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二学期~素敵なプレゼント☆ ②

 ――それから数週間が過ぎ、十二月半ば。世間ではクリスマスの話題で溢れかえっていた。


「二学期の期末テストも終わったし、やれやれって感じだね―」


「……うん。っていうか、さやかちゃんってそればっかりだよね」


 ある日の放課後、テストの緊張感から解放されたさやかが教室の席で伸びをしていると、それを聞いた愛美が吹き出した。

 ちなみに、短縮授業期間に入っているので、学校は午前で終わり。解放感に満ち溢れているのは何もさやかや愛美だけではない。


「まあねー。でも、今回は結構よかったんだ、テストの結果。珠莉も前回より順位上がってたみたい。愛美はいいなー、いっつも成績上位で」


「それは……、援助してもらって進学した身だし。成績悪いと叔父さまをガッカリさせちゃうから。最悪、愛想あいそ尽かされて援助打ち切られちゃうかもしれないもん」


 もちろん、中学の頃の愛美は成績がよかったけれど。高校の授業は中学時代よりも難しくて、ついていくのは簡単なことじゃない。それでも成績上位をキープできているのは、「おじさまをガッカリさせたくない」と愛美が必死に努力しているからなのだ。


「愛美の考えすぎなんじゃないの? 本人からそう言われたワケでもないんでしょ? もっと肩の力抜いたらどう?」


「うん……」


 確かに、それはあくまでも愛美の勝手な想像でしかない。「成績が悪いと援助が打ち切られる」というのは、ゆうなのかもしれない。

 でも……、愛美は〝あしながおじさん〟という人のことをまだよく知らないのだ。ある日突然、手のひらを返したように冷たく突き放されてしまう可能性だってないとも限らない。


(……わたし、まだおじさまのこと信用できてないのかな……?)


 彼女にとっては、たった一人の保護者なのに。信用できないなんて心細すぎる。 


「――愛美、どしたの? 表情暗いよ?」


 ずーんと一人沈み込んでいる愛美を見かねてか、さやかが心配そうに顔を覗き込んできた。


「……あー、ううん! 何でもない」


(ダメダメ! ネガティブになっちゃ!)


 愛美は心の中で、そっと自分を叱りつける。さやかは心の優しいコだ。余計な心配をかけてはいけないと、自分に言い聞かせた。


「そう? ならいいんだけどさ。――そういえば、愛美は冬休みどうすんの? 夏休みみたいにまた長野に行くの?」


「う~ん、どうしようかな……。冬場は農業のお手伝いっていっても、そんなにないだろうし。それに寒そうだし」


 長野県といえば、日本屈指の豪雪ごうせつ地帯である。あの農園はスキー場にも近いので、それこそ降雪量もハンパな量じゃないだろう。


「だよねえ……。あ、じゃあさ、冬休みはウチにおいでよ」


「えっ、さやかちゃんのお家に? ……いいの?」


 思ってもみなかった親友からのお誘いに、愛美は遠慮がちに訊いた。

 中学時代はよく友達の家に遊びに行ったりもしていたけれど、それは同じ学区内で近かったからだった。

 でも、高校に入ってからできた友達の家に招かれたのは、これが初めてだ。


「うん、モチのロンさ☆ ウチの家族がね、夏にあたしのスマホの写メ見てから、愛美に会いたがっててね。特にお兄ちゃんが、『一回紹介しろ』ってもううるさくて」


 ちなみに、さやかが言っている〝写メ〟とは入学してすぐの頃に、クラスメイトで関西出身の藤堂とうどうレオナがさやかのスマホで撮影してくれたもので、真新しい制服姿の三人が写っている。


「……お兄さんが? って、この写メに写ってるこの人だよね?」


 肩をすくめるさやかに、愛美は自分のスマホの画面を見せた。その画面には、夏休みに彼女が送ってくれた家族写真。そのちょうど中央に、大学生だという彼女の兄が写っているのだ。


