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第21話

 先日の、神様うろつき騒動のおかげで、神殿の内部に限っては、神の森からひょっこり出てくる神様の存在が認知された。


 しかも、「妻のターラを探している」と聞いて回った神様のせいで、ターラと神様が夫婦になったと知れ渡っていた。


 さらには神殿長の張り切りによって、『舞い散る雪の中の神様』と対になる『花吹雪の中のターラさま』という布絵も同時制作・同時公開されることが決定し、ターラが聖女から神様になったことは歓びをもって信仰者に迎えらた。




 ターラが提案した祈りの間の活用については、いくつかの課題もあったが、おおむね賛成の意見が多く、ターラと神様が支部を回っている旅の間に、増築に取り掛かる計画となった。


 建設資金についてどうしようかとターラが悩んでいると、かつてない勢いで寄付金が集まっているから、それを使おうと神殿長が即決する。


 すでに孫もいる弟ビクラムから、ターラが神様になったお祝いとして、屋敷が建つほどの金額が寄付されたという。


 驚いてターラがビクラムにお礼の手紙をしたためると、ビクラムからは相変わらずシスコン全開の文章が返ってきた。




『ターラお姉さまが聖女から神様へと変わられて、ドルジェ子爵家一同、大変な誉れだと喜んでいます。神様と夫婦になられたと聞きましたが、嫌になったら躊躇わずに家へ帰ってきてくださいね。朝昼夜、いつでも大歓迎します』




 力強く締めくくられていた末尾には、ターラを神様に奪われたビクラムの悔しさが、隠せずににじみ出ていた。




 ◇◆◇




 ターラと神様の二人きりの旅が始まる。


 神殿を発つ際には、神殿長を始めとする信仰者たちに、盛大に見送られた。


 街では、実物の神様の姿を拝めるとあって、大通りに多くの人々が集まり、二人が歩くたびに歓声が上がり、王様の大行進のようなにぎやかさだった。


 ターラの旅の無事を祈って、ビクラムが街の要所ごとに設置した花飾りのアーチが天高くそびえ、街に住む信仰者以外の者たちの目をも楽しませた。




 神様によると、時空をつかって一瞬で目的地までの移動も出来るそうだが、せっかくなのでターラは歩いていくことにした。


 なんと神様には体力の限界がないし、夜も眠らなくていいので、いつまでも歩こうと思えば歩いていけるのだそうだ。


 食べ物を食べる必要もなく、服を着替える必要もなく、ただただ神様との会話を楽しみながら歩く旅は、ターラにとって早朝の森の見回りを思い起こさせた。


 神様と初めて出会い、神様の孤独を知り、神様の笑顔に目を奪われ、神様への想いを自覚した神の森は、ターラにとって聖地だ。


 二人の関係が始まり、変わっていった場所。


 どこへ行こうとも、そこへ帰ってくると思うと、温かい気持ちになる。




 街を出てから歩き通して、平原で夜を迎えた。


 頭上には、神様の瞳のような星空が広がる。




「ガーシュ、次の聖女は選出しなくていいと神殿長に言っていましたが、どうしてですか?」


「もう私は大人だからな」


「世話役はいらないということですか?」


「用があるなら、神殿長に言えばいいと学んだ。それに、人前に姿を現しても、大丈夫だと分かった」


「昔、嫌な思いをしたのですね?」


「まだ人の感情の躱し方が分かっていなかった頃は、人に会うたびに傲慢な欲望の矢に刺され、激痛に襲われていた。だから欲の少ない聖女という存在が、神殿との橋渡し役として必要だった。欲の少ない人というのは稀で、そのせいで聖女には長生きしてもらうようになったのだ」




