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第4話


呼ばれて行った夕食は、なんだか変わってた。

料理はちょっと油揚げが多かったくらいで普通だったけど、問題はテーブル。

ひとつのテーブルをみんなで囲むんじゃなくて、1人用の小さい台みたいなのに乗った食事をそれぞれ食べる。

しかも部屋には私と御咲さん、葛さん……だけ。


千里さんと楓ちゃんたちはいつも別で食べるんだって。

理由はわからないけど、だったら私もそっちで食べたかったよ。

目の前にずっと葛さんがいてジッと睨まれてるから、全然食べた気がしないかった……。

御咲さんは何もしゃべってくれないし、無言の時間がツラかった。


お風呂に入って廊下を歩いてると、千里さんがいた。


「ことはちゃん、夕飯は大丈夫だった?」

「大丈夫……でしたけど、どうして千里さんたちは別々だったんですか?」

「兄貴は昔ながらの風習が好きでさ。食事は楓たちと一緒にとらない、あんなお膳使って個別に食べる、当主は上座に座るとか。古臭くて付き合ってられないんだよ。俺は楓たちと普通にテーブル囲んで食べてるんだ」


それならどうして私もそっちに呼んでくれなかったの!


という無言の訴えを感じ取ってくれたのか、千里さんが「ごめんごめん」と謝る。


「本当はことはちゃんもこっちに来てもらうつもりだったんだけど、兄貴が『客人をもてなすのが当主の務め』とか言い張るからさ」

「でも葛さん、ずっと黙って私を睨んでましたけど……」

「だよねー。ただ単にことはちゃんを監視したかったのか、嫌がらせしたかっただけだと思うよ。明日からはなんとか俺たちと一緒に食べられるようにするからさ」

「絶対そうしてください!」


もうあの空気の中でご飯食べるのはしんどいよ……。


念を押して千里さんと別れようとすると、「ことはちゃん」と呼び止められた。


「夜中、トイレとか台所ならいいけど他の部屋に入ったりしないでね」

「……? はい、わかりました」


それだけ言うと、千里さんは行ってしまった。

なんだったんだろう。もちろん勝手に部屋に入ったりなんてしないけど。

叔父と姪っていっても、まだ会ったばっかりだもんね。信用されてないんだな……。


千里さんと別れて部屋に戻ると、楓ちゃんたちが布団を敷いていてくれた。


「自分でやるから大丈夫だよ」

「いえ、葛さまにことはさまを丁重におもてなしするように言われておりますので」

「大切なお客様だから、絶対に何もさせてはいけないと言われてるんです」

「布団は僕たちがやるので、ことはさまは座っててください」


完全にお客さま扱いだ。

絶対家族として認めないという葛さんの意志がヒシヒシと伝わってきてしまう。


今日は疲れてるからすぐ眠れると思ったけど……ダメだ。

いつもフローリングの部屋のベッドで寝てたから、畳の上の布団、見慣れない天井が落ち着かなくて眠れない。

月明かりでぼんやり見える天井の黒いシミが、なんだか顔みたいに見えてきた。


ああ、余計に眠れないよ!


いつも眠れないときは、お母さんがあったかいミルクとかココアを淹れてくれたのにな……。

せめてお茶かお湯でも飲んでこよう。


ええと、台所はどっちだっけ。夕食に行くとき見た気がするんだけど。

記憶を頼りにうろうろしていると、なんとかたどり着いた。

湯呑にお湯を入れて飲む。味はしないけど、あったかいものを飲んだら少し落ち着いた。

窓を見上げると、ちょうど雲に隠れてた満月が顔を出した。すごく大きくて、キレイに見える。星もよく見えるし、空気が澄んでるのかな。


台所を出て帰ろうとすると……あれ、どっちから来たんだっけ。

記憶を頼りにっていっても、うろうろしたからどうやって来たのかわからなくなっちゃった。


客間を探して廊下や縁側を行ったり来たり。

足音させないようにしてるけど、あんまりうろついてると葛さんが起きちゃうかも! 絶対めちゃくちゃ怒られるよ! 人目のない間に放り出される!?