「うん、そうそう。ウチのお兄ちゃん、はるって名前で早稲わせ大学の三年生なんだけど。写メ見ただけで愛美に一目ぼれしちゃったらしくてさあ」


「…………え?」


 愛美は絶句した。一目ぼれなんてされること自体初めての経験で、しかも直接会ったこともない人からなんて。

 ……確かに、自分でも「わたしって可愛いかも」と少々うぬぼれているかもしれないけれど。


「もう、ホントしょうがないよねえ。あたし、『愛美には好きな人いるよ』って言ったんだけど。『本人から聞くまでは諦めない』って言い張って。もう参ったよ」


「ええー……?」


 そこまでいくと、立派なストーカー予備軍である。愛美の恋路のさまたげになりそうなら、さっさと諦めてもらった方が平和だ。


「……ねえ。お兄さん、早稲田に通ってるってことは、東京に住んでるんだよね?」


「うん。実家からでも通えないこともないんだけど、大学受かってからは東京で一人暮らししてるよ。――そういえば、純也さんも東京在住だったっけ」


 そこまで言って、さやかはようやく愛美の質問の意図いとを理解したらしい。


「愛美は……、もし東京でウチのお兄ちゃんと純也さんが出くわすことがあったら、って心配してるワケね?」


「うん。だって、わたしが片想いしてる人と、わたしに好意持ってる人だよ? 明らかに修羅しゅらになるよね」


 愛美は実際の恋愛経験はないけれど、本からの知識でそういう言葉だけはよく知っているのだ。


「考えすぎだよー。お互いに顔も知らないじゃん。街で会ったって誰だか分かんないって。東京だって広いしさ、住んでるところも全然違うだろうし」 


「そうだよね……。それはともかく、わたしはさやかちゃんのお家に行ってみたいな。おじさまに許可もらわないといけないかもだけど」


 きっと、おじさまも反対しないだろうと愛美も思っていた。

 彼女の手紙から、〝あしながおじさん〟が受けているさやかへの印象は、好ましいものでしかないだろうから。


「わたし、さっそくおじさまに手紙書くよ。返事来なかったらOKだと思うから」


 あの久留島秘書のことだから、反対だとしたらまたパソコン書きの手紙を送りつけてくるだろう。――ひどい言い草だけれど。


「分かった。じゃ、分かり次第、あたしも実家に連絡する。一緒に来られるといいね。きっとウチの家族、愛美のこと大歓迎してくれるよ」


「うん! わたしも楽しみ!」


(おじさまが、偏屈な分からず屋じゃありませんように……!)


 愛美は心の中でそう祈った。そして、もしも彼がそういう人だったら縁切ってやる、と的外れなことを誓ってもいた。


(実際には縁切らないけど。っていうか切れないし)


 愛美の学費や寮費は彼が支払ってくれているのだ。万が一縁を切ったらどういうことになるかは、愛美自身がよく分かっている。


「――ところで、珠莉は冬休みどうすんの? また海外?」


 さやかがやっと思い出したように、珠莉に話を振った。


「いいえ。我が家は毎年、クリスマスから新年まで、東京の家で過ごすことになってますの。一族のほぼ全員が屋敷に集まるんですのよ」


 愛美はその光景を想像してみた。――〈辺唐院グループ〉の一族、その錚々そうそうたる顔ぶれが一堂に会する光景を。


(……うわぁ、なんかスゴい光景かも)


 でも、その中にあの純也さんがいる光景だけは、どうしても想像できない。


「……ねえ珠莉ちゃん。純也さんも来るの?」


「いいえ、純也叔父さまはめったに帰っていらっしゃらないわね。叔父さまは一族と反りが合わないらしくて。タワーマンションで一人で暮らしてらっしゃるわよ」


「へえ……、一人暮らしなんだ」


 彼がひとクセもふたクセもありそうな(あくまでも、愛美の想像だけれど)辺唐院一族の中にいる姿も想像できないけれど、タワーマンションでの暮らしぶりもまた想像がつかない。


(ゴハンとかどうしてるんだろう? もしかして、料理上手だったりするのかな?)


 まあ、お金持ちだからそうとも限らないけれど。外食とかケータリングも利用しているだろうし。


「ウチはねえ、毎年お正月は家族で川崎かわさき大師にはつもうでに行くんだよ。愛美も一緒に行けたらいいね」


「うん」


 初詣といえば、愛美も〈わかば園〉にいた頃には毎年、園長先生に連れられて施設のみんなで近所の小さな神社に行っていた。

 おみくじもなければ縁起物もない、露店すら出ていない、本当に小さな神社だった。でも、そこにお参りしなければ新しい年を迎えた気がしなくて、愛美もそれがお正月の恒例行事のように思っていた。


「――さて、お腹もすいたし。そろそろ寮に帰ろっか」


「そうだね」


 ――寮の部屋で着替えて食堂に行き、お昼ゴハンを済ませると、愛美はさっそくさやかの家に招かれたことを報告する手紙を〝あしながおじさん〟宛てにしたためた。



****


『拝啓、あしながおじさん。


 お元気ですか? わたしは今日も元気です。

 期末テストも無事に終わって、わたしは今回も一〇位以内に入りました。

 そして、学校はもうすぐ冬休みに入ります。それで、さやかちゃんがわたしを「冬休みはウチにおいで」って誘ってくれました。

 さやかちゃんのお家は埼玉県にあって、ご両親とお祖母さん、早稲田大学三年生のお兄さん、中学一年生の弟さん、五歳の妹さん、そしてネコ一匹の大家族です! ものすごく賑やかで楽しそう!

 わたし、この高校に入ってからお友達のお家に招かれたのは初めてなんです。それでもって、お友達のお家にお泊りするのは生まれて初めてです。わかば園では、学校行事以外での外泊は禁止されてましたから。

 さやかちゃんのお父さんは小さいけど会社を経営されてて、クリスマスは従業員さんのお子さんを招いてクリスマスパーティーをやるそうですし、お正月にはご家族で川崎大師に初詣に行くそうです。さやかちゃんだけじゃなくて、ご家族もわたしのこと大歓迎して下さるそうです。

 わたし、さやかちゃんのお家に行きたいです。おじさま、どうか反対しないで下さい。お願いします!


             十二月十六日        愛美  』


****



 ――それから四日後。


「……ん?」


 寮に帰ってきた愛美は、郵便受けに一通の封筒を見つけて固まった。


(久留島さん……、おじさまの秘書さんから? まさか、さやかちゃんのお家に行くの反対されてるワケじゃないよね?)


