自分の1番重い過去をぶちまけてしまったからか、健人との間にうっすらあった壁は完全に消えた。
健人は約束通り、俺をいろんな場所に案内してくれた。原宿、新宿、吉祥寺、上野。1人じゃ絶対開拓できない服屋や飯屋を教えてくれた。
学校でも昼休みに一緒に弁当を食べたり、放課後途中まで一緒に帰るようになった。
健人の仕事が終われば、スマホで電話をする。毎日のように深夜まで喋っていたら、親父に勘ぐられた。
「彰紘、お前彼女できただろ?」
「は? できてねえよ」
「毎晩ずーっと電話してるじゃねえか。休みの日は嬉しそ~に出掛けてって」
「あれはちげえよ。友達、男!」
「へえ~、今度紹介しろよ」
全然信じてない。
友達とだって、仲良いやつならそれくらいするだろ。男同士だとしても。
いつものように中庭のベンチで弁当を食べてると、健人が「あのさ」と切り出した。
「今度オーディションあるんだ」
「健人でもオーディションなんて受けるんだ。勝手にオファーくるのかと思ってた」
「俺まだそんな有名じゃないっての」
健人がカバンからオーディション用の台本を取り出す。
『私とキミの方程式』
原作は少女漫画で、ヒロイン・
健人が受ける役はヒロインの相手役・愛斗。
「ヒロインの相手って……ほぼ主役じゃないか!」
「放送はゴールデンタイムだし、大きい役だよ。事務所には絶対取ってこいって言われてる」
大チャンスなのに、健人のテンションは低い。
事務所からのプレッシャーも大きいだろうし、目の前の大チャンスに緊張してるのかもしれない。
どうにかしてやりたいが、俺ができることなんて励ますことくらいしか思いつかない。
「健人ならキラキラした少女漫画のヒーローにピッタリじゃないか。自信持ってやってこいよ」
「彰紘、応援してくれるんだ?」
「当り前だろ。俺にできることがあればなんでも力になるから。まあ、俺にできることなんて何も……」
「じゃあ頼む!」
と、台本を押し付けられた。台本?
「セリフの審査があるんだよ。練習付き合ってくれ」
「俺が!? いやいや、無理だって。国語の音読以外やったことないんだぞ」
「棒読みでもなんでもいいから。俺を助けると思って!」
一生のお願い! と手を合わせられたら、断れるわけがない。
なんでもすると言ったのは俺の方だし。
「……わかった。付き合うよ」
「サンキュー! 恩に着る! 受かったらなんか奢るから」
愛斗役を受ける健人の練習相手ということは、俺が『恋』をやるわけで。しかもオーディション用に抜き出されたセリフは、所謂胸キュンシーン。
こんなの、俺にどうしろと……?
ドラマの舞台は高校。
主人公の恋は数学が大の苦手で赤点続き。クラスメイトで数学の天才、愛斗に家庭教師をしてもらうことになる。
愛斗に勉強を教えてもらった恋だったが、思ったように成績が伸びない。
「ご、ごめんね、愛斗くん。あ、えっと……せっかく教えて、くれたのに」
「以前から比べれば着実に点数は上がっている。謝る必要はない」
「でも……わ、私、愛斗くんに……満点を、見てもらいたかった、から」
棒読みだし、噛むし、ボロボロな俺を相手に健人は笑いもせず演技を続けていた。
しかも俺に台本を渡しているから、セリフは全部暗記している。
「恋」
「愛斗くん?」
「顔上げろ」
ん? セリフが違う。飛ばした?
「こっち見ろって」
台本のどこを探してもそんなセリフはない。
と、バサッと台本を取り上げられた。健人が真剣な目で俺を見つめてくる。
「お前が頑張ってることは、俺が1番良く知ってる。だから焦らなくていい」
「け……ま、愛斗くん」
健人が俺の頭にポンと手を置いた。
「大丈夫。俺を信じろ」
「……!」
「だから安心して笑ってろよ。お前の笑顔は、いつでも100点満点だからな」
顔がカッと熱くなる。反射的に下を向いた。
恥ずかしすぎる!
「なあ、こっち向けって言ってんじゃん」
「そんなセリフないだろ!」
「あははっ、バレた~?」
こっちは真剣にやったってのに。からかいやがって。
「どうだった? 俺の演技、胸キュンした?」
「え……まあ、した……けど」
不覚にもめちゃくちゃドキドキしてしまった。
普段から健人はイケメンだと思ってるが、演技に入ってるときはいつも以上にキラキラして見えた。
「彰紘、真っ赤になってたもんな〜」
「ふ、不意打ち食らったから焦ったんだよ! 余計なアドリブ入れるな!」
「だって彰紘、全然俺のこと見てくれないんだもん。恥ずかしかった?」
「恥ずかしいに決まってるだろ!」
だいたいなんだあのセリフ。
健人はよく大まじめにやり切れるな。これがプロ根性か。
「彰紘をこんだけ胸キュンさせられれば大丈夫か。恋愛ドラマなんてやったことないからさ。不安だったんだよ」
「完璧だったよ。余裕でできるじゃん、キラキライケメンアイドル路線」
「これでも苦労してんだよ。めちゃくちゃ恋愛ドラマとマンガ見て研究したからな」
人知れず努力してたのか。そんなことはまったく感じなかった。
まるで本当に、愛斗という人間が目の前にいるみたいに感じた。