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第11話

「300歳かどうかは分かりませんが、私もいつかはこの世を去ります。それは人であっても聖女であっても、変わらないんです」




 ターラは覚悟をしている。


 自分が神様を慕いながら、死んでいく最期を。


 それまでの長い人生、聖女として神様の側に居られることを、幸せだと思っている。


 だから、神様に向かって心から微笑んだのだが。




「ターラには……死んで欲しくない」


「え……?」




 かつて見たことのない神様の思いつめた表情に、ターラは息を飲み言葉を失った。




「ずっと生きて欲しい。そして私に、いろいろなことを教えて欲しい」


「神様……そう言ってもらえるのは、とてもありがたいのですが……」




 いくら神様のお願いでも、それは叶えられない。


 そう思ってターラがうつむくと、神様の手が伸びてきた。


 驚く間もなく顎に手をかけられ、顔を持ち上げられる。


 神様がターラに触れたのは、これが初めてだった。


 それに気がつき目を見開くターラと、ターラをジッと見つめる神様。


 神様の美しい蒼色の瞳と、ターラの紫色の瞳が向かい合う。




「長く生きるのは嫌か?」


「決して、そんなことはありません」




 それはターラの本心だ。


 出来るだけ長生きをしたいと思っているのだ。


 だが、それにも限度がある。


 どんなに頑張ろうと、神様と同じ時の長さは生きられない。




「この数年の祈りの力によって、私の能力が増えた。ターラよ、私の眷属になれ」




 この数年ならば、学習の会の成果だろう。


 平民の貧困問題に一石を投じただけでなく、神様の神格をも上げていたのだ。


 しかし同時に、ターラにとって聞きなれない言葉が神様から飛び出した。




「ケンゾクとは、何ですか?」




 神様はターラの顎から手を放し、腕組みをして思い出すように話す。




「私の身体の一部を人に与えると、配下に出来る。そうして出来た配下が眷属だ。人ならざる者として、私と同じ長さの寿命を与えられる」


「神様と同じ長さの寿命を……」




 ターラが憂慮していた神様の孤独について、解決の糸口が見つかった。


 そしてターラにとっても、魅力的な提案だった。


 神様に恋をしている自覚のあるターラだ。


 好きな人の近くにずっといられるなんて、嬉しいに決まっている。


 でも――。




「神様の配下になれば、神様の思いのままに動くようになるのですか? 私の意思はどうなるのでしょう?」


「まだ試していないから、詳細は不明だ」




 神殿長でも配下にしてみるか? と気軽に神様が恐ろしい提案をしてきたので、慌ててターラは止めた。


 ターラが心配したのは、神様を恋しく思う気持ちが消えてしまい、神様に従うだけの動く人形になってしまわないか、ということだった。


 恋しく思うあたりをぼやかして、それとなく神様に伝えてみると、神様も悩みだした。




「私はターラだから生きていて欲しいのだ。ターラらしくなくなるのなら、眷属にしても意味がない」




 結局、実態が分からなくて、ターラが眷属になる話は流れた。


 しかし、ターラの心には希望が生まれた。


 それは未知数な神様の能力についてだ。


 人の眷属化という、ターラには思いもよらなかった能力に目覚めた神様。


 きっとこれからも祈りの力が集まることで、神様は進化していくのだろう。


 その先に、きっと神様の幸せがある。


 そう信じられた。




「これからも神様の心の安寧のために祈ります」


「ターラ、私はターラがいれば――」




 神様が呟いた言葉は、帰ってきたシャンティの元気な足音にかき消された。




 ◇◆◇




 シャンティが15歳になった。


 反抗期なのか、最近はターラを無視したり、逆につっかかって来たりするので、改めて育児の難しさを感じている。




(ビクラムを育てたのは10歳までだったから、私にとっては初めて体験する子どもの反抗期ね)




