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第6話


「お前が姫巫女の舞を舞う!? ふざけるのも大概にしろ!」


葛さんの怒鳴り声で天井が吹き飛びそうだった。

家に戻って、葛さんに『巫女舞を踊りたい』と言うと間髪入れず却下されてしまった。


「姫巫女は狐宮本家の血を引く女の銀狐がなるものだ。まずお前には姫巫女になる資格がない!」

「でも、私はお母さんの子です。お母さんが絶縁されてても私がまだ家族だと認めてもらえてなくても、血を引いてるのは変わらないはずです」

「お前には人間の血が入っているだろうが!」

「けど、半分は銀狐の血です」

「人間の血が一滴でも入れば銀狐ではない! その証拠に、お前には銀色どころか普通の狐の耳も尻尾も生えてはないだろう! お前はただの人間だ! 銀狐ではない!」


取り付く島もない……って言葉があるけど、まさにそんな状態。

喜んでもらえるどころか、大反対されちゃったよ。


でも葛さんの言う通り、私が本当にこの家の血を引いてるなら耳や尻尾があるはず。

そんな様子はまったくないし、油揚げだって好きだけど大好き! 毎日食べたい! ってほどじゃない。


私はお母さんの子なのに。お父さんの血が強かったのかな。


「それよりも、姫巫女のことを誰に聞いた。佳乃か?」

「俺が教えた」


御咲くんが、私と葛さんの間に割って入った。

葛さんが驚いて御咲くんを見る。


「御咲が?」

「ことはが巫女姫を舞えば、村の人たちも、姉さんも喜ぶと思う」


いつもだったら葛さんに口を挟んだりしないはずなのに、私のために言ってくれてるんだ。

そんな様子に余程驚いたのか、葛さんが私と御咲くんを交互に見る。


「貴様……御咲を仲間にするとは……!」


呼び方が『お前』から『貴様』にグレードアップしちゃったよ。


「目を覚ませ御咲! こいつは銀狐でもなければ、狐宮の者でもない!」


葛さんの目には、私が弟を悪の道に引きずり込んだ悪者に見えてるみたい。

御咲くんが反論しようとしたそのとき――


「目を覚ますのは兄貴の方じゃないの?」


入って来たのは千里さんだった。


「御咲は村の人たちや姉さんの気持ちも考えてる。自分のことしか考えてない兄貴とは大違いじゃないか」

「俺はこの家の、狐宮一族すべてのことを考えている! 一時の感情に流されているお前たちとは違う!」

「感情を大切にしない当主なんて、誰もついて行かないよ」


勝ち誇る千里さんに、葛さんの頭から湯気でも出そうな勢いだった。


「とにかく、こいつが姫巫女を舞うことは許さん! わかったな!」


ドスドスと音を立てて葛さんが出て行った。

私と御咲くんが呆気に取られて顔を見合わせる。


姫巫女は狐宮の女性じゃないと舞えない。まず私が家族と認めてもらうことが先だったんだ。

でもこんな状況で家族と認めてもらうなんて、そっちの方が無理だよ。耳と尻尾でも生えれば説得できるかもしれないけど、そんなのいつになるかわからないのに。


「悪い。葛兄さんを説得できなくて」

「そんなことない。ああ言ってくれて嬉しかった」


味方がいてくれるってすごく力になる。

まだまだ私たちは力を合わせたばっかり。これから何か良い方法が見つかる。


……と、いいんだけど。


「じゃ、さっそく始めようか」


千里さんがポンと手を叩いた。


「何をですか?」

「舞の練習。姫巫女になるんでしょ?」

「え、でも葛さんが……」

「放っておけばいいよ。やったもん勝ちだからね」


い、いいのかな……?