 差出人の名前を見るなり、愛美のけんにシワが寄る。


「どしたの、愛美?」


 そんな彼女のただならぬ様子に、さやかが心配そうに声をかけてきた。


「あー……。おじさまの秘書さんから手紙が来てるんだけど、なんかイヤな予感がして」


「まだそうと決まったワケじゃないじゃん? 開けてみなよ」


「うん……」


 さやかに促され、愛美は封を切った。すると、その中から出てきたのはパソコンで書かれた手紙と、一枚の小切手。


「いちじゅうひゃくせんまん……、十万円!?」


 そこに書かれた数字のゼロの数を数えていた愛美は、困惑した。

 毎月送られてくるお小遣いの三万五千円だって、愛美には十分な大金なのに。十万円はケタが大きすぎる。


(こんな大金送ってくるなんて、おじさまは一体なに考えてるんだろ?)


「……ねえ、さやかちゃん。コレってどういうことだと思う?」


「さあ? あたしに訊かれても……。手紙に何か書いてあるんじゃないの?」


「あ……、そっか」


 愛美はそこで初めて手紙に目を通した。



****


『相川愛美様


 Merryメリー Christmasクリスマス

 この小切手は、田中太郎氏からのクリスマスプレゼントです。

 お好きなようにお使い下さい。        久留島栄吉  』


****



「えっ、コレだけ? クリスマスプレゼント……がお金って」


 愛美は小首を傾げ、うーんと唸った。ますます、〝あしながおじさん〟という人のことが分からなくなった気がする。


(プレゼントは嬉しいけど、お金っていう発想は……どうなの?)


 彼の意図をはかりかねているのは、さやかと珠莉も同じようで。


「まあ、なんて現実的なプレゼントなんでしょ。一体どういう発想なのかしらね?」


「何を贈っていいか分かんないから、無難にお金にしたんじゃないの? ほら、女の子の援助するの、愛美が初めてらしいし」


「あー、なるほどね」


 さやかの推測に、愛美は納得した。

 娘がいる父親なら、愛美くらいの年頃の女の子が欲しがるものも大体分かるはず。ということは、彼には子供――少なくとも娘はいないということだろうか。


(もしいたとしても、まだ小さいんだろうな。まだ若い感じだったし)


「――んで? あたしの家に来ることについては、何か書いてないの?」


「ううん、何も書いてないよ。ってことは、おじさまも反対じゃないってことなのかな?」


 愛美はこの手紙の内容を、そう解釈した。

 それだけではない。反対していないどころか、自由に使えるお金まで〝プレゼント〟という名目で送ってくれたのだ。


「そうなんじゃない? よかったね、愛美」


「うん!」


 愛美は笑顔で頷いた。

 一番の心配ごとが解決し、愛美の新しい悩みが生まれる。


「――さてと。このお金で何を買おうかな……」


 使いきれないほどの大金の使い道に、愛美は少々困りながらもワクワクしていたのだった。



   * * * *



 ――あの十万円が贈られてきた日の午後、愛美は街に買い物に出かけた。


『それだけの金額あったら、欲しかったもの何でも買えるんじゃない?』


 というさやかの提案に乗り、自分へのクリスマスプレゼントをドッサリ買い込むことにしたのだ。


 ひざ掛けのブランケットに腕時計、大好きな作家の本をシリーズで大人買い。暖かそうなモコモコのルームソックス、新しいブーツ、洋服。そして……、テディベア。


「わぁー、ずいぶんいっぱい買い込んできたねえ。……っていうか、他のものは分かるけど、なんでテディベア?」


「実は、前から欲しかったの。施設にいた頃、毎年理事さんからのクリスマスプレゼントの中に可愛いテディベアがあったんだけど、わたしは遠慮して小さい子たちに譲ってあげてたんだ」


 自分はお姉さんだから……、と遠慮して、自分は欲しいものをもらわなかった。本当に、自分はさやかに言われた通りの甘え下手だと愛美も思ったのだった。


 そして、それだけの買い物をしても、まだまだ大きな金額が愛美の手元に残っていた。



   * * * *



 ――それから五日が過ぎ、あっという間に冬休み。


「愛美ー、そろそろ出よっか」


 時刻は午前十時。夏休み前とは違い、すっかり荷作りを終えた愛美の部屋に、さやかが呼びに来た。


「うん、そうだね。電車で行くんだよね?」


「そうだよ。品川しながわ駅から乗り換えるの。今日は新幹線には乗らないからね」


 新幹線なら、新横浜から一駅で品川に着くけれど。たった一駅を新幹線で行くのはもったいないので、今回は「そう線で行こう」ということになったのだ。


「あたしの家、うら駅からわりと近いから。そこからは歩きでも十分行けるんだよ」


「へえ、そうなんだ」


 二人がスーツケースと大きめのバッグをたずさえて愛美の部屋を出ると、ちょうど東京の実家に帰ろうとしてる珠莉と合流した。


「ねえ、珠莉ちゃんはどうやって東京に帰るの? 電車で?」


 愛美は珠莉に訊ねる。もしも電車で帰るのなら、途中までは自分たちと一緒かな、と思ったのだけれど。


「いいえ。校門の前まで迎えの車が来ることになってるわ。お抱えの運転手がハンドルを握ってね」


「お抱えの運転手…………。アンタん家ってマジでスゴいわ」


 さやかが思わず漏らした感想に、愛美もコクコクと頷く。


(わたし、そんな車って施設の理事さんたちの車しか見たことない……)


 しかも、「あれに乗ってみたい」と憧れを込めた空想を膨らませて、だ。


「……ねえ、もしかして純也さんにもいるの? お抱えの運転手さん」


 彼だって一応、辺唐院一族の一人である。他の親族との折り合いは悪いと聞いたけれど、その辺りはどうなんだろう?


