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第5話


部屋に戻って布団に入ったけど、目をつぶっても千里さんたちの狐の耳と尻尾が頭から離れない。


千里さんたちが、お母さんが狐って……。

自分の頭とお尻を触ってみる。うん、耳も尻尾も生えてない。

ホッとしたけど、でも生えてないってことはやっぱり私はこの家の家族にはなれないのかな。


春休みが終わったら私、どうすればいいんだろう。


そんなことを考えていたら、いつの間にか眠ってしまった。



「おはようございます、ことはさま」

「おはようございまーす」

「ことはさまー」


ふすまの向こうから輪唱が聞こえてきて目を覚ます。楓ちゃんたちだ。

慌てて飛び起きて、髪を整える。


「おはよう! どうぞ」


失礼します、と3人が揃って入ってきた。

3人ともまたそれぞれの色の着物を着てる……けど、そこから尻尾が生えてる! 頭には耳も!


「そ、それッ!!」

「千里さまが、ことはさまの前では隠さなくて良いとおっしゃったので」


ってことは、昨日のあれはやっぱり夢じゃなかったんだ。

それにしても、昨日まで隠してたのにもう完全にオープンなんだね……。


「でも楓ちゃんたちの耳、千里さんたちと色が違うような?」


3人の耳と尻尾はきつね色。でも昨日見た千里さんたちは銀色だった気がする。


「千里さまたちは銀狐ですから」

「銀狐?」

「狐宮本家の方々だけが銀狐という特別なお狐様なのです」

「だから桜たちは普通の狐色です!」


楓ちゃんと桜ちゃんが交互に説明してくれる。

銀狐ってなんかすごそう。お母さんもそうだってことだよね。


「お狐様たちって、普通の人間と何が違うの?」

「僕たちは人間よりずーっと寿命が長いです」


今度は浅葱くんが答えてくれる。


「ずーっと?」

「だから、たぶん僕らはことはさまよりずっと年上です」

「ウソでしょ!?」

「銀狐さまなんて、僕らよりもっともーっと寿命が長いので千年くらい生きられるそうです」


千年!?

お父さんとお母さんは歳の差があるって言ってたけど、もしかしてお母さんの方が何百歳も年上だったってこと!?

だから見た目はずっと若いままなのかな……。


「浅葱、寿命よりも大事なことがあるでしょう。銀狐さまたちは不思議なチカラを持ってます」

「桜たちにはないけど、銀狐さまたちには特別なチカラがあるんです」

「特別なチカラって?」


聞き返すと、もう楓ちゃんは布団に手を掛けていた。


「朝食のお時間になってしまいます。お布団をお上げしますね」

「あ、自分でやるよ」

「葛さまに僕らがやるようにって言われてますから。絶対ことはさまにはやらせるなって」


う……そうだった。

浅葱くんと楓ちゃんが、さっさと布団を片付けて行く。

とりあえず着替えよう。

と思ったら、桜ちゃんが私のパジャマの袖を引っ張った。


「お着替えお手伝いします」

「だ、大丈夫! さすがに着替えは自分でするから」


さすがにそれだけは死守して着替える。

顔を洗って歯を磨き終わると、楓ちゃんが待っていてくれた。


「葛さまが、今朝は全員で朝食をとるようにと言われております」

「え!? そ、それ、千里さんは?」

「千里さまもご一緒です」


それならまだいい、かな……。



朝食は夕食と同じ居間で食べることになった。

憂鬱な顔をしていたからか、葛さんの正面には千里さんが座ってくれた。私の目の前は御咲さん。

これで食事の間中葛さんに睨まれずに済む……でも斜め前だけど。


葛さんたちには、昨日見た耳と尻尾がなかった。

楓ちゃんたちのを見てなかったら、夢だと思い込んでたかもしれない。


お稲荷さんと油揚げのお味噌汁を食べながら、誰も何も言い出さない。

沈黙が逆に怖い。ここはもう、私から切り出すしかない!