千里さんに連れて行ってもらったのは、家の奥にある部屋だった。

まだ来たことない部屋がある。全然覚えられないな。


部屋の中には押入れと、桐箪笥がふたつ並んでいた。


「えーと、どこにしまったっけ?」

「兄さん、ここ」


御咲くんが開けた引き出しの中には、長方形の大きな和紙に包まれた何かが入っていた。

千里さんが開いていくと、中から赤と白の袴みたいな服が出てきた。

これって……


「巫女装束。しばらく着てなかったけど、虫に食われたりしてなくてよかった」

「お母さんが着てたものですか?」

「そう。ことはちゃん、ちょっと着てみなよ」

「いいんですか?」

「もちろん。だって、これからはキミが巫女姫なんだからね」


千里さんの中では、もう私が巫女姫になることは決まってるみたい。

御咲くんが楓ちゃんと桜ちゃんを呼んできてくれて、着替えを手伝ってもらうことになった。

千里さんは「できたら呼んで」と御咲くんと出て行く。


「ことはさまが新しい姫巫女様になるのですね!」

「桜、とっても楽しみ! です!」


楓ちゃんと桜ちゃんが目をキラキラさせてる。


「まだ決まったわけじゃないよ。巫女舞も覚えなきゃだし、葛さんには反対されてるし……」

「巫女姫様の舞、とってもキラキラしてて桜大好きですー」

「今年のお祭りはきっと、村の皆さんも喜んでくださいます」


全然話を聞いてない。

逆を言えば、葛さん以外の人はみんな私が姫巫女になることを賛成してくれてるんだ。村の人たちはどうなんだろう。


巫女姫の衣装は白い着物に赤い袴。その上から更に白い羽織を着た。羽織には薄い金色で絵が描かれていた。これは稲穂、かな。

衣装はどれも大きくて、羽織からは手がちょっと覗くだけ。袴は完全に畳について引きずってる。これ、歩いたら踏んづけちゃいそう。


「千里さま、御咲さま。ことはさまのお着替えができました」


楓ちゃんが呼ぶと、2人が入ってきた。御咲くんはちょっと目を見開いて、千里さんは「おおっ!」と声を上げる。


「思った通り。姉さんが姫巫女してたときを思い出すよ。ねえ、御咲」

「でも衣装、大きい」

「そうだね。楓、桜、お祭りの日までにサイズを直しておいてくれるかな」

「はい、かしこまりました」

「がんまりますっ!」


と、千里さんが手に持ったタブレットを何か操作している。


「待ってる間にこのデータ探してたんだ」


千里さんの周りに集まって、タブレットを覗き込む。千里さんが何かの動画を再生した。

白黒で線がチカチカと点滅してる。すっごく古い映像みたいだ。

舞台の上で、巫女の格好をした女の人がゆっくりと動いている。荒い画像で顔がよくわからないけど、この人もしかして……


「姉さんが最後に姫巫女を舞ったときのだよ」

「お母さんの!?」

「画質悪くてごめんね。当時のカメラはこれが最先端だったんだよ。ビデオテープやDVDが出るたびに保存し直してたけど、やっぱり劣化が激しいね。最近データ化しておいたんだ」


写真は全部実家に置いて来たって言われてて、お母さんの若い頃の写真は1度も見たことがなかった。

キリッとした顔つきのその姿は、お母さんだけどお母さんじゃないみたい。これが巫女姫様なんだ。


1分も経ってないところで、映像はブチっと消えた。


「大昔のビデオだからね。これが精一杯だったんだ」

「でもすごい! お母さんの姫巫女が見られるなんて!」

「俺も初めて見た」

「あれ、御咲に見せたことなかったっけ」


御咲くんがうなずいた。ちょっとだけ頬が赤くなった御咲くんは嬉しそうに見える。

お母さんの動画や写真、もっと撮っておけばよかった。お母さんいつも私ばっかり撮って自分は全然だったんだよね。

残しておけばこうやって、動画の仲だけでもお母さんに会えることができるのに。


「けど、これじゃ振り付けもわかんないよね。巫女舞って本当は3,4分はあるんだけど」

「振り付けは御咲くんが知ってるそうです」


御咲が? と千里さんが驚いて御咲くんを見た。


「ずっと姉さんの舞、見てたから覚えた」

「って言っても最後に見たの何十年前だよ。全部覚えてるの?」


御咲くんがと部屋の中央に歩み出た。

スッと右手を肩の高さに上げて、動く。映像の中のお母さんと重なった。これ、姫巫女の舞だ。

足音ひとつ立てず、御咲くんの舞は続いた。御咲くんは巫女の格好をしているわけじゃない、畳の上で踊っているだけなのに神秘的な空気を感じた。

キレイ。


跪いた御咲くんが掲げた両手を振るわせて、ゆっくりと立ち上がった。


「終わり、だけど」


パチパチパチ、と楓ちゃんと桜ちゃんが拍手する音が聞こえてハッとする。


「御咲さま、すごいですー! 本物の巫女姫様みたいでした!」

「佳乃さまの舞そっくりでございます」


私はさっきの映像以外本物の姫巫女は見たことないけど、それでも伝わってくる空気感はわかった。

私は平成と令和しか知らないはずなのに、昭和とか大正とか、もっとずっと昔から繋がる何かを感じた気がする。

これが葛さんの言ってた『伝統』なのかな。


「すごいじゃない。御咲が巫女舞を舞えるなんて知らなかったよ。だったら御咲が姫巫女になったってよかったのにね」

「男は姫巫女になれないだろ」

「そういうのが古いんだよね。当主は男、姫巫女は女。別に女が当主になったって、男が姫巫女になったっていいのにね。ジェンダーフリーの時代に頭固いんだから」


千里さんがそう吐き捨てる。

でもそうだよね。こんなに踊れるのに、みんなには御咲くんの舞を見てもらえないなんて残念。


「とにかく時間がないから、ことはがしっかり舞えるようにしないと」

「あ、う、うん! そうだよね!」

「……自分が舞うってこと、忘れてた?」


だって、御咲くんの舞に見惚れちゃってたんだもん。



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