「いないと思いますわよ。純也叔父さまはご自分で運転なさいますから。乗用車だけじゃなくて、バイクも」


「そうなの? カッコいいなぁ」


 彼が車を運転する姿は想像がつくけれど、バイクに乗る姿までは想像がつかない。


「愛美、そろそろ。ね」


 さやかは「夕方までには家に着くはず」と実家の母親に連絡を入れてあるのだ。長々とお喋りをしていたら、着くのが遅くなってしまう。


「……あ、そうだった。じゃあ珠莉ちゃん、よいお年を。また三学期にね」


「よいお年をー」


「ええ、よいお年を。来年もよろしくお願い致しますわ」


 愛美とさやかの二人は、そこで珠莉と別れて新横浜の駅に向かった。


「――ねえ、お昼ゴハンはどうする? 品川駅前にある美味しいお店、あたし知ってるけど」


 総武線の車両に揺られながら、二人は昼食の相談をしていた。


「えっ、そうなの? じゃあ、そこでお昼にしようかな。わたし、東京のお店は知らなくて」


「あれ? 夏休みに長野行った時、東京駅で乗り換えたんじゃなかったっけ?」


 さやかの言う通り、愛美が東京に立ち寄るのはこれで二度目なのだけれど。


「……うん、そうなんだけど」


 確かに、愛美は夏休みに長野へ行った際、東京経由で行ったのだけれど。


「あの時は、新幹線に乗り換えるために東京駅で降りただけだったから」


「えーっ!? そうなの? もったいない!」


 さやかがきょうたんの声を上げた。


「あたしなんか、中学時代までしょっちゅう東京で遊んでたよ。埼玉と東京、すぐ隣りだし」


 埼玉県からなら、最短電車一本で東京まで出られる。


「いいなぁ……」


「んじゃ、愛美は今日が本格的な東京デビューなんだね。これから行くお店、ホントに美味しいとこだから。ハンバーグで有名なんだ♪」


「わぁ、楽しみ☆」


 もちろん、美味しいハンバーグも楽しみだけれど、初めての東京にワクワクしていた愛美なのだった。



   * * * *



 ――予定通りに品川の駅前でお昼ゴハンを済ませ、愛美とさやかの二人が電車で浦和駅に着いたのは午後三時前。

 そこから五分ほど歩いたところに、牧村家はあった。


「――愛美、着いたよ。ここがあたしん家」


「うわぁ……! 大っきなお家だねー」


 牧村家は大通りから少し路地を入ったところにあり、愛美が思っていた以上に大きな家だった。

 〝豪邸〟とまではいかないけれど、愛美がよく知っている中学時代の友達の家よりはずっと大きくて立派だ。


「わたし、もっと小ぢんまりしたお家かと思ってた。……ゴメンね、さやかちゃん」


「ううん、いいよ。ここら辺、東京より土地安いからさ。ウチは家族多いし、これくらいでちょうどいいんだ」


「そうなんだ? ……あれ?」


 愛美は牧村家の外観を眺めながら、首を傾げた。


(この家……、どこかで見たような。どこだっけ?)


「ん? どしたの?」


「あー……、えっとねえ。わたし、このお家をどこかで見たような気がして。来るの初めてのはずなのに」


 初めてのはずなのに、どこかで見たような感じ。それは愛美にとって、不思議な既視感デジャヴだった。


(えーっと、どこだったかなぁ……? う~ん……)


 愛美は自分の記憶を一生懸命たどっていく。高校に入ってからではないはずだから、多分その前だ。きっと、まだ施設にいた頃――。


「……あ、思い出した!」


「えっ、どこで見たか分かったの?」


「うん。わたしね、施設にいた頃によく理事さんたちの車眺めながら空想してたの。自分があのリムジンに乗って、お屋敷に帰っていくところ。その中に、ここにそっくりなお家が出てきてたんだ」


 ……そうだ。この家の外観は、あの時の空想に出てきた豪邸にそっくりだったのだ。

 あの頃の愛美は、こんな大きな家に住むことに憧れていた。その光景が今、現実に自分の目の前にある。厳密には、友達の家だけれど。


「そうなんだ? けどまあ、ウチは立派なのは外観だけで、中はホントに普通の家と変わんないよ? 珠莉の家の方がずっとごうなんじゃないかな。あたしも行ったことないけど」