「あの……昨日の夜のことなんですが」

「なんのことだ?」


一瞬だけピクリと眉を動かした葛さんが、目を伏せたまま言った。

と、千里さんがぷっと吹き出す。


「無理無理。もう誤魔化せないよ」


ポンッという音とともに、千里さんに耳と尻尾が生えた!

キョロキョロしてた御咲さんも、ため息をついた葛さんも銀色の狐の印が生えた。


「皆さんは、銀狐さん……なんですか」

「なぜ銀狐のことまで!?」

「楓たちが説明したんだよ。聞かれたら教えといてって頼んどいたんだ。その方が話が早いでしょ?」

「千里……お前はいつもいつも勝手なことを……」


葛さんが膝の上で拳を固く震わせていた。


「とにかく、どこまで知られようともお前を一族の者だと……家族だと認めることはできない。それだけは忘れるな」

「なんでそうことはちゃんにイジワルばっかり言うかな。それでも当主?」

「イジワルだ? 人間の血が一滴でも入ってるやつを家族にできるわけがないだろう」

「そういうとこが頭が固いって言うんだよ。いくら古い家だって、もう価値観をアップデートさせていかなくちゃ」

「あ、あっぷ……? お前はまたそうやってわけのわからないことを!」

「兄貴が知らなすぎるんだよ。いつまでも頑固でいると、時代に取り残される」

「うるさい! お前はうちの伝統としきたりを壊そうというのか!」


ああ、またケンカが始まっちゃったよ。

御咲さんはまた我関せずって感じで食事を続けてるし……。

私の視線に気づいたのか、御咲さんが顔を上げた。


「君も食べたら? 冷めるよ」

「……葛さんたち、止めなくていいんですか?」

「放っておけばいいよ。いつものことだから」


そう言って、卵焼きに箸を入れた。


「御咲は本当に他人事だな」

「昔からじゃない。クールだよね。兄貴と違って」

「お前とも違ってな!!」


やれやれ……。


朝食を食べ終えて、私も部屋に戻った。

まだ葛さんと千里さんは言い合いをしてる。


私は1人っ子だけど、兄弟ってあんな感じなのかなぁ。仲良くできればいいのに。

お母さんは、何度も兄弟の話をしてくれた。

よくケンカをしていた葛さん、いつも自分の味方をしてくれる千里さん、それから可愛がってた末っ子の御咲さん。

葛さんたちとは1度も会ったことなかったけど、みんなの話を聞くのはすごく楽しかった。

「会ってみたいな」っていうと、いつもお母さんは寂しそうに「そうだね」って笑ってたっけ。


とにかく、私は今やれることをしよう。お母さんだって、いつも「いろいろ考えてわからなくなったときは、目の前のことを一生懸命しなさい」って言ってたもんね。

……って思ったけど、私の目の前には何もない。

春休みは宿題もないし、遊ぶ友達もいないし、ゲームや本も持ってこなかった。この家では手伝いもさせてもらえない。

一生懸命やりたくても、目の前には何もないよ……。


なんて思ってたら、ゆらっと障子に人影が現れた!

楓ちゃんたちにしては大きいし、千里さん? にしては小さいような……。


「開けてもいい?」


御咲さんの声だ!


「ど、どうぞ!」


答えると、静かに障子が開いた。


「今、ひま?」

「ひま、ですけど」

「ちょっと手伝って」


なにを?