 つい先日、これまで何度となくターラの相談に乗ってくれていた神殿長が、老衰でこの世を旅立った。


 しばらくは喪失感で気が沈み、神様にも心配をかけてしまったターラだ。


 後任に就いた神殿長はターラと同年代の男性で、今までの神殿長よりも人懐っこかった。


 ターラがシャンティのことを相談するために部屋を訪ねると、そろそろ巣立たせてはどうかと薦めてくる。




「聖女さまは知らないかもしれませんが、平民は成人するより前に家を出るんですよ。そうして住み込み可の働き口を探すんです」


「でもシャンティは女の子ですし、15歳というのは早くないですか?」


「学習の会を見てごらんなさい。15歳以上の子どもが、どれほど残っています? それくらいの年齢になると学習の会には来なくなるんです。たいていは親元を離れて、もう働いているんですよ」




 貴族の生活をしなくなってずいぶん経つと思ったが、それでもターラが知らない世の中の常識のほうが多い。




「そうだったんですね。私はまだまだ、巣立ちまで時間があると思っていました。シャンティにこれからどうしたいのか、聞いてみることにします」


「もしシャンティが働きたいなら、就職先の面倒くらいは見てあげられますから、あまり悩まれないように」




 励まされて、ターラは心が軽くなり、祈りの間へ戻った。


 祈りの間の居室には、ターラの帰りを待つ神様と、その神様にもたれかかるシャンティがいた。


 以前は、シャンティに付きまとわれるのを嫌がっていた神様だったが、最近は、シャンティを観察するように見ていることが増えた。


 この世のものとは思えぬ美貌の神様に視線を向けられて、頬を染めぬ娘などいない。


 幼少時から神様を知っているシャンティも、年頃になれば例外ではなかった。


 しかもシャンティは聖女でないにも関わらず、神様の姿を見ることを許されている存在だ。


 正しくは許されているのではなく、ターラに会いに来る神様が、シャンティを気にしていないだけなのだが。


 そんな特別な立場のシャンティは、12歳から神殿内に個人の部屋を用意してもらっているのに、神様に会うために祈りの間に戻ってきてしまう。


 そして甘えた声を出して、5歳児のように神様に絡みつくのだ。




 そっと二人から目をそらし、何気ない風を装って、ターラはシャンティに話しかけた。




「神殿長から聞いたのだけど、シャンティくらいの年齢になると、親元を離れて働くことが多いそうね。……シャンティはどうしたい?」


「お母さまは私をここから追い出す気ですか?」




 シャンティの母親代わりになると決めたときから、ターラのことは『お母さま』と呼ばせている。


 言い慣れない呼び名に、シャンティが戸惑っていたのは小さな頃だけ。


 思春期の今となっては、忌々しそうにその呼び名を口にする。


 また喧嘩になるのか、とターラは肩を落とす。




 最近はいつもこうだった。


 ターラが何か言うと、シャンティはイライラしたように口答えをするか、無視をする。


 きっと反抗期でしょうと神殿長に言われて、ターラは適度な距離を保ちながら見守っていた。


 しかしそれにも限度がある。




「そういうつもりではないのよ。ただ、シャンティのお友だちは、もう学習の会には来ていないでしょう? シャンティにも、独り立ちへの憧れがあるかもしれないと思って……」


「学習の会に来ていたお友だちは、家が貧しい平民だからですよ。私とは状況が違います」




 唇を尖らせて、怒っていることを表現するシャンティ。


 そして同時に、神様の方へ甘えるように擦り寄った。


 それを見てターラの心はチクリと痛む。




(20歳以上も年下で、娘と思っているシャンティの振る舞いに、嫉妬をしているなんて――情けない)




 じわりと涙が浮かぶ。


 それを隠すために、ターラは二人のいる居室を出て、神様のステンドグラスの前に来た。


 そして跪くと手を組んで、心を落ち着けるために祈った。


 神様への恋心と、母親としての思いが、ターラの中でせめぎ合っていた。

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