「そうなの? あんまり立派すぎると、わたししゅくしちゃうな……」


「まあ、そうなるかもね。とにかく中入ろ? ――お母さーん、ただいまぁ! 友達連れてきたよー」


 さやかが玄関のドアを開け、愛美にも「おいでおいで」と手招き。愛美は「おジャマしまーす」と礼儀よく声をかけ、玄関の三和土たたきで脱いだウェスタンブーツをキレイに揃えた。ついでに、さやかの編み上げショートブーツも揃えておく。


「さやか、おかえりなさい。あら! 愛美ちゃんね? いらっしゃい」


「はい。冬休みの間、お世話になります」


 出迎えてくれたさやかの母親に(写真を見せてもらっていたので、顔は覚えていた)、愛美は丁寧に頭を下げた。

 彼女は四十代半ばくらいで、髪はサッパリとしたショートボブカット。身長はさやかとほぼ同じくらいに見える。千藤農園の多恵さんや〈わかば園〉の聡美園長に似た、優しそうで温厚そうな顔立ちだ。


「さやかから話は聞いてるわ。ここを自分の家だと思って、くつろいでいってね」


「はいっ! ありがとうございます!」


(さやかちゃんのお母さん、いい人だなぁ)


 きっと彼女は、愛美に両親がいないことも、施設で育ったこともさやかから聞いているんだろう。まさに、愛美の理想の母親像そのものだ。


「ねえお母さん。お兄ちゃん、もう帰ってきてんの?」


「ええ、昨日帰ってきてるわよ。大学は冬休みが長いから」


 と、母親が言うのが早いか。


「よう、さやか! おかえり。……おっ!? キミが愛美ちゃんか。いやー。マジで可愛いじゃん♪」


 さやかの兄・治樹がリビングから玄関まで出てきて、デレデレの顔で愛美を出迎えた。


「……あー、ハイ……」


 そのあまりのチャラぶりに、愛美も困惑する。というか、ドン引きしているといった方が正しいだろうか。


「もう、お兄ちゃん! やめなよ、みっともない! 愛美も引いてんじゃん! ――ゴメンね―、愛美。お兄ちゃん、こんなんで」


「ううん、大丈夫。……ただ、ちょっとビックリしたけど」


 驚いたのは本当だった。愛美は今まで、こういうチャラ男系の男性と接したことがなかったのだ。

 写真だけではそこまで分からなかったので、実際に会って初めて分かった事実に引いてしまっただけだ。


「さやか、お前なぁ……。兄ちゃんに向かって〝こんなん〟ってなんちゅう言い草だよ」


「だって事実じゃん。長男なのに頼んないし、女の子見たらデレデレ鼻の下伸ばすし。〝こんなん〟呼ばわりされても仕方ないっしょ」


 そんな愛美をよそに、兄妹で言い合い(というか漫才?)を始めたさやかたちに、愛美は思わず吹き出した。


「はははっ、面白ーい! さやかちゃんって、お兄さんと仲いいんだね―。わたし羨ましいな」


 こうして遠慮なく言い合えるのは、実の兄妹だからだ。施設で育った愛美にとっては、こういう光景も憧れだった。


「愛美っ! もう……。ここ笑うとこじゃないって。……まあいっか」


 さやかは笑っている愛美に抗議しながらも、どこか楽しそうだ。というか、初めて家に来た友達の前で兄とやりあったことがよっぽど恥ずかしかったらしい。


「――あ、お兄ちゃん。そういやお父さんは?」


「今日はちょっと遅くなるって言ってたけど。父さんも愛美ちゃんに会えるの楽しみにしてたから、晩メシには間に合うんじゃねえの?」


「そっか……。四月から新年度だから、今からあちこち注文入るんだよね」


 さやかの父親が経営しているのは、作業服メーカーである。自社製品だけではなく外部の企業からユニフォームの注文も受けているため、この時期は忙しくなるのだ。

 特に、社長の忙しさは他の社員の比ではない。


「――あの、治樹さん……でしたっけ。わたしからちょっとお話があるんですけど」


「ん? なに?」


 治樹が自分に好意を持っているらしいことを思い出した愛美は、思いきって自分から「好きな人がいる」と打ち明けることにした。


「あの……、さやかちゃんからも聞いてると思うんですけど。わたし、他に好きな人がいて。わたしのこと気に入ってくれてるのは嬉しいんですけど、お付き合いとかそういうのは……、ちょっと……。ゴメンなさい」


 本当は、もっとキッパリ言うつもりだったのだけれど。愛美は恋も初めてなら、異性をフるのもこれが初めてだ。治樹がいい人そうなので、何だか申し訳ない気持ちになってしまう。


「…………あー、こんなに早くフられるとはなぁ……。ちょっとショックだわ、オレ」


「ホントにゴメンなさい。でもわたし、自分の気持ちにウソつきたくなくて」


「いや、もういいよ。謝んないで。愛美ちゃんがすごくいいコだってことは分かったから。さやかにも何割か……いや何パーセントか分けてやってほしいわ」


「ちょっとお兄ちゃん! それ、どういうイミよ!?」


 目くじらを立てた妹に、治樹はしれーっと言い返す。


「愛美ちゃんの優しさを、お前もちったぁ見習え、っつってんの」


「はあっ!?」


(……ヤバ。わたしのせいで兄弟ゲンカ始まっちゃった)


