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第20話

 神様がいきなり神殿の中をうろついては、多くの人をいたずらに驚かせてしまうと説き伏せて、なんとか一人で神殿の中を歩いているターラは、先ほどから神殿長の姿を探していた。


 訪れた執務室にはおらず、おそらくこの時間ならパッチワーク制作に参加しているだろうと教えてもらい、今は作業室を目指しているところだ。


 神殿長とはパッチワークの図案について、夜遅くまで熱論を交わしたこともある。


 ターラにとっては、神様を讃える同志とも言える力強い存在だ。


 そんな頼もしい戦友の姿は、作業室にあった。




 現在、この作業室で制作されているのは、新作『舞い散る雪の中の神様』の姿絵だった。


 闇夜のように黒い神様の長髪に、綿毛のような白い雪が対照的で映える。


 その光景を見たときのターラは、神様の吐き出す息も白いのだと、妙な感心をしたことを憶えている。


 黒色と白色のバランスをどう取るかは、作業班の間でも多数の案が出て盛り上がった。


 やっと決まった図案をもとに、現在は型紙を作る工程に移っている。


 パッチワークのベテランである神殿長は、てきぱきと指示を飛ばしながら、自らも鋏を手にしていた。




「神殿長、少し相談のための時間をいただきたいのですが」




 ターラが横から話しかけると、神殿長はぱっと振り向き、にこやかな笑みを見せる。




「また何か閃きましたか、聖女さま? ここを切ってしまったら、すぐに執務室へ行きますからね!」




 神殿長の手元には、大きな雪の結晶の型紙があった。


 この結晶の隙間を通して、神様の黒髪を見せるのが効果的だと、神殿長が推していた。


 嬉々として鋏を握り、結晶を切り抜いている神殿長は、活き活きとしている。


 ターラは、神殿長の変わらない信仰の深さに、安心した。


 この調子なら、ターラが聖女から神になったと告白しても、きっと受け入れてくれる。




 ◇◆◇




 そう思って気軽に打ち明けてしまったのだが――。




「聖女さまが、神様の力で神様に!?」




 ターラの前で、神殿長は椅子ごと引っ繰り返ってしまった。


 どうやら受け入れてくれるかどうかと、驚くかどうかは別のようだった。


 反省しつつ、ターラは転がった神殿長のもとへ慌てて駆け寄る。


 神殿長が起き上がるのを助けるターラを、神殿長はまじまじと見つめてきた。




「そう言われてみれば、どことなく見た目が変わって、大人っぽくなりましたかねえ?」




 五十代の神殿長は、外見だけならターラよりも年配だが、ターラの中身はれっきとした、七十路手前だ。


 しかし、いつまでも二十代の見た目のターラを可愛がる衆も多く、神殿長もその一人だった。


 何くれと面倒を見てくれようとして、ターラは照れる思いをすることもあった。


 だが、それが善意からきていると分かっているので、決して拒みはしない。


 そんな親代わりの神殿長から大人っぽくなったと言われて、ターラが嬉しくないはずがなかった。




「神様の新しい能力で、同等の存在である神にしてもらったのです。それで、その……神様とは、ふ、夫婦という関係になりまして」




 しどろもどろに説明するターラを、神殿長は微笑ましく見守る。




「おめでとうございます、聖女さま。いいえ、これからは何とお呼びすればよいでしょうか?」


「ターラと、呼んでください」


「では、ターラさま。次回作は、神様とターラさまの二人で並ぶ姿絵がいいと思うのですが――」




 神殿長が前のめりでパッチワーク制作の話を始めようとしたので、慌ててターラはそれを止めることになる。




「待ってください、神殿長。その前に話し合うことがあると思います」




 両手を前に出して話を遮るターラに、神殿長は首をかしげた。




「何か心配事でもありますか? 夫婦神として華々しくお披露目するには、布絵は一番おすすめですけど……」




 何しろ神様の最新を伝えている自負がありますからね、と胸を張る神殿長に、ターラはこそばゆい思いがした。


 ターラが発案したパッチワークの神様の姿絵を、誇りとしてくれて嬉しかった。




「これからの神様と私の予定を、お伝えしたくてここに来ました。私たちは神の森を本拠地にして、各支部を訪問したり、いまだ開けていない土地を見て回ったりしようと考えています」


