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第8話


朝ご飯を食べる前に目覚めの舞。

ご飯を食べてからお昼まで御咲くんと練習。

お昼を食べたら夕方までまた練習。途中、楓ちゃんたちとおやつ。

夕食後には自主練。タブレットでお母さんの動画を見ながら、何度も何度も繰り返し。


私の毎日は巫女舞で一色になった。

でも問題は、葛さんにまだ許可をもらってないってこと。

御咲くんは「見つかったらうるさいから、本番まで隠した方がいい」って言うし、千里さんは「文句言われても気にすることないよ。やっちゃえばこっちのものなんだから」って。

ちゃんと話してわかってもらえたら気持ちが楽なんだけど。


お昼の後、御咲くんはまた神社の掃除に行っているので1人で舞の練習。

私も手伝いたかったんだけど、「ことはは練習してて」と言われたからお言葉に甘えちゃった。

もうお祭りまで時間がない。早くお母さんみたいに、御咲くんみたいに舞えるようにならないと。


ドタドタドタ、と足音が近づいてきた。

この足音って……


パァーン! と障子が開け放たれた。


「何のつもりだ!」


鬼の形相で乗り込んできたのは、もちろん葛さん。


「何をこそこそやっていると思えば。お前が巫女舞を舞うことなど認めないと言っただろう!」

「けど、他に巫女姫ができる人はいないんですよね。お祭りで巫女舞を見られたら、村の人だってきっと喜んでくれると思います。お母さんだってきっと……」

「『舞う』だけで良いならお前ではなくとも誰でもできる。問題は狐宮の血筋の女でなくてはいけないということだ」

「私はお母さんの子だから狐宮の血筋です」

「半分はあの男の血も混じっているだろうが!」


あの男って……お父さんのこと?


葛さんが腹立たしそうな顔で舌打ちした。


「村を出て人間との生活を選んだから佳乃は不幸になった。案の定、人間の男に誑かされて。あの男と一緒になどならなければ、佳乃が死ぬこともなかった。人間は災いをもたらす。あの男のせいで……!」

「お父さんのことをそんな風に言わないでください!」


自分でもビックリするくらいの大声が出た。顔が真っ赤になって、息がふーふーいってる。

すぐに怒鳴り返されると思ったのに、葛さんもビックリしたのか口を開けたまま私を見下ろしてる。


「お母さんは不幸なんかじゃありません! お母さん言ってました。お父さんと出会って幸せだったって。お父さんと私と家族になれて幸せだって」


私はお父さんのことをほとんど覚えてない。

でもお母さんがいっぱい話してくれた。一緒に遊んだり、出掛けたりしたときのこと。私のこともお母さんのことも、すごく大切にしてくれたお父さん。

お母さんはお父さんが大好きだった。それは絶対ウソじゃないって思うから。


「私、絶対姫巫女になって舞を踊ります! 踊れたら私を家族だって……お母さんが幸せだったって認めてください! お父さんをあんな男呼ばわりしたこと、撤回してください!」


唖然としていた葛さんだったけど、ハッとするとまた瞳をぎらつかせた。


「そこまで言うなら勝手にしろ。ただし、振り付けを完璧にしただけで俺が認めると思うな。狐宮の姫巫女としてのお前を俺が認められなければそのときは……」


葛さんの鋭い目に、ギュッと拳を握る。

もう覚悟はできていた。


「さっさとこの家から出て行け」



「はあぁ~……」


葛さんが部屋を出て行ってから、畳の真ん中に寝転んで動けなかった。

あんなこと言っちゃって、自分で自分を追い込んじゃったかもしれない。

もしかしたら、大人しく生活してれば「まあこのまま置いてやってもいいだろう」って新学期になってもなんとなくこの家にいられたかもしれないのに。


でも、それでもやっぱり許せなかった。

この家に来たときから、葛さんは人間を……私やお父さんを悪く思ってるのはわかってた。最初は居候させてもらうんだからそれくらい我慢しなくちゃって思ったけど、私にだって堪忍袋の緒が切れるときだってある。


この先どうなるかわからないけど、今は巫女舞を一生懸命やるだけ。

それでダメだったら……もう、しょうがないよね。


「ことは」

「はいっ」


障子が開くと、御咲くんが立っていた。

色白の御咲くんの頬が赤くなって、ちょっと息が上がってる。


「大丈夫だったか? 葛兄さんが……」

「え、どうして……」

「桜が泣きながら俺を呼びに来たから。ことはが兄さんとケンカしてるって」


ケンカ、なのかな?

心配してくれてる御咲くんに、さっきのことを話した。お父さんのことを言われて、思わず言い返してしまったことを。


「……ごめん」

「なんで御咲くんが謝るの?」

「兄さんがヒドいこと言って、ことはを傷つけた。俺が近くにいれば……」


そこまで言って、御咲くんが首を振った。


「俺がいたって、何もできなかっただろうな。俺、兄さんとケンカなんてしたことないから」

「えっ、御咲くんは兄弟ケンカしたことないの?」

「葛兄さんはすぐ怒鳴って人の話なんて聞かないし、千里兄さんは口が上手くてすぐ言いくるめてくるから。俺の意見なんて言うだけムダだから」


私と一緒にいるとき、御咲くんはよく喋ってくれるなと思ったけど、そうじゃなくてお兄さんたちといるときは黙ってるだけだったんだ。


「私だって、結局ムダにケンカしちゃっただけだったよ。舞を認めてもらえなかったらこの家を出て行くって、最初から春休みの間だけって話だったんだし、何も変わってない」

「それでも、舞を認められたらことはやお父さんに言われたことを撤回しろって言えたんだろ。それだけでも本当、すごいよ」


御咲くんがふと庭を眺めた。

木の枝に止まった小鳥が飛び立つ。


「俺も、しっかりしないとな」



「ことはちゃーん! 聞いたよ。兄貴に啖呵切ったんだって? すごいじゃない」


御咲くんと入れ違いに、千里さんがニコニコとやってきた。一緒についてきた浅葱くんは、正反対に俯いてる。


「兄貴ビックリしてたでしょ。まさかことはちゃんに言い返されるとは思ってなかっただろうからね。兄貴の鳩が豆鉄砲を食ったような顔、見たかったな~」

「千里さん……嬉しそうですね」

「そりゃそうだよ。この家に兄貴に反抗できるのって僕しかいなかったからさ。仲間ができて嬉しいよ」


別に千里さんを喜ばせるために言ったわけじゃないんだけどな。

それに千里さん、なんだかおもしろがってない?