 この状況に責任を感じた愛美は、どうにかこの場を収めるためにフォローを入れた。


「あの……、治樹さん。さやかちゃんはすごく優しいし面倒見もいいですよ。わたしなんか、いつもさやかちゃんに助けてもらってばっかりだし」


「そうなんだ……。あ、じゃあさ、これからもさやかと仲良くしてやってよ。こんなヤツだけど」


「だーかーらぁ、〝こんなヤツ〟ってどういうイミなのよ!?」


「まあまあ。さやかちゃん、落ち着いて!」


 またケンカになりそうな牧村兄妹を、愛美は必死になだめた。


「――あ、姉ちゃん。おかえりー。そのお姉さん、誰?」


 愛美がさやかと治樹と一緒にリビングへ入ると、あの家族写真に写っていた父親以外の家族がズラッと揃っていた。

 そして、その中で中学一年生だというさやかの弟が口を開く。


「ただいま、つばさ。このコはお姉ちゃんの友達で、相川愛美ちゃんだよ」


「翼くんっていうの? よろしくね」


「っていうかアンタ、また靴脱ぎ散らかしたまんまにしてたでしょ。『脱いだ靴はちゃんと揃えなさい』って、いっつもお母さんに言われてるでしょ?」


「あ、ゴメン! 忘れてた」


 翼というさやかの弟は、ボサボサ頭を掻きながらペロッと舌を出す。


(素直なコだなぁ)


 中学生の男の子なら、反抗期に入っていてもおかしくないのに。両親の育て方がいいからなんだろうか。


(さやかちゃんも治樹さんも優しいし)


「おねえたん、おかえりなさぁい。ココたんも『おかえり』っていってるよー」


「ただいま、美空みく。ココもただいま」


 五歳の妹・美空に微笑みかけたさやかは、彼女が抱っこしている三毛猫の頭を撫でた。


(可愛いなぁ……)


 愛美はその光景にホッコリした。

 美空は写真で見ても十分可愛かったけれど、実物はそれ以上に可愛い。猫のココを抱っこしているので、今はその可愛さが二倍になっている。


「美空ちゃんっていうんだね。初めまして。わたしはお姉さんのお友達で、愛美っていうの。仲良くしてね」


「うんっ! まなみおねえちゃん、よろしくおねがいしますっ」


 美空が舌足らずで一生懸命言うのを待って、ココも「にゃあん」と一鳴き。


「かぁわいい~~!」


 思わずほわぁんとなってしまう愛美だった。


「――さやかちゃん、おかえりなさい。愛美ちゃんも、よく来てくれたわねえ」


 次にさやかと愛美の二人に声をかけてくれたのは、さやかの祖母・ゆきだった。

 歳は七十代初めくらいで、髪は肩までの長さのロマンスグレー。物腰の柔らかそうな、おっとりした感じの女性である。


「おばあちゃん、ただいま。しばらく帰ってこられなかったけど、元気そうだね。安心した」


「相川愛美です。さやかちゃんにはいつもよくしてもらってます」


「そう? よかったわ。ウチの孫たちはみんな、いいコに育ってくれて。私も嬉しいわ」


 このリビングにいる面々に一通り挨拶を済ませた頃、さやかの母・ひでがティーカップの載ったお盆を手にしてやってきた。


「愛美ちゃん、あったかい紅茶をどうぞ。ストレートでよかったかしら? お砂糖はコレね」


 お盆にはシュガーポットとスプーンも載っていた。さやかの分もある。


「わあ、ありがとうございます。頂きます」


 カップを受け取った愛美は、シュガースプーン二杯のお砂糖を入れて紅茶に口をつけた。紅茶は甘めが好みである。

 さやかは甘さ控えめで、お砂糖は一杯だけだ。


「――あ、そうだ。明日は午後からクリスマスパーティーするから。愛美ちゃんもぜひ参加してよ」


「ああ、さやかちゃんから聞いてます。従業員さんのお子さんたちを招いて開くんですよね。もちろん、わたしも参加します」


 愛美は頷く。この家に来る時の楽しみの一つだったのだ。


「そうそう。中学生以下のコたち限定なんだけどね。毎年、お兄ちゃんがサンタさんのコスプレしてプレゼント配るの。んで、あたしもトナカイコスで手伝ってるんだよ。今年は愛美にも手伝ってもらおっかな」


「わあ、楽しそう☆ わたしも手伝うよ!」


「んじゃ、愛美はサンタガールコスかな。トナカイじゃかわいそうだもんね」


「おお、いいじゃん! ぜってー可愛いとオレも思う」


 兄妹が盛り上がる中、愛美は自分がミニスカサンタになった姿を想像してみる。


(わたし、小柄なんだけど。似合うのかな……? でもまあ、トナカイよりは……)


「…………そうかな? じゃあ……、それで。でもいいの? さやかちゃん、今年もトナカイだよ? たまにはミニスカサンタのカッコしてみたいとか思わない?」


「あー、いいのいいの。もう慣れたし」


(慣れたんだ……)


 この兄と一緒に育ってきたら、きっとそうなるだろうと愛美も思った。


「あとね、お母さんが毎年クリスマスケーキ焼いてくれるんだ。それが超美味しいんだよねー」


「へえ、そうなんだ。それも楽しみだなあ」


 クリスマスは毎年ワクワクしていた愛美だけれど、今年は友達のお家で過ごす初めてのクリスマス。いつも以上にワクワクしていた。


(この楽しい時間は、あしながおじさんが下さった最高のプレゼントかも!)


