降りたのは小さな駅だった。
バス停? ってくらいのスペースしかない駅のホームには、誰もいない。駅員さんもいなかった。こういう場所、無人駅って言うんだよね。
私が住んでいたのは全然都会じゃなくて、車がないと生活できないってお母さんが言うほど。だから田舎だと思ってたけど、私は本当の田舎を知らなかったみたい。
駅に着いたら迎えに行くから連絡してね、と叔父さんに言われていた。
駅の外に、使えるのか使えないのかわからないくらい古い電話ボックスがある。中学に入学したらスマホを買ってもらう約束だったのにな。もうそれどころじゃないけど。
ええっと、叔父さんに教えてもらった電話番号のメモ。どこにやったっけ……
「おや、こんにちは」
振り返ると、手押し車を押したおばあちゃんが立っていた。周りに誰もいないってことは、私に話しかけてるんだよね?
「こんにちは」
「見かけない子だねぇ。どこか親戚のおうちに遊びに来たんかい?」
「はい。
「ああ、お狐様んちだね」
「お狐様?」
「うちの近くだから一緒に行くかい?」
と言うと、返事をする暇もなくおばあちゃんは歩き出してしまった。
おばあちゃんが歩いて行ける距離なら、私だって荷物があっても歩けるよね。
そんな少しの道を迎えに来てもらうのも悪いし、案内してもらっちゃおうかな。
畑に囲まれた道を、おばあちゃんの横に並んで歩いた。
「お嬢ちゃん、お名前は? おいくつ?」
「
「じゃあ小学5年生かい?」
「いえ、6年生です。私、早生まれなので。春から中学生です」
「まあまあ、それはおめでとうさん」
私の誕生日は3月31日。
学年で私より誕生日が遅いのは4月1日生まれの子だけ。でもあんまりいないから、だいたいいつも誕生日が1番遅い。しかも春休みだから、友達にお祝いしてもらったことってほとんどない。
「おばあちゃん、さっきお狐様って言ってたけど」
「知らないのかい? お狐様はこの村の神社に祀られている神様でね、狐宮さんちはその神様の子孫だと言い伝えられているんだよ」
ってことは、お母さんも神様の子孫!?
まさか本当にそんなわけないだろうけど、でもそんな言い伝えがあるような家なんだ。
おばあちゃんはヨネコさんというらしい。
「お狐様んちはみんなお若くてねえ。わたしだけどんどん歳を取ってくみたい」
「あはは、そんなわけないですよ~」
おばあちゃんってば、冗談が上手。
でも、お母さんもすっごく若く見られてたっけ。一緒に歩くと絶対「姉妹?」って聞かれたし、授業参観でも「お姉ちゃんが来てくれたの?」って言われた。
私から見ても、大学生くらいにしか見えなかったんだよね。お母さんがお父さんと出会ったのが大学生のときって言ってたから、そんなわけないんだけど。
そういえば、お父さんと歩いててもお母さんは「親子?」とか「年の離れた兄妹?」って聞かれてたらしい。お父さんとお母さんは歳が離れてたらしいからかもしれないけど。
ん? でもお父さんとは大学生のとき出会ったなら、歳の差なんてそんなにないはず。あれ、おかしいな。
「どうしたんかい?」
黙り込んだ私を、ヨネコおばあちゃんが不思議そうに見上げる。
「あ、えっと、お母さんのこと思い出してて」
「お母さんがお狐様んちの人なのかい?」
「はい、お狐様のうちの娘で
おばあちゃんは手押し車をピタリと止めて、まんまるな目で今にも泣きそうに私を見た。
「佳乃さんのお嬢ちゃんだったんかい。わたしも驚いたよ。なんて言ったらいいんか……」
ヨネコおばあちゃんは、お母さんが死んじゃったこと知ってるみたいだった。
お父さんもいないのにお母さんまでいなくなって、みんな心配してくれる。
でも私は今日から新しい生活をスタートさせるんだ。泣いてなんかいられない。
だからヨネコおばあちゃんにも悲しんでほしくなくて、私はちょっと大げさに笑ってみせた。
「大丈夫です! 叔父さんたちが家に呼んでくれたので。だから、今日から私もこの村で暮らすんです。よろしくお願いします」
「ええ、ええ、こちらこそ。こんなおばあちゃんだけど、何かあったら力になるかんね」
おばあちゃんとゆっくりゆっくり歩いて行くと、分かれ道にやって来た。
「おばあちゃんちはここを左に行くんだけんどね、お狐様のうちはこのまままーっすぐ行けばすぐだかんね。竹林があるからその奥だよ」
「ありがとう、ヨネコおばあちゃん!」
おばあちゃんに手を振って別れると、言われた通りまっすぐ歩いた。
すぐわかるって言ってたけど、お屋敷ってどんなのだろ……う?
道の先に、竹林が見えた。あそこだ!
走って行くと、両側に竹が何十本も生えていてその真ん中が道になってた。
竹が生い茂ったその場所は、覗き込んでも暗くて中が見えない。
本当にこの奥に家があるのかな。でも竹林ってここしかないし……
ええい! 行くしかない!
竹に囲まれた中を通って行く。
最近だんだんあったかくなってきたのに、空気がひんやりとしてる。
砂利の道をざくざく歩いていると、やっと陽の光が当たる場所が見えてきた。