「ホント、君が来てくれて良かったよ。おもしろくなってきたね」


ほら、やっぱり。


「ことはさま……」


ずっと着物の袖をいじっていた浅葱くんが、泣きそうな声を出した。


「ぼくが葛さまに巫女舞のこと話しちゃったから……ごめんなさい……」


私が練習してるところ葛さんに見られちゃったのかと思ってたけど、浅葱くんからだったんだ。

でも別に、口止めしてたわけじゃないし。


「全然気にしてないよ。言わないでってお願いしてたわけじゃないし、家の中で練習してるんだからいつかバレちゃったよ」

「そうそう。むしろちょっと話が動いてきたんだから、浅葱は良くやったよ」


緊張してた浅葱くんのほっぺがホッとしたように緩んだ。


「さ、口直しにみんなでおやつにしない? 楓と桜が用意してくれてるんだ。僕が買ってきたシュークリームだよ」


シュークリーム!

まだ食べてないのに、口の中にあま~いクリームが広がった。この家に来てから、洋風のものって全然食べてないもんな。

おまんじゅうもおいしいけど、たまにはクリームも食べたい。


千里さんが御咲くんをおやつに呼びに行った。

私と浅葱くんは、楓ちゃんたちを手伝いに台所へ。シュークリームに合わせて、今日は緑茶じゃなくて紅茶らしい。


私が紅茶を持って行こうとすると、シュークリームをお皿に乗せていた楓ちゃんと桜ちゃんが「あ!」と声を揃えた。


「シュークリームがひとつありません! 抹茶味の」

「浅葱、つまみ食いしたでしょ」


桜ちゃんに言われて、背中を向けていた浅葱くんがビクッとした。と同時に、浅葱くんが「あぁー……」と声を漏らす。


見ると、浅葱くんの手にはペーパーナプキンにくるまれた何かが。潰してしまったらしく、ペーパーナプキンから緑色の抹茶クリームが染み出している。


「大丈夫? 潰れちゃったの?」


声を掛けると、浅葱くんがこくんとうなずいた。


「あー、もったいないですー」

「シュークリームはそうっと持たないと。その前に、つまみ食いはダメですよ」

「葛さまに、持って行こうと思って……」


そう聞いて、楓ちゃんと桜ちゃんが顔を見合わせる。

浅葱くんはいつも、おやつをひとつ部屋に持ち帰ってた。自分で食べるのかと思ってたけど、もしかして。


「葛さま、抹茶好きだから……」

「優しいね、浅葱くん。でもそれなら、こっそり持って行かなくてもいいのに」

「ことはさま、葛さまのこと嫌いかな……って思って」


私が?

でもそういえば、私と葛さんがケンカしたってことになってるんだもんね。

好きと言われるとちょっと違うけど、でも嫌いなわけじゃないんだけどな。


「そんなことないよ。私はまだちょっと葛さんのことわからないから、怖いなって思うこともあるけど、でも仲良くなりたいなって思ってるよ」


浅葱くんの顔がパッと顔を上げた。


「葛さまは怒ると怖いし怒ってなくても怖いですけど、でも本当は優しいところもあるんです。庭や神社の木々をお手入れされてるのは葛さまだし、狐宮一族のことをいつも気にかけてくれてて、ぼくにもっとしっかりしなさいっていろんなこと教えてくれるし、おやつ買ってきてくれるのもいつも葛さまで……」


一生懸命教えてくれる浅葱くんは、葛さんのこと大好きって気持ちが伝わってくる。葛さん、優しいところもあるんだな。


「抹茶のシュークリームまだあるから、お皿に乗せればいいよー」

「葛さまなら、紅茶より緑茶が良いかもしれませんね。抹茶のシュークリームならば、お茶にも合うはずです」


桜ちゃんと楓ちゃんに促されて、浅葱くんはお皿に移し替えたシュークリームを持って葛さんの部屋に行った。


「楓ちゃんと桜ちゃんは、葛さんのことどう思ってるの?」

「ちょっと怖いけど、ご当主様だから仕方ないですー。由緒正しき伝統ある狐宮のご当主さまは、威厳がある方でないといけないのですー」

「でも、今のような葛さまになられたのは前の佳乃さまが出て行かれ、前のご当主様が亡くなってからです。以前も兄弟ゲンカをされていましたが、今のように四六時中というわけではございませんでした」


常にピリピリしてる葛さんは、昔からそうじゃなかったんだ。

どうして……って、楓ちゃんの話なら理由は二つだよね。お母さんが出て行ったことと、前のご当主様……私からするとおじいちゃんが亡くなったこと。


葛さんのこと、もっと知れたらいいのに。

でもあんなこと言っちゃったからなぁ……。


みんなでおやつを食べた後、部屋に戻ったけどまた練習をする気分にはなれなかった。

バッグにしまったカードを久しぶりに引っ張り出す。お母さんが作ってくれた、桜の押し花。


「お母さん、私どうしたらいいんだろう……」

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