「お二人でお姿を現したまま、旅に出るのですか?」


「私は神様の信仰の光を、出来るだけ遠くまで、多くの人々に届けたいのです。人々の祈りの力から生まれた神様は、正真正銘、人々の助けとなる存在です。そこへ私も同行して、少しでも神様のお手伝いが出来ればと思っています」


「何というか、ターラさまは神様になってもターラさまなんですねえ」




 神殿長の言葉に、なんだかターラはホッとした。


 いきなり神になったと言われても、本当はターラも戸惑っていたのだ。


 自分でも、聖女のときと何が変わったのか、よく分かっていない。




「私に出来ることが何なのか、それはこれからも模索していくつもりです」


「ターラさまのそういう前向きなところ、とても素敵だと思いますよ!」




 神殿長がぐっと握りこぶしを作ってみせたので、ターラも真似をした。




「これから、なにかにつけて皆様の前に神様が現れますが……その、動く神様は布絵よりもかなり美麗です。どうか心の準備をよろしくお願いします」


「まあ、まあ、まあ! そうなんですね! それはお目通りが叶う日が楽しみです!」




 神殿長の執務室で、ターラと神殿長が話しこんでいる間、帰りが遅いターラを心配した神様がすでに神殿内をうろついて騒ぎを起こしていたことは、後になってから知らされた。




 ◇◆◇




「神様、相談があるのですが」


「ターラの望みは何でも叶える」




 ターラが内容を伝える前に、全肯定をする神様。


 これでは相談にならないと思いながらも、取りあえずターラは続きを話してみる。




「聖女が暮らす『祈りの間』についてです。よければ、今後は建て増しをして、捨てられた子たちを育てる施設にしたいのです。そうして私も一緒に、子どもたちの健やかな成長を、見守りたいと考えています」




 心のどこかで、いまだシャンティを救えなかったことを悔やむターラが、思案した結果だった。




「ターラの好きにしていい。神の森で静かに過ごせるならば、祈りの間がにぎやかでも構わない。罪滅ぼしをしたい気持ちが、あるのだろう?」




 神様にはお見通しだったようだ。




「魂の浄化が出来る今ならば、シャンティのような子がいても、助けられるのではないかと思って……」


「神と言えど、すべての人を救うのは難しい。それは神の力が及ぶ対象が、どうしても神を信仰する者に限られるからだ。その点、神殿の内部で育てるならば、信仰はより身近に感じられるだろう。……子も、最期は私に縋った。短い間であったが、子にも信仰の光が届いただろう」




 シャンティは、神様を信仰の対象ではなく、恋愛の対象として見ていた。


 だが死の直前、命の終焉を感じた恐怖で、神様に助けを求めた。


 微々たる信仰だったかもしれないが、それが一条の光となってシャンティを照らし、救済となっていて欲しいと、ターラは願わずにはいられなかった。




「今の私に出来ることは、何でもしたいのです」


「いずれ神格が上がれば、救えるのは魂だけではなくなるかもしれない。そもそもの心根を入れ替えられれば、手っ取り早いだろう」




 そんなことも可能なのか、とターラがびっくりしていると、神様が少年のように笑った。




「ターラが言ったのだぞ。神の可能性は無限大なのだと。私はその言葉を信じて、ターラと共に生きるのを諦めなかった」




 神様の告白に、ターラは嬉しくて涙が出た。


 神様を想って死んでいく覚悟をしていたターラが、想像もしていなかった幸せな未来は、神様が力技で手繰り寄せてくれたものだった。

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