 彼は十万円という大金と一緒に、友人と過ごす冬休みというこの有意義な時間もプレゼントしてくれたんだと愛美は思ったのだった。


「――愛美ちゃん。今日の晩ゴハンはハンバーグなんだけど、好き? あと、嫌いなものとか、アレルギーとかはない?」


 秀美さんが愛美に訊ねる。一家の主婦として、我が子の友人が家に連泊するとなれば色々と気を遣うんだろう。


「あ、はい。ハンバーグ、大好物です。好き嫌いもアレルギーもないです。何でも食べられますよ」


 施設で育ったので、好き嫌いなんて言っていられなかった。幸い、生まれつき食品アレルギーもないようだし。


「っていうか愛美とあたし、今日ハンバーグ二回目だね。お昼も食べてきたじゃん?」


「……あ。そうだった」


 お昼に品川で食べたハンバーグも美味しかった。でも、家庭のお母さんハンバーグはまた別である。


「あら、そうだったの? ゴメンなさいねえ、気が利かなくて。でもね、ウチのは煮込みハンバーグだから、また違うと思うわよ?」


「お母さんの煮込みハンバーグはソースが天下一品なんだよ。愛美も気に入ると思う」


「わあ、楽しみ☆ じゃあ、わたしもお手伝いします」


 お呼ばれした身とはいえ、上げぜんえ膳では申し訳ない。それに、実は料理が得意な愛美である。


「じゃ、あたしも手伝うよ」


「そうねえ。愛美ちゃんはともかく、さやかはこの家の子なんだから、手伝ってもらわなきゃね」


「……お母さーん、それ言う?」


 母と娘の何気ない会話だけれど、それだけでも愛美は微笑ましく感じるのだった。



   * * * *



 ――翌日の午後、治樹が言っていた通り、クリスマスパーティーが開催された。

 とはいっても、牧村家ではスペースが限られるので、自宅から徒歩数分のところにある〈作業服のマキムラ〉の工場にある梱包スペースを借り切って、である。


 この縦長の広いスペースをキレイに片付け、飾りつけし、クリスマスツリーを飾ったらクリスマスパーティーの会場の出来上がり。

「中学生以下のコ限定」とさやかが言っていたわりには、二十人近い子供たちが集まって、とても賑やかになった。


「――やあやあ、みんな。サンタのお兄さんだよ。みんないい子にしてるかね?」


 そこへ、サンタクロースのコスプレをした治樹が、白い大きな袋を担いで参上した。ミニスカサンタのコスプレをした愛美と、トナカイの着ぐるみでコスプレをしたさやかも一緒である。


「お兄ちゃん……、〝サンタのお兄さん〟はないんじゃない? 子供たち、リアクションに困ってるって」


 トナカイさやかから、すかさずツッコミが入る。

 彼女の言う通り、子供たちは〝サンタのお兄さん〟の登場にポカーンとしている。……特に、小学校高学年から上の子たちが。


「まあまあ、細かいことは気にするな☆ ……ほーい、じゃあみんな、プレゼント配るぞー。サンタのお姉さんも手伝ってな」


「はーい。サンタのお姉さんだよー。みんなよろしくねー」


 ミニスカサンタになれた愛美もノリノリである。一人冷静なさやかは、「……ダメだこりゃ」と呆れていた。

 ちなみに、用意したプレゼントは百円ショップで買ってきたおもちゃや文房具、手袋や靴下などだ。これまた百円ショップで仕入れてきたラッピング用品で、三人で手分けして可愛くラッピングしてある。


 トナカイさやかも一緒に、三人で子供たちにプレゼントを手渡していく。小さい子たちは「わーい、ありがとー」とはしゃぎながら受け取り、大きい子たちは比較的クールに、それでも嬉しそうに受け取っていた。


(……なんか、不思議な気持ち。〈わかば園〉の理事さんたちもきっと、こんな気持ちだったのかな)


 子供たちの喜ぶ顔を見ると、自分も嬉しくなる。理事さんたちも、それが嬉しくて援助してくれていたのかな、と愛美は思った。


(きっと、今のあしながおじさんだってそうなんだ)


 愛美が自分のおかげで楽しい高校生活を送れているんだと、彼だって思っているに違いない。だから、愛美が困っていたりした時には、色々と手を尽くしてくれるんだろう。


「――みんなー、クリスマスケーキを持ってきたわよー。みんなで分けて食べてねー」


 そこへ、大きなケーキの箱を持った秀美さんもやってきた。箱の中身は、白いホイップクリームと真っ赤なイチゴでデコレーションした大きなホールケーキだ。


「わあ、キレイ! 食べるのもったいない。でも美味しそう☆」


「お母さん、ありがと☆ みんなで食べよ♪」


「はーい。じゃあ切り分けるわね。治樹、紙皿とフォーク出してくれる?」


「ほいきた」


 秀美さんがケーキを切り分けてくれ――ケーキは実は二つあった――、治樹が出した紙皿に取り分けて、さやかと愛美が二人がかりで子供たちに配って回った。もちろん、三人の分もある。


