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第3話


自分の1番重い過去をぶちまけてしまったからか、健人との間にうっすらあった壁は完全に消えた。


健人は約束通り、俺をいろんな場所に案内してくれた。原宿、新宿、吉祥寺、上野。1人じゃ絶対開拓できない服屋や飯屋を教えてくれた。

学校でも昼休みに一緒に弁当を食べたり、放課後途中まで一緒に帰るようになった。


健人の仕事が終われば、スマホで電話をする。毎日のように深夜まで喋っていたら、親父に勘ぐられた。


「彰紘、お前彼女できただろ?」

「は? できてねえよ」

「毎晩ずーっと電話してるじゃねえか。休みの日は嬉しそ~に出掛けてって」

「あれはちげえよ。友達、男!」

「へえ~、今度紹介しろよ」


全然信じてない。

友達とだって、仲良いやつならそれくらいするだろ。男同士だとしても。



いつものように中庭のベンチで弁当を食べてると、健人が「あのさ」と切り出した。


「今度オーディションあるんだ」

「健人でもオーディションなんて受けるんだ。勝手にオファーくるのかと思ってた」

「俺まだそんな有名じゃないっての」


健人がカバンからオーディション用の台本を取り出す。


『私とキミの方程式』

原作は少女漫画で、ヒロイン・れん愛斗まなとのラブストーリー。

健人が受ける役はヒロインの相手役・愛斗。


「ヒロインの相手って……ほぼ主役じゃないか!」

「放送はゴールデンタイムだし、大きい役だよ。事務所には絶対取ってこいって言われてる」


大チャンスなのに、健人のテンションは低い。

事務所からのプレッシャーも大きいだろうし、目の前の大チャンスに緊張してるのかもしれない。

どうにかしてやりたいが、俺ができることなんて励ますことくらいしか思いつかない。


「健人ならキラキラした少女漫画のヒーローにピッタリじゃないか。自信持ってやってこいよ」

「彰紘、応援してくれるんだ?」

「当り前だろ。俺にできることがあればなんでも力になるから。まあ、俺にできることなんて何も……」

「じゃあ頼む!」


と、台本を押し付けられた。台本?


「セリフの審査があるんだよ。練習付き合ってくれ」

「俺が!? いやいや、無理だって。国語の音読以外やったことないんだぞ」

「棒読みでもなんでもいいから。俺を助けると思って!」


一生のお願い! と手を合わせられたら、断れるわけがない。

なんでもすると言ったのは俺の方だし。


「……わかった。付き合うよ」

「サンキュー! 恩に着る! 受かったらなんか奢るから」


愛斗役を受ける健人の練習相手ということは、俺が『恋』をやるわけで。しかもオーディション用に抜き出されたセリフは、所謂胸キュンシーン。

こんなの、俺にどうしろと……?



ドラマの舞台は高校。

主人公の恋は数学が大の苦手で赤点続き。クラスメイトで数学の天才、愛斗に家庭教師をしてもらうことになる。

愛斗に勉強を教えてもらった恋だったが、思ったように成績が伸びない。


「ご、ごめんね、愛斗くん。あ、えっと……せっかく教えて、くれたのに」

「以前から比べれば着実に点数は上がっている。謝る必要はない」

「でも……わ、私、愛斗くんに……満点を、見てもらいたかった、から」


棒読みだし、噛むし、ボロボロな俺を相手に健人は笑いもせず演技を続けていた。

しかも俺に台本を渡しているから、セリフは全部暗記している。


「恋」

「愛斗くん?」

「顔上げろ」


ん? セリフが違う。飛ばした?


「こっち見ろって」


台本のどこを探してもそんなセリフはない。

と、バサッと台本を取り上げられた。健人が真剣な目で俺を見つめてくる。


「お前が頑張ってることは、俺が1番良く知ってる。だから焦らなくていい」

「け……ま、愛斗くん」


健人が俺の頭にポンと手を置いた。


「大丈夫。俺を信じろ」

「……!」

「だから安心して笑ってろよ。お前の笑顔は、いつでも100点満点だからな」


顔がカッと熱くなる。反射的に下を向いた。

恥ずかしすぎる!


「なあ、こっち向けって言ってんじゃん」

「そんなセリフないだろ!」

「あははっ、バレた~?」


こっちは真剣にやったってのに。からかいやがって。


「どうだった? 俺の演技、胸キュンした?」

「え……まあ、した……けど」


不覚にもめちゃくちゃドキドキしてしまった。

普段から健人はイケメンだと思ってるが、演技に入ってるときはいつも以上にキラキラして見えた。


「彰紘、真っ赤になってたもんな〜」

「ふ、不意打ち食らったから焦ったんだよ! 余計なアドリブ入れるな!」

「だって彰紘、全然俺のこと見てくれないんだもん。恥ずかしかった?」

「恥ずかしいに決まってるだろ!」


だいたいなんだあのセリフ。

健人はよく大まじめにやり切れるな。これがプロ根性か。


「彰紘をこんだけ胸キュンさせられれば大丈夫か。恋愛ドラマなんてやったことないからさ。不安だったんだよ」

「完璧だったよ。余裕でできるじゃん、キラキライケメンアイドル路線」

「これでも苦労してんだよ。めちゃくちゃ恋愛ドラマとマンガ見て研究したからな」


人知れず努力してたのか。そんなことはまったく感じなかった。

まるで本当に、愛斗という人間が目の前にいるみたいに感じた。



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