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第14話

「恋人同士……?」


「シャンティはその場で外套をはだけ、身につけているものが、下着だけであると見せつけました。そして、疑うのなら神様に聞けばいいと、豪語したそうです」




 神殿長の顔色を心配できないほど、ターラの顔色も悪くなった。




「つまり、シャンティは神様とそういう……?」


「それを神様に聞いて欲しくて、ここへ来ました。今、シャンティは自室へ軟禁しています。シャンティの話が妄言であればいいのですが、そうではないのなら神の森への侵入は厳罰の対象です。自ら足を踏み入れたと宣言したも同然のシャンティを、もう庇うことは出来ません」




 ターラは椅子の背もたれに、どっと身を預けた。


 急に体が重たく感じたからだ。




「聖女さま、明日の朝、またこちらを訪ねます。どうか神様に事の確認を、よろしくお願いします」




 神殿長は最後にそう告げると、神殿へ帰っていった。


 それからどれだけの間、ターラは呆けていただろう。


 気がつくとカーテンの向こうは白くなり、鳥のさえずりも聞こえだした。


 ――朝が来たのだ。




 ◇◆◇




 これまでにない重い足取りで神の森を見回るターラの前へ、神様はいつも通りに現れた。


 そしてターラの顔色の悪さを心配してくる。




「どうしたのだ、ひどい顔色をしている」




 神様が頬に手をあてようとするのを、ターラは拒んでしまった。


 これまで拒否されたことがなかった神様は、何が起きたのか分からず、きょとんとした顔でターラを見つめる。


 こんな幼い顔を見せる神様が、シャンティと体の関係を持ったのか。


 恋人同士とは、シャンティの勘違いではないか。


 そんな考えに励まされるように、ターラは思い切って神様に尋ねた。




「神様……昨夜、この森にシャンティが来ましたか?」


「来た。ターラ以外は入ってはならぬと、注意をした」




 シャンティは規律を破っていた。


 もう厳罰を受けることは免れない。




「シャンティとの間にあったことを、教えてもらえますか?」


「子と約束を交わした」




 神様はシャンティの名前を呼ばない。


 代わりに、『子』と表現する。


 これまでに神様が人の名前を憶えて口にしたのは、ターラのみなのだ。


 しかしターラはその真実を知らない。


 神様も、なぜターラの名前を呼びたいのか、分かっていない。


 男女の機微に疎いどころか、神様は恋も愛も知らなかった。


 それにもかかわらず――。




「それはどんな約束か、聞いてもいいですか?」


「子が死ぬまで傍らにいると約束した」


「……っ!」




 神様が言った台詞は、人が夫婦になるときに交わす誓いだった。


 ターラは、自分の体が震え始めたのが分かった。


 目の前の神様もそれを察して、手を差し出そうとしているが、先ほどターラに拒まれたので、伸ばすのを躊躇している。


 ついにターラは立っていられず、その場にしゃがみこんでしまった。


 神様も隣に膝をつき、気遣わしげにターラの顔を覗き込む。


 その神様の表情は、どうしてこうなっているのか、理解が追いついていないふうだった。


 もしかして、神様は台詞の意味を理解していないのではないか。


 ターラはそれを確かめるために、次の質問をする。




「シャンティと、夫婦になったのですか?」


「神と人とは、夫婦になれぬ」




 神様は、当然のことを聞かれて不思議だという声音だ。


 ターラは改めて神様が神様だったことに気づく。


 そうだ、人と人のように、簡単に夫婦になれるはずがなかった。


 でも、神の森に侵入したシャンティは下着姿だった。


 つまり結婚は出来なくても、体を結ぶのは可能ということか。


 頭の中がぐるぐるしすぎて、ターラにはこれ以上を考えるのが難しかった。


 とにかく判明した事実だけは、神殿長に伝えなくてはならない。




「神様、祈りの間で神殿長が待っていると思うので、もう失礼します。神の森に侵入した件で、シャンティには何らかの沙汰が下るでしょう」


「それについてだが、神殿長に伝えてもらいたい。子が成人して神殿を出るとき、私もそれに付き添う。そうしないと、子との約束を守れない」