ぼんやりと、障子から灯りの見える部屋があった。

自分の部屋は電気をつけてきてないから違う。

灯りに映し出されて3つの影が見える。けど、なにかが変。


頭の上に2つの耳が生えてて、背中の後ろにゆらゆら尻尾が揺れてる。

動物? でも動物がなんで部屋の中に。犬? 猫? ペットがいるなんて聞いてないけど。


千里さんには部屋には入らないように言われてる。でも、すっごい気になる。

鶴の恩返しで部屋を覗いちゃったお爺さんの気持ちが今ならわかる。

少しだけ……少し覗くだけだから……。


障子にそっと手を掛けて、音がしないように慎重にほんのちょっとだけ開ける。

中にいたのは葛さん、千里さん、御咲さん。

……のはずなのに、3人の頭に動物の耳が生えてる!?


「ど……っ」


どういうこと!? 夢!?


「誰だ!」


振り返った葛さんと、バッチリ目が合ってしまった。

そして、葛さんが障子を勢いよく開く。


「貴様! 覗き見とはいい度胸だ!」

「あ、わた、あの……ご、ごめんなさい!」


反射的に床に頭をつけて土下座!

怒りのオーラが全力で伝わってきて、顔が上げられない。


「見られたからには生かしておけん!」

「も、申し訳ありません! 命だけはお助けを!」


追い出されるどころか殺されちゃう!

と、「まあまあ」と千里さんののんびりした声が聞こえてきた。


「兄貴、物騒なこと言わないでよ。一緒に暮らしてたらバレるのは時間の問題だって」

「だから俺はさっさと追い出せと言っただろう!」


恐る恐る顔を上げると、葛さんと千里さんが睨み合ってた。その後ろで、興味のなさそうな顔した御咲さんが座ってる。

3人には銀色の動物の耳、それからふさふさの尻尾がはえてる。何度目を擦っても同じ。ほっぺをつねっても痛い。


「あ、あの……これは、一体……」

「こうなったら話すしかないね。全部説明するよ」

「待て! 狐宮家最大の秘密を人間に話すつもりか!?」

「仕方ないでしょ、ここまでバレちゃったんだから。それに、ことはちゃんだってうちの血を引いてる子だよ。ただの人間じゃない」


千里さんが全然仕方なくなさそうにそう言った。むしろ、なんだか楽しそうに見えるのは気のせい?



部屋の中に入って、銀色の耳と尻尾のはえた千里さんたちと向かい合う。


「この村には昔から、お狐様の言い伝えがあるんだ」

「あ、ヨネコおばあちゃんから少し聞きました。この村の神社に祀られている神様で、狐宮の人たちはその子孫だって言い伝えがあるって」

「それ、ただの言い伝えじゃなくて本当なんだ」

「え……?」

「僕らはこの村の神様で、狐だよ」


千里さんたちが神様!? 狐!?


うそうそ、千里さん冗談ばっかり。

……と思いたいけど、仏頂面の葛さんと興味なさそうな御咲さんまで銀色の耳と尻尾をつけて狐の格好をしてる。どう考えても、私をドッキリに仕掛けるコスプレに協力してくれるわけはなさそう。


っていうことは、本当にみんな神様で狐なの!?


「ということは、お母さんも……?」

「もちろん。姉さんも狐だよ」

「で、でも、お母さん狐も耳も尻尾もなかったです!」

「これは消すこともできるんだ。姉さんは人間の社会で暮らしていたんだから、ずっと隠してたんだろうね。僕らも人間の前では出さないようにしてるから、村の人もこのことは誰も知らないよ」


なんだか夢でも見ているみたい。

現実感がなくて、わけがわからなくなる。


「まさか人間にバレるとは……この俺が人間の気配に気づかないことなどありえないのに」

「ことはちゃんも人間じゃないからでしょ。姉さんの子なんだから、半分は僕らと同じ狐なはずだよ」

「こいつには狐の印がないだろう! 佳乃の子どもとはいえ、我ら一族の者ではないというなによりの証拠だ!」


唖然としてる私の前で、千里さんと葛さんが言い合いをしてる。

私も狐? 狐じゃない?


どうしていいかわからなくてキョロキョロしてると、御咲さんと目が合った。


「あ、あの、御咲さんは……」

「別に。僕はどっちでもいいけど」


なんでそんなに他人事なんだろう。私のことだけじゃなくて、自分のことにも興味ないの?

御咲さんはそのまま、部屋の外に出て行ってしまう。思わず追いかけた。


「いいんですか? 千里さんと葛さん」

「兄さんたちはいつもそうだから。気にしなくていいよ」


そう言って、さっさと自分の部屋に帰って行ってしまった。

まだ千里さんと葛さんは言い合ってるけど、もう私のことなんてそっちのけ。私も部屋に戻ろう。

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