 聖女の選ばれ方に、そんな暗黙の了解があったとは。


 ターラは信仰の深さが関係しているとばかり思っていた。




「ターラは自分のためではなく他人のために祈っていた。そういうところが、聖女の資格として認められたのだ」




 ターラの欲が少なかったのは、恵まれた生まれのせいでもある。


 もしシャンティのように、貧困の中に生まれていたら、食べ物に困る毎日だったら、無欲ではいられなかっただろう。


 ターラの顔が陰ったのが分かったのか、隣を歩く神様が腕を回してきた。


 そうして両腕で完全にターラを囲ってしまう。




「どんな人も、明るい道ばかりを歩くわけではない。翻って言えば、暗い道ばかりを歩く人もいないのだ。恵まれた環境にあるとき、それを分け与える者と、もっと欲しがる者に分かれる。ターラは前者だ。そうした性質は、魂の形や色へ如実に表れる」




 ターラは神様の瞳の奥を見つめる。


 神様もよく、こうしてターラの瞳の奥を覗き込み、そこに真理を探していた。




「ターラの魂は美しかっただろう? 自信を持っていい。ターラは聖女としても神としても、相応しいのだから。逆に私はターラから学ばなくてはならない。人の世のことも、人の心の機微も。もっと……人の倫理を教えて欲しい」




 シャンティに対して神様がした行いを、ターラが非難したのを神様は覚えている。


 神様にとっては、死を知るために必要な行為だったが、してはいけないことだった。


 それこそ、人の倫理に反するものだ。




「ガーシュ、人は変わると言ったけれど、神様も変われるんですね。私と一緒に成長しましょう。二人で、これからたくさん、学びましょうね」




 ターラは神様に腕を回す。


 そうすると神様は、嬉しそうにターラに口づけをしてくる。


 ぬるい夏の風が二人を取り巻く。


 まだ旅は始まったばかりだ。




 ◇◆◇




 ターラと神様は数日かけて、最初の支部に辿り着いた。


 わざわざ歩いてやってきたターラと神様に、支部長が深々と頭を下げて出迎える。


 支部の周りに集まった大勢の信仰者を前に、ターラが聖典の読み聞かせを行うと、奇跡の瞬間に立ち会えた人々は涙を流して二人を拝み始めた。


 聖女だったターラが新たな神様となり、さらにはこれまでの神様と夫婦になる。


 夫婦神の誕生という慶事に、人々の熱量はいやがおうでも上がった。


 短い滞在時間だったが、実物の神様に感動した信仰者の祈りの力はすさまじく、ターラは初めて感じた力の集まりにふらついた。


 そんなターラを心配した神様が、ターラを抱き上げて運ぶと言い張るので、この支部からの出立はまるでハネムーンに出かける新婚夫婦の見送りのようになってしまった。




 次の支部でも、さらに次の支部でも、街ぐるみでの歓待を受けて、ターラと神様の長い旅は続いた。


 道中で神様は未開の地を見つけると、そこに天変地異が起きないよう平定の能力を使い、人々が開拓し耕した地に着くと、より多くの恵みが得られるよう豊穣の能力を使った。


 支部を回るうちに、ターラの神格が上がり、新たに人々の感じる痛みを和らげる能力を身につけた。




「私の能力は主に人々の繁栄に特化しているのだが、ターラの能力は人々の救済に特化しているようだ。これからもそういった方向で能力が伸びていくだろう」




 魂の浄化の能力を手に入れたときのように、今度の能力も何となく使い方が分かる。


 次に訪問した支部からは、身体や心に痛みのある人のために、ターラは和らぎの能力を惜しみなく使った。


 そうして巡っている間に、ターラと神様には、親しみと敬いが込められた呼び名が付いていた。


 ターラには『慰撫の女神さま』、神様には『隆盛の男神さま』。


 対の姿絵が公開されたのも合わさって、ますます夫婦神の人気は高まりを見せた。




 全ての支部を回り終え、二人が神の森に帰り着いたのは、出発した日の2年後だった。


 あれからターラは何度か神格が上がり、そのたびに新たな能力を身につけた。


 神様も新たな能力を身につけていたが、それが何かは道中では明かしてもらえなかった。




「神の森に着いたら話す」




 嬉しそうにしている神様にそう言われたので、ターラは教えてもらえるのを楽しみにした。

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