんだかわからないが、今日は俺の世話を焼きたい気分らしい。
ドライヤーの温風と共に、健人の細い指が優しく俺の髪に触れる。
「彰紘の髪、柔らかい。染めたこととかないの?」
「ないな。健人は仕事とかで染めねえの?」
「次のドラマでブリーチするんだ」
「へえ、健人が金髪か」
「ううん、ピンク」
「ピンク!?」
振り返ると、「乾かせないだろー」と前を向かせられた。
アニメのようなピンク頭になった健人、想像がつかない。
「なんかもったいないな」
「似合わないかな?」
「健人なら何だって似合うとは思うけど……でもそんな派手髪にしたら、髪痛むだろ」
せっかくキレイでまっすぐな髪がもったいない。
「彰紘が嫌なら、やめようかな」
「いや、ドラマなんだろ。俺の一存でやめるなよ」
「……ピンクの俺でも、好きでいてくれんの?」
健人が俺の顔を覗き込む。こてんと小首を傾げるこの小悪魔みたいな仕草、わかってやってんだろ。
「当たり前だろ。髪型くらいで嫌いになったりしない」
「よかったー。俺も、彰紘がハゲたって嫌いにならないからな」
「勝手にハゲさせんな」
乾かし終わると、健人は俺の髪をブラシで梳かし始めた。あと寝るだけだってのに。
「彰紘ってさあ、ワックスとか付けたりしないの?」
「したことないな。俺あんまそういうのわかんなくて」
「じゃあ、明日俺がやってやるよ。絶対かっこよくなるぜ」
髪型セットした俺とボサボサ頭の健人が並んでも、絶対健人の方がかっこいいと思うが。
まあ、雰囲気イケメンくらいにはしてくれるのかもしれない。
深夜1時も過ぎ、とりあえず布団に入った。けど、すぐ眠れるわけもない。
オレンジの豆電球の明かりの下で、健人の顔がぼんやりと見えた。
「なんか修学旅行みたいだな」
ぽつりと言うと、健人が暗闇の中でニヤリと笑う。
「なあ、彰紘。好きな子教えろよ~」
「そこまで再現しなくていいって」
「俺はね、彰紘が好き」
左側に寝ていた健人が、ごろんと身体ごとこちらを向いた。
「彰紘は? 彰紘は誰が好き?」
「…………」
「なんで黙るんだよ」
「言わせるなよ」
「言わせたいんだよ」
天井を見上げていると、健人が何やら動き出した。もぞもぞと俺の布団へ入って来る。
「ちょっ、狭いだろ」
「俺のこと好きって言ったら戻ってやる」
健人が俺の左腕にぴとっとくっついてくる。
「……っ」
「なあ、俺たちってさ。付き合ってるんだよな?」
「つ……!」
「なんかあれから恋人っぽいことしてねえし、彰紘は俺のことどう思ってんのかなって」
「……ごめん」
ガバッと健人が起き上がった。
「なんだよごめんって! あのときは勢いで言っただけなのか!? 俺は本気で彰紘のこと」
「違う違う! 悪い、不安にさせてごめんって……」
「……紛らわしいこと言うなよ」
ぎゅっと俺にしがみついてくる健人の髪を、そっと撫でた。細くて柔らかい、まっすぐな黒髪。
「健人みたいなやつが俺なんかと付き合ってるって……恋人だなんて、どうしても実感なくて」
「なんでそうやって勝手に俺との間に線を引くんだよ」
「どう考えても不釣合いだろ」
「誰が言ったんだよ、そんなこと」
「誰も言ってないけど」
「じゃあ気にすんなよ」
不機嫌そうに俺を見上げてくる健人は、心なしか目が潤んでいた。
「ごめん」
「謝んなくていいから、他に言うことあるだろ」
伏せられた健人のまつ毛は長くて、オレンジの明かりに照らされた頬は艶やかに見える。
言うまで放してやらないとばかりに、健人が抱きつく俺の腕に力を込めた。
「好きだよ。健人」
「俺も!」
ちゅ、と不意打ちで健人の唇が唇に触れた。
「――っ!」
「えへへ、良い夢見れそう」
そう言って、健人は俺にくっついたまま目を閉じた。
「自分の布団に戻るんじゃなかったのかよ」
「そんな約束してないもん」
勝手なことを言って、健人はあくびをした。今日も朝から仕事で忙しかったはずだ。眠いんだろう。
健人の細い息が首元をくすぐる。その体温をもっと感じたくて、右腕で健人の背中を抱き寄せた。
「おやすみ、健人」
「おやすみ、彰紘」
fin.