「……は?」




 神様の言うことが分からなさ過ぎて、ターラは生まれて初めて令嬢らしからぬ言葉を発した。




 ◇◆◇




「聖女さま、私の頭から理解力が失われたようです」




 昨夜から顔色の悪い神殿長は、朝になっても同じ顔色をしていた。


 ターラも似たような顔色をしているはずだ。


 そんな二人が顔を突き合わせ、神様の発言を飲み込もうと努力している。




「聖女さま以外の人を寄せ付けない神様が、神の森を出るというのですか? しかも、シャンティに付き添って? 一体、どうして?」




 神殿長は考えすぎて唸り声まで上げ始めた。


 よほど想定外の展開だったのだろう。


 寄せた眉根が戻らぬまま、神殿長もターラに報告をする。




「シャンティと仲の良い女性信仰者にお願いして、事実確認をしたんです。その結果、神様とシャンティには、体の関係がないと分かりました。外套をはだけて下着姿を見せたのは、シャンティの子ども騙しだったんですよ。つまり神様と恋人同士になったというのは、どうも疑わしいですね」




 それを聞いて、ターラは一気に力が抜けた。


 よく考えてみれば、浮世離れしたところのある神様が、人の性交の仕方を知っているはずがなかった。


 手取り足取り、シャンティが教えるのなら、話は別だが。




「それでもシャンティは、神様の恋人になったという認識なんですね?」


「そうです、そこは変わりません。死ぬまで傍らにいるというのは、人の世では夫婦の誓いの言葉ですからね。神様がどんなつもりで使ったにしろ、シャンティにしてみれば、一生側にいるための言質を取ったと思ったでしょう」




 神殿から独り立ちを促されている中、何とかして神様との接点を失いたくないと、シャンティは今回の暴挙に出たのだろうか。


 神様を恋い慕っていたシャンティにとって、神様から夫婦の誓いの言葉を引き出した手柄は大きい。


 その約束を盾にして、神様と恋人同士であると言い張り、一生側にいる権利を得た。


 本来ならば、聖女しか持ち得ぬ権利を。




 神様とシャンティの命は、長さが違う。


 シャンティが、平均的な寿命まで生きるとしたら、あと五十年といったところだ。


 とこしえを生きる神様にすれば刹那とも言えるその時間、シャンティの傍らにいる意味は何だろうか。


 ターラは、時おりシャンティを観察するように見ていた神様を思い出す。


 その瞳には、色恋の感情は浮かんでいなかった。


 しかし悩んでみても、人であるターラには神様の考えは分からなかった。


 同じく悩んでいる神殿長が、今後のシャンティについて話す。




「シャンティの処罰は、本来ならば死ぬまでの軟禁と奉仕活動になりますが、神様がああ言ってますからね。成人後に、神殿から追放ということにしましょう」




 シャンティの誕生日は、神の森で拾われた日だ。


 これは先代の神殿長が決めた。


 つまり夏になれば、シャンティと神様は、ここを出て行く。




「聖女さまはそれまでに、なんとか神様が心変わりしてくれるよう、働きかけてくれませんか?」


「神様は……約束したことを、必ず守る方です」


「神様がシャンティと一緒に出て行っても、いいんですか?」


「それが神様のしたいことであれば、私は見守ります」




 はあ、と神殿長が溜め息をつく。


 ガッカリさせてしまったが、ターラは神様の意志を尊重したい。




「母親代わりの聖女さまに敵対心を燃やして、神様を体で落とそうと考えるあばずれに、神様を同行させたくはないんですがね……」




 神殿長のあけすけな物言いに、ターラは少しびっくりする。




「口が悪くて、驚かせてしまいましたか? 私は先代の神殿長と違って、元貴族ではないのです」




 肩をすくめる姿は、確かに気安い。


 しかし、頼りになる存在であることに変わりはない。




「神殿長の出身が貴族か平民か、気になりはしません。ただ、シャンティへの評価が手厳しいと思っただけです」


「聖女さまはキレイな世界で生きてきたんでしょうね。私はシャンティのような女のいる世界を、よく知っているんです。……大抵が、碌な最期を迎えない世界なんですがね」




 神殿長の哀しげな面差しは、言葉以上を語っていた。

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