「じゃあみんな、いただきま~す!」


「「「いただきま~す!」」」


 ケーキを食べ始めると、そこはもう大変なことになっていた。

 愛美たちお兄さんお姉さんの三人はそうでもないけれど、小さい子たちの食べ方といったらもう。愛美は母性本能をくすぐられた。


「あーあー、クリームでお顔がベタベタだねえ。お姉さんが拭いてあげる」


 すぐ隣りに座っている小さな男の子の、クリームまみれになった顔を、愛美はテーブルの上のウェットティッシュでキレイに拭いてあげた。


「愛美、やっぱ手馴れてるね―」


「施設にいた頃、よく小さいコたちにやってあげてたからね。――はい、いいお顔になったよ」


「愛美ちゃん、いいお母さんになりそうだな」


「……いやいや、そんな」


 愛美は治樹の言葉を謙遜けんそんで返した。


「お兄ちゃん、まだ愛美のこと諦めてないの?」


「……うっさいわ。オレはただ、素直に褒めただけ。なっ、愛美ちゃん?」


「えっ、そうだったんですか?」


 愛美が素でキョトンとしたので、さやかが大笑い。


「愛美、さぁいこー! めちゃめちゃ天然じゃんー!」


「……えっ、なにが?」


 今まで「天然だ」と言われたことがなかったし、自分でもそう思ったこともなかったので、愛美にはいまいちピンとこない。


「いいのいいの。愛美はもうそのまんまで」


「…………?」


 愛美が首を傾げたので、さやかはまた大笑い。治樹もつられて笑い、兄妹二人で大爆笑になったのだった。



   * * * *



 ――新年を迎え、冬休みも終わりに近づいた頃、愛美は一通の手紙を〝あしながおじさん〟に書き送った。一枚の写真を添えて。



****


『拝啓、あしながおじさん。


 あけましておめでとうございます。少し遅くなりましたけど、今年もよろしくお願いします。

 今年の冬休みは、埼玉県さいたま市のさやかちゃんのお家で楽しく有意義に過ごしました。色々ありすぎて、何から書こうかな。

 まず、お家にビックリ。わかば園にいた頃、わたしが空想していたお家にそっくりだったんです。まさか自分があのお家の中に入れるなんて、夢にも思いませんでした! でも今、わたしはこのお家にいます。もうすぐ寮に帰らないといけないのが淋しいです。

 そして、ご家族もステキでいい人ばかりです。さやかちゃんのご両親にお祖母さん、早稲田大学三年生で東京で一人暮らし中のお兄さん(治樹さんっていいます)、しょっちゅう脱いだ靴をそろえ忘れる中学一年生の弟の翼君、五歳ですごく可愛い妹の美空ちゃん、そして三毛猫のココちゃん。

 ゴハンの時もすごく賑やかだし、みんな楽しい人たちで、すごくあったかい家庭です。わたしも将来結婚したら、こんな家庭を作りたいなって思います。

 さやかちゃんのお父さんは作業服メーカーの社長さんで、お家のすぐ近くに工場があります。クリスマスには、その工場の梱包スペースを飾りつけしてクリスマスパーティーをしました。

 従業員さんのお子さんたちを招いて、治樹さんがサンタさんのコスプレをして、お子さんたちにプレゼントを配りました。さやかちゃんはトナカイの、わたしもミニスカサンタのコスプレをして、それをお手伝いしました。

 何だか不思議な気持ちになりました。きっと、わかば園の理事さんたちもこんな気持ちなのかな、って。もちろん、今わたしを援助して下さってるおじさまも。

 大晦日はみんなで紅白こうはく歌合戦を観て、除夜の鐘の音を聴いてから寝ました。

 元日にはさやかちゃんのお父さんの車で、川崎大師まで初詣に行きました。何をお願いしたのかは、おじさまにもナイショです。

 そこでおみくじを引いたら、治樹さんは凶、さやかちゃんは吉で、わたしはなんと大吉でした! 今年もいい一年になりそうです。

 治樹さんは「なんで自分だけ凶なんだ!?」って大騒ぎしてて、わたしとさやかちゃんは二人で大爆笑しました(笑)

 そして、さやかちゃんのお父さんからお年玉を頂きました。おじさま、気を悪くなさらないで下さいね。さやかちゃんの友達だから、娘も同然みたいに思って下さってるんです。

 ところで、同封した写真に気づかれました? これは入学して間もない頃、クラスメイトの一人にさやかちゃんのスマホで撮ってもらった写真を、コンビニでプリントアウトしてきてもらったものです。わたしとさやかちゃん、珠莉ちゃんが写ってます。わたし、この写真をスマホとパソコンの壁紙にしてるんですよ。

 鼻がちょっと上を向いててニコニコ笑ってるのがさやかちゃん、背が高くてちょっと澄ましてるのが珠莉ちゃん、そして真ん中にいる一番小柄なのがわたしです。

 最後にもう一度、本年もどうかよろしくお願いします。おじさまにとっても、よい一年になりますように……。         かしこ


                     一月五日    愛美  』


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