と言うのも待ってくれず、御咲さんはさっさと行ってしまった。

なんだか良くわからないけど、御咲さんの方から何か言ってくれるなんて一大事。

とにかく行ってみよう。


御咲さんに続いて外に出る。

竹藪を抜けるのかと思ったら、御咲さんは庭の奥に進んでいった。


家の裏手は砂利道になっていて、そこを進んでいくと坂道になっていく。砂利から土の地面に変わったときには、完全に山の中に入っていた。


「どこに行くんですか?」

「うちの神社」

「神社?」

「先祖代々の銀狐が祀られてる。狐宮の神社だよ」


そっか! 銀狐って神様なんだもんね。


到達した山の頂上に神社があった。

鳥居をくぐって、御咲さんがまっすぐ参道真ん中を歩いて行く。

あれ、確か参道って端を歩くんじゃなかったっけ。真ん中は神様の歩く道だから……

あ、御咲さんは銀狐。神様だからいいのか。


私は端っこを歩いて御咲さんの後に続く。

手水舎で手と口を清めて、拝殿で白黒の綱で大きな鈴をガランガランと鳴らして手を合わせた。お賽銭、持ってきてなくてごめんなさい。

どうか狐宮のみんなと家族になれますように。


「御咲さんは、なにをお願いしたんですか?」

「俺は別に。ご先祖様に挨拶しただけ」


御咲さんにとっては、お墓参りみたいな感じなのかな。


そんなことを考えてたら、御咲さんが拝殿の横にある小さな小屋の中に入って行った。

戻ってくると、ホウキや雑巾を持ってる。

「はい」とホウキを渡された。


「掃除、手伝って」

「え、は、はい!」


それだけ言って、御咲さんは拝殿の掃除を始めた。

ええっと、ホウキってことは落ち葉とかを掃けばいいのかな。


鳥居に続く参道を掃除していく。

チラホラと桜の花びらが落ちてる。拝殿の横にある大きな桜の木からだ。


「きれいだなぁ」

「ソメイヨシノ」


振り返ると、後ろに御咲さんが立っていた。

手を止めたこと怒られちゃう!?

と思ったけど、御咲さんは桜をじっと見上げている。


「ソメイヨシノって、この桜の名前ですよね。お母さんの名前と同じ」

「姉さん、桜が好きだった」

「大好きでした! 私の小学校の入学式は桜が満開で、中学の入学式もすごく楽しみに、してて……」


でも入学式どころか、小学校の卒業式の桜も、お母さんは見られなかった。


「ことはは桜、好き?」

「は、はい。好きです」

「だと思った」


桜を見上げる御咲さんは、なんだか嬉しそうだった。

今まで見たことなかった、優しい笑顔。


「御咲さんは……」

「『さん』じゃなくていい」

「でも、お狐様だからすっごい年上なんですよね?」

「別に年なんてどうでもいい。敬語もうっとうしいからやめてほしい」

「じゃあ……御咲、くん」


御咲くんが小さくうなずいた。


御咲くん……。

呼び方がちょっと変わっただけなのに、ちょっと御咲くんが近くに感じられた。不思議。


「御咲くんは、桜好きなの?」

「好きだよ。特にソメイヨシノの淡い色。優しくて、キレイな色だと思う。この桜を見てると、姉さんを思い出す」


いつも「どっちでもいい」って言ってる御咲くんが、ちゃんと答えてくれた。

もしかして御咲さん、この桜を私に見せてくれようとしたのかな。お母さんを思い出す、この桜を。

だから突然「手伝って」なんて、私のこと連れ出してくれたんだ。


御咲くんが桜から視線を外した。


「終わったなら次はあの舞台、頼む」


手水舎の向かい側に、ちょっと高くなったステージのような場所がある。ステージの周りは、鳥居と同じ赤い色の柵で囲まれていた。

上がろうとすると、待ってと呼び止められる。


「こっちのホウキと、この足袋に履き替えて」


足袋!?

真っ白い足袋、七五三のときに履いた……ようなきがするくらいだ。

素足になって、足を入れて足首部分の薄い金具を留めていく。

ホウキは外を掃いていたのとは違って、やわらかい毛のホウキだ。

この舞台、すごく神聖な場所なんだ。


「この舞台って、何をする場所なの?」

「お祭りで巫女姫が巫女舞を踊るんだ」

「巫女姫!? いいなあ、見てみたい。お祭りっていつあるの?」

「4月5日」


もうすぐだ。それなら今年は私も見られる。

姫巫女って、どんな人なんだろう。狐宮の人じゃないのかな。楓ちゃんたち、とか?


「もう何十年も舞ってないけど」

「え!? どうして?」

「姫巫女がいないから。姫巫女は代々狐宮の女性がなるものなんだ。昔は姉さんが姫巫女だったけど、いなくなってからは誰もやり手がいない」

「そんな……誰かが舞わなくてもいいの?」

「いいわけじゃないけど、男じゃできないし、狐宮以外の者がやるわけにもいかないから。仕方ない」


お母さんが姫巫女。

前に住んでいた場所にも神社があって、初詣に毎年行ってた。舞はやってなかったけど、巫女さんたちが何人もいてステキだったな。

後から聞いたら、高校生の人たちがバイトでしてるんだって。だから私も高校生になったらやりたいなって思ってた。


「お母さんの姫巫女って、どんな感じだったの?」


御咲くんが誰もいない舞台上をじっと見つめる。


「桜の花が舞い散る中舞っていて、すごくキレイだった。兄さんたちも、姉さんのことを『まるで女神みたいだ』なんて自慢げに見てた。舞の最後には俺たちも舞台に上がるんだけど、気持ちがひとつになるような不思議な気分がしたよ。巫女舞は春が来る喜びと、みんなの幸せと絆を祈る舞なんだ」

「みんなの幸せと絆……ステキな舞だね」


御咲くんが、ふっとため息をついた。


「懐かしいよ。あの頃兄さんたちはケンカすることもあったけど、今みたいに顔を合わせるたびに怒鳴り合いしてるわけじゃなかった」

「いつから今みたいに険悪なの?」

「姉さんが大学に行くって家を出てから、かな」


ってことは、お母さんが姫巫女を踊らなくなってからだよね。

何十年前って言ってたけど……


「そんなに? 何がきっかけだったの?」

「葛兄さんと、当時は父さんもいたけど2人とも姉さんが家を出るのは反対だったんだよ。千里兄さんは姉さんの味方で、それで毎日4人で言い争いしてた。結局、姉さんは千里兄さんに協力してもらって家出したんだけど」


そ、それはすごく迫力がありそう……。

お母さん、怒るとめちゃくちゃ怖いからな。


「あの頃に戻れたらいいんだけど……」


御咲くんがぽつりとつぶやいた。


「姉さんが家を出てってから、結局1度も兄弟一緒に顔合わすことができなかった。いつか、そのうち……って思ってる間に、姉さんは死んだ。ずっと後悔してるんだ。今更遅いけど」


お母さんは私に御咲くんたちの話をしてくれた。懐かしそうで、楽しそうで、でもちょっと寂しそうだった。

きっとお母さんも、仲直りしたかったんだと思う。


でも、本当に御咲くんの言うように『今更』なのかな。


「ねえ、姫巫女って私にはできないかな?」

「は……?」

「狐宮家の女性が姫巫女になるんでしょ? 私ならできるかもしれない。私が巫女舞を踊れば、みんなまた仲良くなれるかも。巫女舞は幸せと絆の舞なんでしょ」

「それは、そうだけど……」

「お母さんは死んじゃったけど、私たちは生きてるんだよ。まだ葛さんたちに仲直りしてもらうチャンスはあるよ。みんな仲良くなれば、きっとお母さんも喜んでくれる」


お母さんが生きてるとき、私はお母さんに何もしてあげられなかった。御咲くんも、だから後悔してるんだと思う。

昔には戻れないし、過去は変えられないけど、でも今からだってできることはあるはず。


驚いてた御咲くんが、口元に手を当てて考え込んだ。

少しして、「そうかもしれない」とつぶやく。


「姫巫女がいなくなったことは兄さんたちも村の人たちも残念がってたから、ことはが姫巫女の舞を舞えば喜ぶかもしれない」

「ホントに!」

「でも、姫巫女は12歳以上じゃないとなれない」

「それなら大丈夫。私、3月31日が12歳の誕生日なの」


御咲くんがホッとして笑った。

だけど、すぐに「でも」と不安そうにつぶやく。


「踊りとか、やったことあるのか? 振り付けは俺が教えられるけど、本番までにあまり時間がない」

「う、運動会のダンスしかやったことない……けど、頑張って練習するから!」


御咲くんに、任せて! と力強くうなずく。

どうなるかわからないけど、でもきっとこれが今私の目の前にあるやるべきことなんだと思う。


姫巫女として巫女舞を踊れたら、きっと葛さんたちも、村の人たちも、お母さんも喜んでくれるはず!


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